8月も残すところ数日となった。子供の頃だと手付かずの宿題の山を前に途方にくれている時期だ。今年の夏季休暇はお盆に重なる1週間余りだったが、前半は愛媛の実家に車で帰省、後半「初めての」北海道旅行へと、西へ北へ慌しい日々を過ごした。
北海道に行こうと思いたったとき、まず頭に浮かんだのは富良野だった。たまたまその少し前に、かつてDVDに録画してまで観た、2005年の倉本聰のドラマ「優しい時間」をひょんなことから思い出し、その舞台でもあった道央地域に行ってみたいと強く思ったのだ。
多くの人が、富良野といえば「北の国から」を強烈に思い浮かべるのだろうが、僕の場合それはあまり強くない。実家を出た18歳の時から結婚するまでの8年間、敢えてテレビの無い生活をしていたので、この番組のピークの頃の映像はほとんど見ていないからだ。その頃の記憶として富良野を思い浮かべるのは、就職したばかりの頃、当時の彼女からもらった富良野土産の木箱に入ったラベンダーポプリくらいである。(「当時の彼女」とは今の奥さんなので、彼女にとっては富良野は初めてではないわけで・・・悔しいな~。)
「優しい時間」の主人公は、ひとり息子の起こした交通事故により同乗していた妻を亡くし、生き残った息子とのわだかまりを払拭できないまま商社勤めを辞め、妻の故郷の富良野で彼女の夢だった喫茶店「森の時計」を開く。事の子細を知っていた亡き妻の親友は、こっそりその息子を呼び寄せ、隣町の美瑛にある窯元に住み込みで就職させる。不慮の事故で妻を亡くした父親と、母を自らの不注意で失った息子の、和解に至る物語。その頑なな心を氷解させたものは、そこを訪れる人々との何気ない交流と、雪に囲まれた静かな店内で夜毎交わされる妻の魂との会話だった。
☆ Link:優しい時間 ~タイトルバック~
この喫茶店は、コーヒーを注文したお客さんに、ミルと豆を渡し、自分の手で挽いてもらって、まずその香りを楽しんでもらうという、個人的にはとても魅力的な喫茶店として描かれている。この店が、ロケ終了後、実際にそのままの形で営業されているという話は、かつて何かで読んで知っていた。よし!この喫茶店に絶対訪れて、あのカウンターに座ってゴリゴリと豆を挽き、ゆっくりコーヒーを楽しんでくる!このささやかだけど強い思いを中心に置いたことで、厳しい日程の中でもくじけることなく、なんとか今回の旅を実現することができた。
思い立ったのは7月末。少し遅れたけれど、二人だけなので何とかなるだろうと、一気に話を進めた。フライトはかろうじて押さえられたが、既に満席に近く、確保できる便が限られていて、行きは18日の朝、帰りが21日午前中の便になってしまった。翌日から仕事だが仕方が無い。レンタカーも申し込み、最後は宿。調べてみると、その喫茶店は新富良野プリンスホテルの敷地内の森の中にあるとのこと。幸い部屋も確保できた。最初の2泊をそこで。最終日は翌朝のフライトを考えて札幌に宿をとった。
訪れたのは、2日目の夕刻。「森の時計」はホテルの前に広がるニングルの森(ニングルとはアイヌ伝説にある森の妖精・こびとのこと)を5分ほど入っていったところにある。その手前には、ニングルの集落に見立てたニングルテラスがあり、たくさんのログキャビンが小道でつながっていて、一つ一つは様々なクラフトショップや工房になっている。光が美しいその小道を抜けて、待望の「森の時計」はもう直ぐそこだ。歩いていくと暗い森の中に、頼りなく灯る明かりが徐々に広がり、静かにたたずむ見覚えのある入り口が浮かび上がってくる。
ドアを開けると、静かな表の印象と違い、入り口の椅子に数名の人が待機するにぎやかな状況。直ぐにお店の人が人数確認と、テーブル席かカウンター席かを聞きにくる。ミルで豆を挽いてコーヒーが飲めるのはカウンター席だけとのこと。全9席。迷わずそちらをお願いした。テーブル席は一つあいていたので、待っている人たちは皆、「ミルでゴリゴリ」を狙っているのだろう。20分ほど待って、ようやく席につくことができた。
窓の向こう側は「優しい時間」の時のような雪景色ではもちろんない。しかし、その前のカウンター内の様子は、ほとんどドラマのままだ。窓際にはたくさんのミルが並べられていて、ドラマと同じように、ネル・ドリップ式で布製のフィルターに一組分ずつ丁寧に丁寧にお湯が注がれ、“薫り高き珈琲”が生み出されていく。
少したって僕たちの前にもミルとコーヒー豆が置かれた。早速ミルに豆を入れ、ゆっくりゴリゴリやる。学生時代、友人Kの部屋を訪ねると、必ずミルで豆を挽いてコーヒーをいれてくれた。「ゆっくり気持ちを込めて挽けば、それだけおいしいコーヒーになる」という彼の言葉に共感し、僕もしばらくは手動のミルを使ったものだ。(今は堕落して電動式ですが・・・)
挽き終わると専用のボウルに移され、淹れ始めるまでの間、「香りを楽しんでください」と手渡される。少し揺すると、なんともいえない芳醇な香りが立ちのぼり、鼻腔につんと広がる。コーヒーは香りを楽しむものだ、ということを実感できる瞬間だ。
その後、淹れられたコーヒーをゆっくり楽しみながら、カウンター内の様子を眺めているとき、窓際のミルに混じって、ドラマの中で息子が作陶したコーヒーカップとして、印象的に登場する独特な文様のカップが置かれていることに気付く。皆空窯(かいくうがま)の作品。ドラマの中で息子が働いていた窯元は、実在していた。
実はその日の昼間、美瑛を色々巡る中、「青い池」という場所を探している最中に、この皆空窯の看板が目に入った。もともとうちの奥さんが訪ねてみたいと言っていたものを、僕が却下していたのだが、これも何かの縁と、急遽訪ねることにした。看板の案内のとおり、山道を脇に入ると右手にそれらしい建物が見える。駐車スペースもほとんど無いが、「ギャラリー」とあるので、誰かいるだろうと中に入ってみた。右手の作業場のある方は入れなくなっているが、確かに見覚えのある光景だ。ギャラリーに入ると、通路や壁に様々な作品が並び、その奥でご主人が迎えてくれた。陶芸のことはよくわからないが、備前にも通じるような落ち着いた色合い、雰囲気の作品がたくさん並んでいて、その中でひときわ目立つ見覚えのあるコーヒーカップがあった。やっぱりこれかな、と手にとって、そのしっくり馴染む感じに満足し大小2客を購入したのだった。
正面の席に座っていた僕たちの位置は、全体を見渡せる絶好のポジション。カウンターの内と外で繰り広げられるゆったりとした動作の流れ。それは確かにどこかほっとする“優しい時間”だった。
そんなカウンター席には、僕たちの考える“特別な席”がひとつある。ドラマの中、カウンター内の夫と会話する妻の座る、最も左側の席だ。先客がいたが、先に席を立ったので、入れ替えのわずかな時間、チャンスが巡ってきた。そーっと行って、パチリ! ということで、迷惑客になりきってしまいました!
最後に「優しい時間」の音楽について語ろう。平原綾香の歌う主題曲「明日」は、あまりにこのドラマにマッチしている。しかし、この曲はこのドラマのために作られた曲ではない。平原綾香の2枚目のシングルとして紹介されていた番組を倉本聰がたまたま目にして、構想中のドラマに使いたいと打診したものだった。
カナダ出身のニュー・エイジ系の作曲家、アンドレ・ギャニオンによるおだやかな楽曲。ハープとコントラバスという意表をつく編成。このコントラバスによる間奏がまたいい。チェロだとこの雰囲気は出ないだろう。ハープの暖かで柔らかな伴奏に、野太くも、まろやかに燻されたコントラバスのメロディーが乗る。映像の生み出す雰囲気とこの音楽のマッチングは、「優しい時間」のイメージをぐっと押し上げている。この曲は彼女のデビューアルバム『Odyssey』に入っているのだが、この旅行で、さらに思い入れを深くした。時に気がつけば口ずさみ、頭の中にも住み着いてしまいそうな魅力的な音楽だ。
今回、ニングルテラスにある店で、「優しい時間」のサウンドトラック盤が販売されていたので思わず買ってしまった。このアルバムはインストゥルメンタルのみで歌は入っていないが、ドラマで挿入されたオーケストラでの音楽が目いっぱい詰まっている。もちろん、「明日」のオーケストラバージョンもある。早速このアルバムを、旅行の間中、車で流し続けたが、道央の美しく開放的な風景としっかり馴染み、穏やかな気持ちで運転することができた。「優しい時間」の音楽は、その土俵を一歩踏み越えて、僕たちの道央の旅のサウンドトラックになった。今このアルバムを聴けば、今回の旅行の鮮やかな場面を次々と手繰ることができるのだ。あ~、音楽って!やっぱり素晴らしい!
<追記>
夜だけじゃなく、明るい時間の「森の時計」も見たくて、翌日の午前中、小樽・札幌方面に発つ前にもう一度行ってきました。今度はテーブル席でコーヒーをいただきながら、その日の予定を確認。夜も昼も同じように、優しい時間が流れていました。
<関連アルバム>
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