Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

ラプソディー・イン・ブルー

 今週、11日の水曜日。朝、何気なく新聞の社会欄を見ていると、最下段の訃報のところに、ひっそりと見覚えのある名前が記されていた。アレクシス・ワイセンベルク氏。フランスのピアニストで、8日スイス・ルガノの医療施設で死去。享年82。死因は不明だが、約30年前からパーキンソン病で闘病生活を続けていた、とのことだった。

 ラフマニノフドビュッシー、バッハ等の演奏で定評のあったワイセンベルクだが、特に意識してそのアルバムを購入したり、聴いたりしたことはない。ただし一枚だけ、彼の名前からその演奏を思い出すアルバムがある。小澤征爾指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ワイセンベルクのピアノによる 『ガーシュインラプソディー・イン・ブルー』 だ。

 このアルバムの録音は1983年。思えばその頃からワイセンベルクパーキンソン病を患っていたことになる。カラヤンから愛されたピアニストのひとり。もう随分長く演奏から遠ざかっていたにもかかわらず、今でも巨匠として名前が挙がるというのだからすごい。しかし、僕がこのアルバムを購入した理由は、全く別のところにあった。それはその選曲だ。

 恐らく、1986年の春、購入したのだと思うが(なんと26年も前!...)、既に社会人として大阪で生活していたその年の夏休みに、学生時代を過ごした福岡で「インターカレッジエイトオーケストラ」という一回限りのオケの演奏会を有志メンバーで開催するということで、直前数日間の練習参加でよいのであればという条件のもと、参加することにしたのだった。

 その時のプログラムが、ガーシュインの「アイ・ガット・リズム変奏曲」、「ラプソディー・イン・ブルー」、「ポーギーとべス」、だった。「ラプソディー・イン・ブルー」の入ったアルバムは多いが、この3つが揃ったアルバムはなかなか無い。しかも、まだCDの黎明期であり、アルバムの種類も限られていた。そういう中で、発売されて間もないこのアルバムに偶然にも出会い、ほぼ同じ選曲であることに感激し、短い練習での本番となるため、しっかり予習しておこうと購入したのだった。

 いま聴けば、このアルバムの「ラプソディー・イン・ブルー」は非常にオーソドックスで緻密。少しばかり堅苦しい感じもあるが、オーケストラでのクラシック演奏だ!どうだ、まいったか!という感じである。ワイセンベルクのピアノも、かっちりとまとまって落ち着いた、安定感のある演奏だ。

 このアルバムでもうひとつ思い出したこと。それからしばらくして、仕事で壁面に埋め込んだ巨大なスピーカーの音質を確認する機会があり、評価用に自宅から何枚かCDを持っていったのだが、その中にこの一枚を入れていた。そこで「ラプソディー・イン・ブルー」を初めて大音量で聴いたのだが、演奏の中にそれまで聴き漏らしていた、ちょっと引っかかる小さな楽器音が入っていることに気付き、後日スコアを確認すると"Banjo"の文字。そうか、この曲のオーケストラには、バンジョーが入っていたんだ、なるほど~、と納得したのだった。

 しかしその後、このアルバムはあまり聴かなくなった。もともと、ジャズやポピュラー音楽と融合された、非常にアメリカ的な音楽を生み出したジョージ・ガーシュイン。その音楽はもっと世俗的で、ギラギラしていていいんじゃないかな、と思い始めた。(その頃テレビで見た山下洋輔の「ラプソディー・イン・ブルー」には度肝を抜かれたが、そこまで行かなくてもいいんだけど...) そういう思いの中で購入し、いまも聴き続けているアルバムが、マイケル・ティルソン・トーマスの指揮とピアノ、ロスアンジェルス・フィルハーモニックの演奏による 『ガーシュインラプソディー・イン・ブルー』 だ。

 マイケル・ティルソン・トーマスはハリウッドで生まれ育っている。ジョージ・ガーシュインとも関係が深く、祖父と父はガーシュインにピアノを習い、叔父がガーシュインの親友だった。このアルバムはそんな彼が、ジョージの兄、アイラ・ガーシュインと共に、オリジナル譜面を元に初演当時のオーケストレーション、形式、演奏スタイルを復元し、弾き振りによってオリジナルに近い「ラプソディー・イン・ブルー」を実現した名盤だ。

 冒頭のクラリネットやミュート・トランペット、少なめの弦の編成、弦パートがかなり管に振り替えられているところ、あるいは奏法やテンポにも、恐らくこんな感じの演奏だったんだろうな、という時代感がよく出ている。とは言え、そこはやはり名手達の揃うロス・フィルの演奏。全体的には端正で都会的だ。しかし僕は、これくらいポピュラーなイメージの演奏の方が好きかも知れない。

 

 ところで、「ラプソディー・イン・ブルー」といえば、いまや条件反射的に「のだめカンタービレ」を思い出す。もう6年も前のテレビドラマだが、第1回の放送直後、録画を観て、「これはすごい。面白い。ぜんぶDVDに録ってて!」と相成った。

 あのドラマは、ある意味「奇跡のテレビドラマ」だ。ドキュメンタリー以外で、あれだけ緻密に作られたオーケストラの演奏される映画やテレビドラマを僕は知らない。例えば、「愛と悲しみのボレロ」のような定評のある映画ですら、その登場人物(俳優)の演奏画面に来ると、うそ臭く、がっかりしたものだが、「のだめカンタービレ」は違っていた。(ピアノの演奏はある程度仕方ないとしても、です。)

 ドラマとしては、いろいろデフォルメされているにも関わらず、実際にオーケストラで演奏している場面はあまりにもリアルだ。いまや大活躍している女優、俳優がたくさん出ているが、いや~、これ実際弾いてるよね、って思わせるのだからすごい。しかもそれだけでなくそのリアルな舞台上のイメージ、演奏中の緊張感・臨場感、演奏が終わったときの演奏者の顔から湧き上がる充実感や喜びは、実際に演奏したものでなければ出せない表情だ。製作者やスタッフがアマチュアのオケに関わり、愛情や思い入れを持って作らなければ、ああいう作品には絶対にならない。僕は未だに、当時のDVDを何度見てもどきどきして、あ~、オケで演奏したいな~、と心から思ってしまうのだ。

 恐らくこの番組以降、学生オケや市民オケが活況を呈したのではないかと思うが、クラシック音楽の浸透や普及における貢献度は表彰ものであろう。最近のテレビ番組の体たらくを思うとき、このドラマの存在をいつも思い出す。そして、民放ももうちょっとがんばってくれないと、と思ってしまうのだ。

 さて、「のだめカンタービレ」といえば、ドラマの主人公・野田恵の出身地が福岡県大川市。ところどころで飛び出す博多弁(筑後弁?)は非常に懐かしく、どこかほんわかさせてくれる。そうそう、来週の日曜日は関西在住の大学時代のオーケストラOBでの恒例の新年会。関西一帯の当時の仲間たちが、大阪駅近くのお店に集結する。

 数年前から、大学は違うけど前述の一回限り開催したオーケストラの主催メンバーだったI女史が参加してくれていて、3年前にそのガーシュインの演奏会の話になったのだが、一昨年、当日の演奏を録音したCD-Rと当日のユニフォームだったTシャツをいただいた。演奏も懐かしく聴かせてもらったが、ソロをとったIさんの友人たちのピアノ演奏やソプラノ演奏も素晴らしく、稚拙ながら後ろで弾かせてもらった当時の興奮がよみがえった。あー、またやりたいよね。今ならもっといい感じでできるかも、なんて話をしていたけど...

 毎年夕方から始めて、いつも終電近くになり、翌日からの仕事を二日酔い気味でスタートする、ということを20年近く続けて、ようやく学習したのか、来週は昼の1時スタート。さて、まさか終電になるなんてことは...ははは、無いですよね(汗)

 

<おまけ>

 マーカス・ロバーツ・トリオ、小澤征爾指揮、1996年タングルウッド音楽祭での「ラプソディー・イン・ブルー」の映像がありました。マーカスロバーツは盲目のジャズピアニスト。びっくりしないでください。こんなラプソディー・イン・ブルーもあるのです。

 

 まあ、普通はこちらですよね。最初に紹介したワイセンベルクの演奏です。

 

 ガーシュイン自身の演奏はというと・・・これです!

 

 

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