Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

ジョー・サンプルが本当にやりたかったこと

 僕の部屋の窓から外を眺めると、彼方に大阪北部から京都の西部に連なる稜線と、その下に広がる緑や街並みが見渡せる。ここは丘陵地の中腹。かつて一帯は小さなゴルフ場だったそうだが、もう20年以上も前に小規模な街に仕立て上げられた、その一角のマンションだ。そう言うと田舎のように聞こえるが、今は本当に便利になって大阪のキタにも電車一本、30分で出ることができる。

 夕刻になるとその最左端から夕日がまともに入ってくるのだが、季節や天候によっては、この風景は最高の舞台装置になる。今日は秋の穏やかな一日。色付く風景から少しずつ夜のとばりが下りはじめ、灯りがともるころには、なぜか音楽が恋しくなり、この情景にふさわしい一枚を選びはじめる。そういう中でよく手に取る一枚、僕の中では宝物のように大切なボーカルアルバムを紹介しよう。ジョー・サンプル フィーチャリング レイラ・ハザウェイ 『ソング・リブズ・オン』 だ。

 このアルバムは10年ほど前のリリースになるが、かつて一世を風靡したフュージョングループ、クルセイダーズを率いたジョー・サンプルが、60歳(還暦)の時に制作したものである。

 彼はその5年前、日本ツアー中の大阪で、心臓発作のため意識不明の重体に陥った。生死の境をさまよいながらも一命をとりとめ、1年半後に復帰している。復帰後には「命に限りあることを知った。これからは周りの思惑に左右されることなく、自分が心から信じること、好きなことだけをやりたい」と語ったという。復帰後、10年来所属したワーナー・ブラザーズとの契約の関係から3枚のアルバムを出してメジャーレーベルを卒業。その後に出したこのアルバムこそが、その「好きなこと」第1作、彼の第2の音楽人生の始まりなのだ。

 ジョー・サンプルのメロディーセンスについては今さら語るのも憚られるほど素晴らしいものだ。特に彼がクルセイダーズと並行して残した数々のソロアルバムの中には、ロマンティックでリリカルな楽曲がたくさんあり、うっかりすると涙ぐんでしまいそうなものもあったりする。このアルバムは、ジョー・サンプルのそういった特質を凝縮したような一枚で、彼のアルバムとしては異例の12曲中8曲がボーカル入り。そうか、ボーカルアルバムがつくりたかったんだ、と思わず膝を打つ。

 彼がここまで入れ込んだレイラ・ハザウェイは、伝説のソウルシンガー、ダニー・ハザウェイの娘だ。彼女にとってもこのアルバムは転機になったに違いない。ハスキーボイスでジョー・サンプルの歌の心を存分に表現する彼女は、もう父親の威光など関係のない世界にきている。ジョーサンプルは録音の1年前に彼女を日本ツアーに同行しているが、その時彼女のシンガーとしての素晴らしさ・相性の良さに気付いたようだ。

 聴き所はたくさんあるが、特に誰もが聴いたことがある彼の名曲の再演が数曲入っていて、ここでのレイラが素晴らしくいい。4曲目の「ストリートライフ」は、かつてランディー・クロフォードが歌ったクルセイダーズの名曲だ。ここでは少し重みのある「ストリートライフ」をよりジャジーに歌い上げる。更に、実は僕が一番このアルバムでのボーカル入りを期待していた曲、「When The World Turns Blue」が8曲目に入っている。これはかつてのジョー・サンプルの名盤 『虹の楽園』 に入っていたインストの名曲「Melodies Of Love」である。昔から僕の中では「ジョー・サンプル」=「Melodies Of Love」だった。この名曲を彼女はその太いハスキーボイスで表現しているが、この曲の主役はなんと言ってもジョー・サンプルの弾くアコースティックピアノだ。原曲は一部エレクトリックピアノで演奏されいているが、ここではアコースティックの微妙な表現をたっぷり聴かせ、その高域に拡がるきらめきをレイラの歌声がもぐるように支える。

 アルバム全体を通じて印象に残るのは、やはりアコースティックピアノの繊細で情感あふれる表現とそれに寄り添うレイラの歌声だ。かつてはエレクトリックピアノの印象が強かった彼が、これほどまで生ピアノにこだわっている。恐らく彼が本当にやりたかったのは「生」の表現であり、ボーカルとの「競演」であった。それゆえにその形で表現されうる最高の楽曲を過去も含め集めたのではないだろうか。まさに彼はレイラと共に、ピアノで歌っているのだ。

 そして特に強調したいのは、音のよさだ。ピアノの音もクリアでよく表現されているが、バックも含めた全体の音のバランス、全帯域に拡がる音域の充実感が素晴らしい。もちろん編曲との関係もあるのだろうが、ゆったりとして落ち着いた音楽を、音質としてもたっぷり表現していて、バランスのよい一枚になっている。彼の本当にやりたいこと、自分の表現したい音楽を、その意を体して構築してくれる、エンジニア、ミュージシャン、スタッフを集めているのだろう。そこには伸びやかで行き届いた音楽の世界が広がっている。

 その後もジョー・サンプルのアルバムを何枚か入手したが、確かに一般受けするかどうかよりも、やりたいことをやっている感が強い。それゆえに、え~?期待と全然違う!というようなこともままあるが、御歳71、まだまだ現役でがんばって欲しい。そして、ぜひ懲りずにここ大阪でも「ビルボードライブ大阪」あたりで演奏して欲しいものだ。絶対にかぶりつきで観ます。聴きます。お願い!

 

 

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