Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

Like a Star

  最近、CDショップや音楽雑誌で「女子ジャズ」という言葉が目に付く。偏狭な「おやじジャズ」と対比すると面白く、ちょっと商業主義っぽいけれど、裾野拡大という点では歓迎すべき傾向だと思う。

 そういえば昨年のこと。会社の宴会で参加者のキャンセルが出たと聞いたので、別部門の入社数年目の元気な若手に声をかけた。彼は「女子は何人くらい来るんですか?」とたずねてきた。女子!一瞬、それは若い女性のことか?と思ったが、会話の中に「男子」という言葉も出て、話の流れから男女の数のことだとわかった。「それを言うなら”女性”やろ。」と一瞬言いかけたが思いとどまり、「おじさん風」を吹かすことなく、引きつりながらも彼の会話に乗った。

 「男子」や「女子」という言葉は高校生くらいまではよく使ったが、それ以降ほとんど使わなくなった。でも今や、「女子会」や「スイーツ男子」など、この言葉は頻繁に日常会話の中に登場してくる。「おとこ」「おんな」だとちょっと乱暴な感じがするし、「男性」「女性」だとかたいイメージがある、ということで使われ始めたのだろう。確かに「男子」、「女子」というのは、性差の持つイメージがソフトで、今風ではある。恐らく今後は、ニュアンスによって使い分けられるようになっていくのだろう。

 「女子ジャズ」に火をつけたのは昨年の1月に発売された本、「Something Jazzy 女子のための新しいジャズ・ガイド/ 島田奈央子・著(駒草出版)」だと思う。この本は、「女子ジャズ」コーナーによく置かれていて、実は読んだことはないのだが、シチュエーションに応じたおすすめアルバムが紹介されているらしい。ということで、土曜日の夕食後、就寝までのひと時を好きなことをして過ごすとき、僕自身、時折無性に聴きたくなるアルバム、ぜひ「女子ジャズ」界におすすめしたい大人の一枚を紹介しよう。ジェーン・モンハイト 『The lovers, the dreamers and me』 だ。

 これは、既に8枚のアルバムを出している彼女の7作目で、初めて聴いたとき、僕の中で既に創られていた「ジェーン・モンハイト像」をようやく100%満たしてくれた、と感じ入ったアルバムだ。まずはその選曲、巨匠ギル・ゴールドスタインによる編曲、そしてその声の醸し出す雰囲気。全てが素晴らしく、渾然となってアダルト・コンテンポラリー・ジャズの境地へ連れて行ってくれる。

 彼女は1998年、20歳のとき「セロニアス・モンクコンペティション」に入賞し、それ以来、正統派スタイルでスタンダード・ジャズを中心に歌う「ジャズ・シンガー」として活動してきた。その決して絶唱しない滑らかなシルキー・ボイス、可憐で嫌味のない色気を感じさせる歌いまわし、さらにステージ映えのする容姿も加わり、ジャズシンガーとしての人気を不動のものとし、コンスタントに作品を発表し続けている。

 このアルバムのおすすめ曲を言い出したらきりがない。特に後半、ボニー・レイットの佳曲「I ain't gonna let you break my heart」、元ブロードウェイ・ミュージカルの曲だったスタンダード「Ballad of the sad young men」、ブラジルが生んだ奇才イヴァン・リンスの切ない楽曲「No Tomorrow」へと続くくだりは、聴いていると、そのしっとりとした歌声と寄り添い進む静かな音楽に、心の奥に横たわった澱(おり)が少しずつ浄化されていく、そんな不思議な感覚に陥る。繰り返し聴きたくなるのは、このあたりが麻薬のように効いてくるからかもしれない。

 しかし、なんと言ってもこのアルバムは、一曲目の「Like a Star」が目玉だろう。このコリーヌ・ベイリー・レイの名曲は、リリース時点(2008年)では世に出てから2年しかたっていない。ギル・ゴールドスタインはこの新しい曲をボサノバ調にアレンジ、ギターに加え木管と弦を効果的に配しながら舞台を整え、ジェーンはそれに応えて、実に滑らかに、しっとりと歌いきる。まるで本作の全てを冒頭で語り尽くしているようだ。

 このアルバムを聴くと、いつも 「Like a Star」のオリジナルを聴きたくなって、コリーヌ自身の名前を冠したデビューアルバム 『Corinne Bailey Rae』 を手に取る。もちろんこの作品はジャズではない。コリーヌは英国出身のシンガー・ソング・ライターだ。

 最初ジャケットの写真を見たとき、「なんかこんな子、小学校のときいたよなぁ」とえらく親近感が湧いた。そして一曲目「Like a Star」を初めて聴いて、いきなり心を「ぎゅーっ」とつかまれた。一聴してそう感じたのだ。この曲に前奏はない。いきなりコリーヌの声で始まる。"Just like a star across my sky ..." 残響を抑えた声に、耳元で歌っているような近さを感じる。その少しかすれた声質は、音の変わり目に独特の濁りが入り、それでいて初々しくかわいさを残す。そして、ライブ感あふれる楽曲を聴いていけば、その実力もわかってくる。この作品はコリーヌならではの声で彼女の世界を全開させた名作だ。

 しかし、ジェーン・モンハイトがジャズでこの曲のカバーを録音している頃、順調にセカンドアルバムの準備をしていた矢先のコリーヌに不幸が訪れる。学生時代に知り合い結婚し、公私共に彼女を支えてきたサックス奏者のジェイソン・レイ氏が不慮の事故でなくなったのだ。リリース予定だったアルバムも作る気力をなくし、1年近く何もできずにただキッチンのテーブルに座っているだけだったという。それを乗り越えたコリーヌはセカンドアルバム 『The Sea』 を昨年ようやくリリースした。

 「私の空を流れる星のように、ページから抜け出してきた天使のように、あなたはわたしの人生に現れてしまった。」 明らかにコリーヌがジェイソンのことを歌った「Like a Star」。星であり、天使であった夫を亡くしたコリーヌの復活を思いながら、今やジェーンのアルバム以降、ニュー・スタンダードとして様々なジャズ・シンガーに歌われるようになったこの名曲を「女子ジャズ」でもぜひ味わって欲しい。きっと元気がもらえると思うよ。

 

 

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