Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

冬来たりなば...

 「春」がなかなか来てくれない。いつまでもコートが手放せないし、暖房だってつけっぱなしだ。時々少しだけ顔を覗かせたりもするんだけど、恥ずかしそうにこちらの様子をうかがっては、さっとまた扉を閉じてしまう。いくらなんでも、もうすぐ4月って時にそりゃまずいんじゃないの?って...そんなこと大きな声で言ってると、またすねてしまってなかなか出てこなくなるから、いいよいいよ、気が向いたときで、桜も寝てるし、なんてことを呟きながら、横目でこっそり様子を見てたんだけど。

 それでも真冬の寒さを思えば、随分春めいてきたし、まあそろそろ春の準備もやらなきゃね、ってことで、景気づけにヴィヴァルディの「春」でも聴いて気分だけでも盛り上げておこう、なんて思ってたんだ。でもなんだか、外は嵐のようだったし、雨も風もすごくて、能天気な「春」の気分でもなかったので、ちょっとひとクセもふたクセもあるこのアルバムを引っ張り出してきた。バイオリニストのギドン・クレーメルとクレメータ・バルティカによる 『エイト・シーズンズ』 だ。

 このアルバムは、ヴィヴァルディの「四季」とピアソラの「ブエノスアイレスの四季」を組み合わせ、再構築したものだ(4+4=8ってワケです)。ピアソラはその作曲にあたって、ヴィヴァルディの「四季」を充分に意識していたと言われている。この盤の「ブエノスアイレスの四季」は、恐らくはこのアルバムのために、レオニード・デシャトニコフ(舌噛みそう...)がソロ・バイオリンと弦楽合奏用に編曲した版で、これが実に凝ったつくりになっている。

 曲順も単純に二つの楽曲を並べたものではなく、まずはヴィヴァルディの「春」全3楽章のあとピアソラの「ブエノスアイレスの夏」がくる。次がヴィヴァルディの「夏」、ピアソラの「秋」と続く。最後は、「ブエノスアイレスの春」で終わるという寸法で、全曲で16トラックになる。

 これを聴いていて思ったのは、僕の大好きな「ブエノスアイレスの冬」こそが、今を表すのにピッタリの曲だなってことだった。暗い冬の間、内側に閉じ込められた情熱や心の疼きを感じさせる音楽、その最後に春に向かう明るく神聖な想いが垣間見える。

 ここで演奏される「ブエノスアイレスの冬」には、ヴィヴァルディの「夏」に含まれるモチーフが随所に出てきて、最初、なんで「夏」なのかな、と思った。終盤少しだけ「冬」のモチーフも出てくるが、それもすぐに消えてしまう。よくよく考えると、ブエノスアイレスは南半球であり、その冬の時期は、北半球では夏なのだ。まるでそう編曲してください、と言わんばかりの流れの上に、モチーフが乗るので、決して違和感は無い。恐らくピアソラも南北を行き来しながら音楽活動をしていたはずであり、きっとそう思い描いたに違いない。よくできているのだ。

 まるで表裏貼り合わせた透かし絵のように、対象性を考え合わせ構築された不思議な世界。それはジャケットの両面にある、8つの月の満ち欠けの写真とも相まって、どこか神秘的であり、時空のずれを感じさせる演出だ。

 全体を聴いて思うことは、なんてアグレッシブな「四季」なんだろう、ということ。音色や奏法の使い分けも、クレーメルならではの挑発的なもので、このバロック時代の聴きなれた穏やかな音楽が、ピアソラの音楽に煽られ一体となる事で才気溢れる切れ味の良いものになっている。

 このアルバムは1998年の録音だが、以後このカップリング・編曲での演奏やアルバムが増え、ついには数年前、日本でも「アンサンブル金沢」のライブ盤 『Eight Seasons』 が出たりした。なかなか演奏は難しそうだが、やっている方は、さぞ楽しいことだろう。アマチュアでもやるっていうのなら、当分の間何処かにこもってでも練習して弾いてみたい、そんなことも思ってしまった。

 

 ところで、このカップリング・アイデアは、クレーメル盤より前にあったらしい。調べてみるとその2年前にイタリア合奏団が録音したものが最初であることがわかった。そのアルバムはDENONの定番シリーズ「クレスト1000」に入っているようで、構成は単純に二つを前後に並べているだけのようだが、編曲はどうなっていたのだろうと、とても興味が湧き、別件もあったので土曜日に梅田で探してみることにした。

 マルビルのタワーレコードにはなく、茶屋町タワーレコードでも見つからない。随分前の発売なので、クラシックの中古CDを扱っているところにあるかもしれない。土曜日だし、大阪駅前第1ビルから第4ビルあたりの地下に林立するあやしい中古CDショップも開いていそうだ。こうなったら気持ちが納まらないので、そこまで行って探してみようと思った。

 この大阪駅の南側に位置するビル群は、今をときめく大阪駅周辺の再開発とは無縁だ。僕が大阪に来た二十数年前ですら新しいイメージはなかったので、もう相当なものだろう。当時は、ヤマハやカワイ、ローランドといった楽器メーカーのショールームやショップが一階にあったり、これは今でもあるが「ササヤ」という楽譜専門の書店があったりして、よく通ったものだ。僕は土日しか来ることは無いが、基本はオフィス街なので、地下のお店も含め土日は閑散としている。お店が閉店しているというだけでもなく、テナントの空きもぽつぽつあるようだ。それでも日曜日とは違って、土曜日は開いている店も多いのでそれなりに楽しめる。

 ここの楽しさは、その猥雑さにある。再開発され洗練された地下街の脇を抜け、一歩ビルの地下に入り込むと、一気に場末の商店街のような雰囲気になり、僕は結構好きだ。ざっと挙げるだけでも、中古CD店、古本屋、マッサージ店、フィットネスジム、アートギャラリー、寿司屋、居酒屋、ラーメン屋、花屋、喫茶店、金券ショップ、ドラッグストア、あやしい雑貨屋、超マイナーな趣味の店、などなど。まあ雑多でレトロ、怪しくゆるい。そういえば今日も明らかに平成生まれの数人組みの女の子が歩きながら、「いやー、昭和やわー」、と大喜びしていたが、まあ、そういう感じだ。

 結局いくつかある中古CD店にもなかったのであきらめたのだが、目に付いた古本屋や得体の知れない雑貨屋に冷やかしで入っているうちに、一体何処にいるのか分からなくなってきた。地下街といってもお店の大きさも様々で、地下1階と地下2階があり、ビル毎の地下は全てつながっているので、その境界はわからないし、通路も迷路のようになっている。

 そのうち昼間から騒がしい居酒屋の脇に、ちょっと寂れた通路を見つけた。細い通路だったが、そこを入っていくと階段があり、さらにしばらく進むと、見覚えの無い一角に出た。そこは、それまでよりさらにレトロで怪しい雰囲気の店が並んでいる。通路も心なしか狭い。さっきまで周りにいた今風のカップルなど見当たらない。しばらく歩き回っていると、喉の渇きを覚えてきたのでカフェを探すも、そんなしゃれた感じの店はなく昔風の喫茶店ばかりだ。仕方が無いので、サイフォン立てのコーヒーを入れている少し暗めの店に入って席に座る。コーヒーは薫り高くおいしかった。足も疲れていたので、ほっとして途中訪れたお店でもらったパンフレットを眺めていると、少し眠くなってうとうとしてしまった...

 

 どれくらい時間がたったのだろう。音の感覚がなかった耳に、近くの席でおしゃべりをしている女の人の声が聞こえてきた。目を開けると、コーヒーカップは空になっていて、底の方も乾いている。少し眠りすぎたかな、と思った。さて、ここはどこなんだろう。えらく「昭和」な場所に来たんだったな。CDもあきらめたし、そろそろ帰らなくては、と持ってきた傘を手に、店を出ると、なんだか見慣れた風景だ。あれ?変だな~、なんて思いながら、見慣れた通路をいつものように駅の方に向かったのだけど...

 電車が地下から地上に出るあたりで外を眺めると、降っていたはずの雨の気配はすっかりなく、春めいた日差しが差し込んでいる。乗客は少ないが、誰も傘など持っていない。傘を手にしている自分が場違いな感じだ。駅に止まるたびにドアから入る外気は、まだ冷たくはあるものの、春のそれだった。

 そうだよね、今日はもう3月31日だしね、なんて思いながら、iPhoneをポケットから出して眺めると、「日曜日」になっている。えー?そんなはず無いよ、僕は土曜日に出かけたんだけど...と、何度見ても日曜日なのだ。まさかあの喫茶店で、一日眠っていたなんてこともあるはずないのに、そう思いながらその時の地下街を思い出そうとするんだけど、上手く思い出せない。僕は、いったいどこに行っていたんだろう。

 まあ、不思議といえば不思議で一日損した気分だけど、そんなことどうでもいいや。このまま、春になってくれるのかな。家にたどり着いて、“ブエノスアイレスの冬”を聴きながら、何度もiPhoneのトップ画面を眺めてみるけど...やっぱり、今日は日曜日なんだよね。

 ほら、見てよ、4月1日、日曜日ってあるでしょ?ほら。

 

<おまけ>

 「ブエノスアイレスの冬」のモチーフに含まれる、ビバルディの「夏」の第3楽章・Prestoです。これはクレーメルアバド・LSOの演奏です。あしからず。

 最後にやはり、ピアソラ自身の演奏する「ブエノスアイレスの冬」をどうぞ。終盤の穏やかな循環コードが、ピアソラらしからぬ、春のイメージを運びます。

 

 

<関連アルバム>

Eight Seasons

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