Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

名前はアートなのに...

 お正月もあっという間に過ぎた。5日には仕事始め。気がつけば七草の節句も終わっている。今年もまた、あまりお正月らしくない気分で過ごしてしまった。

 何故なんだろう。普通にお節料理も用意して、大好きな数の子も食べ、日頃あまり飲まない日本酒を日の明るいうちから口にするのだし、しばらくは仕事からも離れてゆっくりするのだから、もう少しお正月気分になってもいいんだろうけど。

 考えてみると、かつては誰もが「三が日は特別」という認識の下、社会的機能も大幅に停止し、諦めに近い安堵感が社会全体に広がっていたように思う。そういう気分の中で精一杯お正月らしい行事をこなし、お正月らしい遊びにいそしむ。家事を担うお母さんたちがこの日ばかりは手の込んだ料理を作らなくてもいいように、前年のうちに日持ちするように作られた味の濃いお節料理や、簡単に作れるお雑煮、鍋を食べ続け、「おせちもいいけどカレーもね」なんてコマーシャルに、みんなで「うんうん、そろそろ飽きたしね。」などと頷いていた時代だった。

 でも最近は、お正月の飾り付けや行事は一部残っているものの、生活のペースは普段とあまり違わないようになってきている。2日にはスーパーだって商店街だって開いていて、元日から開けている店だってある。びっくりするのは生鮮食料品まで揃っていることだ。必然的に、「三が日は特別」なんて意識はどんどん薄れ、貴重な長期休暇を自分の好みに合わない窮屈なスタイルに閉じ込めない。僕たちの世代はその過渡期だったので、あ~、変わったんだな、なんて思ったりするけど...まあ、子供達の世代ではそんなこと分らないだろうから、もうしばらくすると、そういうことすら思う人もいなくなるのでしょうね。

 ところで、お正月気分にはならなくても、お正月の体型にはなったかもしれない。体重も増えてるんだろうな。怖くて計ってないけど。なんだか胃の辺りも疲れていて、あっさりとしたものが...そうそう、七草粥なんてよかったんだろうけど、忘れていた。ここはひとつ、ちょっと渋めのお茶でも飲んで...

 なんてことを思っていると、ちょっと渋めのジャズが聴きたくなった。少し考えて手に取ったのが、アート・ファーマーの渋い名盤 『ART』 だ。アート・ファーマーといえば、もっと有名な作品もあるのだが、僕はこのアルバムの渋さが好きだ。

 このアルバムは、モダン・ジャズの名トランペッター、アート・ファーマートミー・フラナガン・トリオをバックに吹くワン・ホーン・カルテットだが、何と言ってもこのバックが渋い。名手トミー・フラナガン率いるリズム・セクションは、静かに着実に、ぐっとリラックスした雰囲気でしぶ~くアート・ファーマーのメロディーを支える。そのアートのトランペットの音が、これまた渋い。決して派手に立ち回ることなく、ぐっと抑えた少しかすれ気味のやわらかい音色、本当に「燻し銀」という表現がピッタリの音を訥々と響かせている。さらには、選曲が渋い。ミディアムからスローテンポのスタンダードが中心で、珠玉の作品が並ぶ。

 明るい雰囲気の楽曲が多い中、唯一のマイナー調の曲 「I'm a fool to want you」が7曲目に入っているが、 これがまた渋くていい。フランク・シナトラが作り歌ったこの曲を吹くアート・ファーマーの演奏を聴いて、ジャズ評論家のナット・ヘントフは「しまい忘れた他人の日記をそっと読んでいる感じ」と表現したらしいが...ちょっと違うけど、なんだか落ち着かない心の在りようを表すような、そわそわした感じは、理解できないでもないかな。

 「渋渋3連発」のこのアルバム、録音は1960年9月で僕が生まれる一ヶ月前なんだけど、その時代の音楽をこんなにも新鮮に聴いていることを思えば、ちょっと不思議な気分にもなってくる。さらにそのジャケット。アート・ファーマーは何故か自分の姿をジャケットに使うことが多い、ちょっとどうかと思うナルシス君なのだが、このジャケットは写真ではなくて絵。彼のその手のアルバムの中では、一番素敵なジャケットになっている。(実際はもう少しふくよかです。)

 

 ところで、このアルバムの直後から、アート・ファーマーはトランペットよりフリューゲル・ホルンを多用し始める。その名前から、角笛みたいなものを想像されるかもしれないが、トランペットを少し太く不恰好にしたような楽器で、その音色はトランペットよりも太く甘くやわらかい。そういう点ではアート・ファーマーにピッタリの楽器であり、それは本人の指向にも合致したのだろう。

 アート・ファーマーがフリューゲル・ホルンを演奏しているアルバムで僕の大好きなしぶ~い一枚といえば、1976年の作品 『On the Road』 だ。

 このアルバムは、アルト・サックスにアート・ペッパー、ピアノにハンプトン・ホーズ、ベースにレイ・ブラウン、ドラムスにシェリー・マンという、西海岸きっての名手たちとともに、アート・ファーマーがフリューゲル・ホルンをリリカルに吹く、渋くも美しい隠れ名盤だ。その中でも、2曲目の「My Funny Valentine」はハンプトン・ホーズと二人だけの僕の大好きな沁みる演奏。時に強くアクセントをつけるアートの奏法が楔になって、甘さだけではない、しっかりとしまった一曲になっている(ハンプトン・ホーズのピアノのリズムが少し甘いのが気にはなりますが...)。さらには、3曲目の「Namely You」では、アート・ペッパーをはじめウエスト・コーストの名手たちとの競演の妙も堪能できる。

 その充実度は聴いていただければ分るので、敢えて書かないが、ここで言いたいのはそのジャケット。名盤のジャケットといえばだいたい素晴らしい名ジャケットが多いが、僕はこのアルバムを手にしたとき、そのジャケットを見て、思わず引いてしまった。「なんやねん、このジャケットは。売る気ゼロ?」と思った。演奏の合間にちょっと通りに出て撮影したようなジャケットで、それでも自分を撮りますか?とナルシス君につっこみを入れたい衝動に駆られたものだ。しかし演奏メンバーと選曲の素晴らしさから、恐る恐る購入したのだった。

 その選択は正解だった。そもそもはジャズらしいフリューゲル・ホルンの音を色々探していて出会ったアルバムなのだが、その後、英国のスタジオでフリューゲル・ホルンの音を録音する機会があり、僕のそのときの評価軸は、このアルバムの中でのアート・ファーマーの音になっていた。

 図らずも、僕の大好きなしぶーい2枚が彼のベスト・ジャケットとワースト・ジャケットではないかと思うわけだが、『On the Road』 に関しては、もっといいジャケットにしていたら、今でも名盤として色々なところに出てくるのではないかと思ってしまった。

 それにしても...名前は「ART」なのにねー。Artisticじゃないんだから。まったく~。

 

 

<関連アルバム>

On the Road

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