Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

デュオの要諦

「あの時代の小学生の女の子で、ピンク・レディーを歌って踊るという経験をしなかった人はいまい。」

 昨日の日経新聞の一面コラム「春秋」は、エッセイスト・酒井順子の「携帯の無い青春」からのこの一文を引用し、一昨日の注目すべき裁判の判決を取り上げていた。

 ピンク・レディーは僕より少し年上だが、その活動時期は僕が既に高校生になった後だったので、同年代で踊った経験のある人は稀だろう。そういえばその頃、近所の小学生扮するミニ・ピンクレディーが周辺にやたら出没し、「UFO!」などと踊りながら、僕たちの視界を賑わしていたが、それは一種の社会現象になっていて、文化祭などでも必ず出現する出し物だった。

 ピンク・レディー訴訟とも呼ばれるこの裁判は、「ピンク・レディーの踊りでダイエットしよう」という5年前の女性誌の記事をめぐり、ピンク・レディー側が「記事中に写真を無断で使われ、パブリシティー権を侵害された。」として訴えたものだが、一昨日の最高裁判決では、その訴えは退けられている。

 この裁判の重要性は、棄却はされたものの「パブリシティー権」というなじみの薄い権利を判決の中で「販売促進力を独占的に利用する権利」と認め、その範囲を明確にした点にある。平たく言えば、(1)グラビア写真など、写真自体を鑑賞する商品、(2)キャラクター商品など商品の差別化を図る目的、(3)商品広告。この3点以外の写真使用については、有名人の場合はある程度我慢してね、という判決だ。

 即ち、パブリシティー権も大切だけど、表現の自由も大切だよね、と説いているのだ。その内容の是非については割愛するが、前述の「春秋」は、「パブリシティー権」と「表現の自由」の両者について触れ、最後にこう締めている。

 「潮目の見極めが難しいが、てんびんが一方に傾いてもまずい。思えばこれ、2人組の要諦でもある。」...うまい!僕はこれを読んで、思わず膝を打ったのでした!

 

 さて、ブログではあまり社会的な話は書かないのだが、少し前からデュオの名盤を紹介する機会をうかがっていたので飛びついた。まさにこれって、デュオ演奏の要諦ですよね。 ということで、今日はそのデュオの達人、ジャズ・ギタリストのジム・ホールによるデュオ愛聴盤を取上げたい。そう思うと、やはり達人だけあって、いろいろ出てくる。パット・メセニーとの一枚もいいし、ロン・カーターとのデュオも愛聴している。

 しかし最初の一枚はやっぱりこれかな。ジム・ホールビル・エヴァンスの1962年のアルバム、『アンダーカレント』 だ。

 このアルバムは、CDというメディアで、僕が初めて購入したジャズアルバムだ。当時はLPレコードより少し高価な国内盤のCDだったが、そのジャケットに吸い寄せられるように購入し、やはりはまってしまった。ご存知の通り、僕はアルバムジャケットについてはちょっとうるさいが、このアルバムのジャケットは僕の中でのベスト5に入る秀逸なもの。その内容の素晴らしさと相まって、デュオアルバムの金字塔となっている。

 ピアノとギターのデュオというのは、お互いのバランスを取りながら演奏するのは、実はなかなか難しい組み合わだと思うのだが、まさにこの2人の高い技術にしてこの融合有り、と思わせてくれるような演奏だ。お互いに対等に刺激しあい、対等に影響を与え合うプレイは、当時「インタープレイ」という言葉をジャズの流行語にした、と言われている。彼らの演奏は周りにも様々な刺激を与えたようだ。

 このアルバムの本編は6曲構成だが、アップテンポの曲は冒頭の「マイ・ファニー・バレンタイン」のみ。まるで、糸を手繰り合うような繊細な絡み合いからスタートするこの曲は、両者の知的で刺激的な掛け合いで次第にヒートアップしてくる。

 ジムは、ピックアップでの音とマイクからの実音を上手く使い分けながら、両者の濃淡を見事に弾き分けていく。そのピック音に縁取られた疾走感溢れるコード演奏に助長され、ビルのピアノは跳ねるように駆け抜ける。ジムのソロでは、ビルはけしかけるようなブロック演奏を繰り広げ、ジムはそれに呼応し、緊張感溢れる世界を築きあげる。まさに究極のインタープレイがそこにはある。

 「アイ・ヒア・ア・ラプソディー」以降はゆったりとした曲調。それに続くマイナー調のワルツ「ドリーム・ジプシー 」、モダン・ジャズ・カルテットのジョン・ルイスの楽曲「スケーティング・イン・セントラルパーク」など。これらの穏やかな楽曲の中にも、常に一定の緊張感が保たれていて、2人のインタープレイはさらに冴え渡る。

 全般的には、ゆったりとしたアルバムなのだが、冒頭の「My Funny Valentine」の刺激がいつまでも尾を引き、さらには全体に拡がる繊細な感覚がこのアルバムの印象をキレの良いものにしている。前述のデュオの要諦をしっかりと守った、ジム・ホールビル・エヴァンスのすごさを余すところ無く伝えてくれる一枚なのだ。

 余談だが、最近このアルバムを四半世紀ぶりに輸入盤で買いなおした。なんで?最初のもCDだったんでしょう?と聞かれそうだが、確かにそういうことはあまりしない。最近流行のリマスター盤ではあるが、それだけで買い換えたわけではない。円高還元で、価格が4桁から3桁になり、さらに割り引きつき、なんて状況が背中を押したことはもちろんあるけど...それだけでもないのだ!

 実はかつてある雑誌に、『アンダーカレント』 の輸入リマスター盤には4曲が追加されていて、本編には無かった曲が2曲、別テイクが2曲の全10曲となり、その中にある「マイファニー・バレンタイン」の別テイクは一聴に値する、と書かれていたのをずっと覚えていたのだ。

 当時リマスターされた輸入廉価盤がたくさん出てきたのだが、ひどいものは、本編のその曲の直後に別テイクを2曲くらい入れていたりして(しかもアレンジもほとんど違わなかったり...)、CDをかけて聴いていると、本編の途中で何度も同じ曲が流れるという事態に遭遇。「あれ?リピートボタン間違えて押したかな。」と思わず覗き込むような経験を何度かした。早く次の曲に行きたいのに、なかなか行けないのだ。それ以来、ボーナストラックがどの位置にあるのか、必ず確認するようにしているのだが、最近はリスナーのクレームにきっちり対応したのか、そういう事態で購入を控えるということはほとんどなくなった。

 しかし別テイクが全く違ったアレンジだったりすると話は違う。続けて流れても、それはそれで楽しいかもしれない。このアルバムのボーナストラックに入っている「マイ・ファニー・バレンタイン」は本編とちがって、スローテンポ。しかもしっかりスイングしているのだ。もちろん、アレンジなんて全く違う。ボーナストラックに入れる別テイクは、やはりこうでなきゃ、と思わせるだけでなく、多少間延びはするが、よくこんな演奏が眠っていたものだ、と思わせてくれる。

 「アンダーカレント」は国内盤でなく、輸入リマスター盤をぜひ!覚えておいてくださいね。

 

 

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