Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

「船に乗れ!」にのってしまった

 大学時代、オーケストラのサークルで4年間チェロを弾いていた。それまでクラシックとは縁がなかった僕が何故オーケストラなのか・・・

 子供の頃、街の音楽教室に通っていたので、鍵盤楽器には親しんできたし、ポピュラー系の音楽は一通り経験した。その後ギターも弾き始め、フォークやロックも通過した。ジャズの経験はなかったが、聴けばカッコいい音楽であることは理解できた。ただひとつ、クラシック音楽の良さだけは、なかなかわからなかった。

 高校の音楽の授業でベートーベンの交響曲を鑑賞中、退屈なので隣の席の人と派手にしゃべっていて、当時の音楽の先生(この人、誰もが知っている超有名なテノール歌手のお父様です。お元気なのだろうか。)に「ベートーベンに失礼だ!」とすごい剣幕で怒られた。でも、何故そんなに怒るのか、もっと退屈じゃない音楽をやれ~、ってな感じだったと思う。(未熟者で、すみませんでしたっ!)

 その頃、僕にはブラスバンドをやっている友人がたくさんいて、彼らは事あるごとにクラシック音楽の話や楽しげな演奏の話をする。その熱っぽい語り口を聞きながら、それが理解できないことが悔しくもあり、そこまで語れる音楽の世界を持っていることがうらやましくもあった。

 その後、1年間の浪人生活を経て晴れて大学生になった時、今までに経験していない音楽の世界に入り込んでみたいという欲求が頭をもたげてきた。選択肢は二つ。未経験だったジャズのサークルに入り、ちょっと気になるアルトサックスを練習して、その世界を極めてみるか。はたまたオーケストラに入って、友人たちをそこまで熱くしていたクラシックの深遠なる世界を覗いてみるかだ。

 サックスは当時ナベサダが流行っていて、なんとなくがんばればできそうな気がする。オーケストラの方はブラスバンドも経験ないのだから弦楽器かな、とは思うものの、こちらはなんだかすごくハードルが高く、練習しても4年間くらいで弾けるようになったり、ましてやオーケストラで演奏できるようになる気がしない。そこで一旦、両方の新入生説明会に参加してから決めることにした。

 説明会はオーケストラのほうが一日早かった。そこでは、「心配は要りません、あなたも一年後には交響曲を演奏する舞台に立ってます」、みたいな怪しげな勧誘があったのだろう。そして流れのままにコンパへ。あとは慣れない焼酎をしこたま飲まされ、気付いたのは翌日の朝。僕のアパートの畳の上、軽い吐き気の中で目が覚めた。おおっ、目を凝らせば、そこここに見慣れない人達がごろごろと...そうか、これはオーケストラの先輩たちだ。朦朧とした頭で前日の記憶をたどっているうちに、何人かが目を覚ましはじめた。そのうちの一人の先輩曰く、「おめでとう、君はすでにチェロパートのメンバーだ!」

 というわけで、ジャズサークルの説明会へは完璧な二日酔いで行くこともできず、めでたくオーケストラの一員になったのでした。もしジャズの方が早ければ...うーん・・・そういう運命だったということですね。

 

 さて、今日の本題は、藤谷治の「船に乗れ!」全3巻である。今年の本屋大賞・第7位にランクされたこの本を最初に本屋で目にしたのは昨年の夏だったと思う。帯には「青春音楽小説」と背中が痒くなるような文字が並んでいる。手書きポップによると、主人公はチェロを弾く高校一年生。「チェロ」というところで少し触手が伸びかかる。しかし、今さら自分の子供よりさらに下の世代の話もないよなあ、しかも3冊もあるし...ということで、横目では眺めながらも敬遠していた。

 それでも、とりあえず第1巻を買って読んでみようと思ったのは、信頼する本屋大賞にノミネートされたのを知ってからだ。普通に読んでそこまで面白いのなら、同じ楽器を弾いていた僕が読めばもっと楽しめるだろうと期待したからだった。

 第1巻は普通に青臭い展開で進み、就寝前のこま切れの読書も遅々として進まなかった。でも後半に入ると俄然スピードが速まり、あわてて土曜日に残り2冊を買いに走る。後は土日で全巻読了。第2巻の激しく重苦しい展開、最終巻の歓喜と赦しは、読んだ後も長くその余韻を引き摺ってしまう魅力溢れる内容だった。その意味するところはとても深く、僕にとってはなんだかたまらなく痛い小説だった。

 この小説は、ほぼ僕と同世代の主人公が、高校時代を振り返り、随所に現在の視点から見た思いを乗せながら綴るという体裁をとっている。それがこの年齢で読んでも共感できるポイントなのだろう。高校生の話なのに今の高校生が読んでもピンと来ないのではないかと思ってしまう。かつて多感な時代を過ごし、いま冷静に振り返ることができる世代に向けた話なのだ。

 この物語はたくさんの山場を持っているが、そのひとつにバッハのブランデンブルク協奏曲第5番の演奏場面がある。今は休止中だが、僕自身、大学を卒業した後もしばらくOBを中心としたバロックアンサンブルに参加していた。その中でこの曲も実際に演奏した経験があり、非常に懐かしく、思わずCDをかけながら読み進めた。この小説のクライマックスともいえる第1楽章から第3楽章にかけての臨場感と詳細な演奏描写・心理描写は圧巻だ。それらの表現が実演奏と重なり、その心理がリアルに迫ってくる。「音楽小説」とはよく言ったもので、確かに演奏をやってきたことで読む喜びが増幅されているような気がする。

 ただ、読後、この小説において音楽は脇役だったこともわかってくる。「音楽小説」は見せかけで、実はそれと並行に進む、倫社の教師とのエピソードこそが本道なのではないかと思えてくる。

 この本のタイトル、ニーチェの言葉、「船に乗れ!」。思い通りには決してならないそれぞれの人生。でも結果的には自分の道は自ら選んで進んでいる。そうした人それぞれの生き方・考え方を船にたとえて肯定する言葉。その前向きなタイトルに込められた思いは深く、「今」を生きる僕の心にも強く訴え続ける。

 

  *** ブランデンブルク協奏曲第5番は、僕の愛聴盤 クイケン盤でどうぞ

 

 

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