Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

ベイルートにはまる

 昨年の秋、ある雑誌でベイルートの新作 『The Rip Tide』 の簡単な紹介を読んで、非常に興味をそそられた。実はもう随分長い間、海外発のバンド・ミュージックにがっかりすることが多くなっていて(僕自身の嗜好の問題なのですが...)、頻繁に足を運んで新作をチェックするという感じでもなくなっていた。ましてやインディーズ・レーベルだったこともあり、サードアルバムにして存在すら知らない状態だった。

 「吹奏楽サウンドを中心に据えたロックバンド(一応ロックに分類されてる...)。才人ザック・コンドンが連れてくるサウンドはとてもエキゾティック。(ど、どんな音楽やねん...)」そんなことを端折って書かれてもさっぱりイメージできないが、僕の興味のアンテナは鋭く反応した。早速、タワーレコードで探し出し入手したのだが...これが僕のツボ。見事にはまってしまったのだ。

 “ベイルート”なんて聞けばキナ臭い印象を持ってしまうのは、恐らくそれなりの世代だからだろう。中東の国レバノンの首都の名称であり、僕が中学生の頃レバノン内戦があったり、日本赤軍の潜伏先だったりして、そちらの印象が強い。そういう名前を冠するバンド、しかもまったく素性の推察もできない、超シンプルなジャケット。きっと英国のバンドなんだろう、なんて勝手に思っていたんだけど...れっきとしたアメリカのインディーズ・バンドだった。

 自宅に帰り、早速聴く準備をしてプレイボタンを押す。USインディーズなんて聞くと、ドラムスの音がドシャーンと鳴り、エレクトリックギターでジャカジャーンなんてのも、ちょっと頭をよぎったのだが...聞こえてきた1曲目「A Candle’s Fire」の前奏は、ゆったりとしたアコーディオンの和音だった。しかも音程が通常の音階よりも4分の1音程度低く、絶対音感はずいぶん昔に消えてしまった僕でも、ちょっと不思議な雰囲気になる。その後に続くベースとドラムスに乗って聞こえるのは、独特のビブラートのかかったブラスセクション...うーん、ビブラートのかけ方が、昔ドイツで聴いたババリアン・ブラスっぽい。伸びる音に大きくビブラートをかけたアンサンブル・サウンドだ。伴奏にはギターではなくウクレレが鳴り響き、スネアドラムのロールがよりトラッドな印象を与える。

 途中、ユーフォニウムやフレンチホルン、バリトンサックスなども加わり、ブラスバンドのイメージになる。そしてザック・コンドンのどこか哀愁を感じるジェントルな声。ブラスと同様、伸びる音にかけるビブラートが特徴的だ。ヨーロッパの何処かの国の、とても成熟した歌い手のようだ。ブラスの音といい、声といい、何とも艶っぽい響きで、普通じゃない。

 6曲目にはタイトル曲「The Rip Tide」が入っている。ピアノで始まるこの曲は、途中ビンテージなリズムボックスの音が入ってくるが、これが何ともマッチングがいい。その後に入るブラスが何かを訴えかけてくる。この情感はいったい何なのだろう。歌詞も非常に内省的だ。静かでメランコリック、それでいて躍動感が溢れてくる...そして気がつけばその音楽は、全身に沁みわたっている。

 最後の曲は「Port of Call」。ウクレレグロッケンシュピールできりっと始まる音楽だが、ここまで聴けば、もうどう聞いてもベイルートの音楽だとわかるようになる。それまで聴いてきた様々な要素が混じって、端正でリズミカルなベイルートサウンドが鳴り響く。

 楽曲の中にも一貫した流れがあって、ザック・コンドンの生み出す情感が、その音楽の中に隅々まで満たされている。ソングライティング面でも確固としたオリジナリティーがあり、完成されているのだ。全9曲、33分しかないアルバムなのだが、何度か通し聴きした後の充足感は、時間の短かさを感じさせなかった。

 しかし、聴き終わった後も、この6人組がアメリカのバンドだということが信じられないくらい、ヨーロッパの残り香が漂っていて、とにかく不思議な感覚だった。

 こうなると、もうだめ。我慢できない。この音楽に至るまでの変遷を全て聴いてみたいと、翌週には遡って2007年のセカンドアルバムを入手し、その素晴らしさにため息をついた。今年に入ってからは、2006年のデビューアルバムと、2009年に発売されたEP盤2枚組みを購入。これで全てなので、まだまだ経歴は浅いのだ。

 

 アメリカ、ニューメキシコ州サンタフェ出身のザック・コンドンは、旅行マニアで、高校を中退し単身東欧へ長い旅に出た。その後帰国して高校には戻ったらしいが、そこでは明けても暮れても音楽ばかりだったらしい。そんな彼が、東欧の旅で受けたバルカン音楽の影響の下、自宅で多重録音した音楽をベースにファーストアルバム 『Gulag Orkestar』 を制作したのが19歳のとき。いわゆるベッドサイド・ミュージックであり、最初ベイルートは、ザック・コンドンのソロユニットだったのだ。

 驚くなかれ、そのデビュー・アルバムは、もうほとんど今のベイルートの音楽だ。ジプシー音楽にも通じるバルカン音楽の影響が多少強くはあるものの、楽曲も編曲も彼の声も、今につながっている。ぶれていない。自宅録音をベースにしているということで、チープなものを想像するとやられてしまうのだ。

 このファーストアルバムが評判を呼び、翌年のセカンドアルバム 『The Flying Club Cup』 へとつながる。このときベイルートは、10人の音楽集団になっている。驚くべきは、ザック・コンドンは宅録で作り上げた音楽を、リアルタイムでライブ演奏することを目指していたことだ。この2作目は20世紀初頭のフランス音楽を意識して作り上げたらしいが...いや、もう、これも間違いなく今のベイルートにつながっている。

 しかしザックはこのとき20歳。しかもデビューの翌年だ。その楽曲が持つ深くメランコリックな感慨、それを反映させる声、そして味わい深い演奏。どこをとっても20歳の青年のそれではない。そのオリジナリティーも含め、驚くべき才能だと言える。

 僕はそれまで知らなかったのだが、この作品は世界中の多くのミュージシャンを驚嘆させ影響を与えたという。考えてみれば、その頃から、確かにロックの世界も一筋縄では行かなくなってきたような気もする。今や、ただただストレートなロックに、少し遅れた感を感じるのは、気のせいだろうか。(まあこの音楽を、ロックというには、かなり無理があるのだが...)

 そんな中、ザック・コンドンは、多忙と疲労でダウンしてしまう。ペースを落として仕事をするようになり、自らのレーベルを立ち上げ、編成も6人のバンド編成に固定化し、ようやく4年ぶりに制作したのが最初に聴いたサードアルバムだった。このときザックは24歳になっていた。

 それにしても成熟している。しかもアメリカ発...しかしよくよく考えてみると彼が現在住んでいるニューヨークは人種の坩堝であり、当地のブルックリンは、その名前の由来でもあるベイルート周辺のレバノン難民が数多く移り住んだところだ。旅行マニアで南部出身の彼にとっては、そこでの生活は毎日が異国気分だったのかもしれない。1枚目、2枚目が東欧/バルカン、フランスの民族音楽の影響が色濃く出ているアルバムだったとすれば、今回のアルバムは、それらを消化し、よりベイルートの音楽としてこなれているようにも聞こえる。旅の疲れに一服、これまでの数年間を振り返り、より内省的な作品として結実したのだろう。

 次はどう進化していくのだろう。この魅力的な音楽の行く末を、僕はとても楽しみにしている。

 

<おまけ>

 セカンドアルバムを出した20歳のとき、ブルックリンの街を徘徊しながら、その音楽を演奏する、約1時間の長回しの映像がありました。きちんとした、音楽ドキュメンタリー映像のようです。最初の1,2曲だけでも見ていただければ、よくわかります。ぜひ。

 

 

<関連アルバム>

Flying Club Cup

Flying Club Cup

  • アーティスト:Beirut
  • Ba Da Bing
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