Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

On the Radio

 福岡での学生時代、大学の1年か2年の時の話だ。一講目の授業が終わった10時過ぎ、友人のY君と話をしていて、今から映画を観に行こう、という事になった。彼が以前から観たいと言っていた映画「フォクシー・レディ」が、たまたま福岡・天神の「センターシネマ」で上映されていたのだ。その日は、二講目と三講目が休講で、午後3時前に戻ってくれば次の講義に間に合う。最寄りの西鉄大橋駅から天神までは10分もかからない。時間の余裕は十分だった。

 恐らく今はもうないのだろうが、センターシネマは西鉄福岡(天神)駅のすぐ西側、数多くのミュージシャンを輩出したことで有名なライブハウス”照和”の南向かいにあった。その頃福岡には、メジャーの封切り映画専用ではない学生御用達の映画館がいくつかあって、当時なかなか見られなかったATG(アート・シアター・ギルド)の映画や色々なテーマでのオールナイト上映会などを盛んにやっていた「テアトル西新」、博多駅の建物の中にあった「ステーションシネマ」などにもよく行ったが、その回数から言えば「センターシネマ」がダントツだった。

 理由は、便利だったことももちろんあるが、学生300円という価格にあったことは間違いない。封切ってまだ間がない新しい映画から、誰もが知っている名画まで、玉石混交で数日ごとにタイトルが変わった。僕はどんな映画か、その映画が観たいか観たくないかなんてことは二の次で、時間さえあれば一杯のコーヒーを立ち寄って飲むような感覚で気軽に映画を観た。

 その時代に見た数々の映画が、「子供」でも「大人」でもない「学生」という中途半端な形で、いきなり知っている人もほとんどいない町に一人来てしまった僕に、初めての世間を、様々な夢や現実を、見知らぬ彼方の世界を見せてくれた。

 その日観た「フォクシー・レディ」は、主題曲としてドナ・サマーの「オン・ザ・レディオ」が使われているということで、その音楽が大好きだった僕も、ぜひ観てみたいと思っていたのだ。

 映画自体は、今思えばB級青春映画という感じだったのかもしれないが、僕自身にとっては印象に残っている映画のひとつだ。この作品は、4人組のアメリカ・ロスアンジェルスの女子高生が、少女から大人になっていく姿を、当時の時代背景にあったディスコ・ビート、家庭環境問題、ドラッグ、暴力などを絡めて衝撃的に描いてはいたのだが、名作という感じではなかった。

 しかし何よりもこの映画は、今や大女優となったジョディ・フォスターが、子役時代を抜けて恐らく初めて「女性」として主演した作品で、若干16歳の彼女は幼くはあるものの、時折どこかぞくっとするような魅力を発する素敵な女性になっていた。さらに当時多少話題になったかと思うが、4人の内の一人で、表面的な明るさとは裏腹の不幸を背負ったキュートな問題児を元女性パンク・バンド、ザ・ランナウェイズのボーカルだったシェリー・カーリーが演じていて、意外な魅力を発していた。

 同じLAでも、NHKのドラマでやっているようなハッピーな青春物語とは全く違い、当時のアメリカの女子高生の実像を、一面、暗く内省的に描いた映画だったが、ほぼ僕たちと同世代にあたる女優たちの演じる同時代の映画は、何処か自分たちの学生生活の中にある孤独やあせりにもつながる共通項を感じさせ、それに僕も共感していたのかもしれない。

 さて、その後ちゃんと講義に戻ったのかどうかは、うまく思い出せないが、観客の入れ替えもなく、当時僕たちがよくやっていた「2度見」をしたような記憶もうっすらと...うーん、どうも都合の悪いことは忘れてしまうらしい。

 

 ところで、何でこんな話になったのかと言うと...それは一昨日の朝のニュースで、ドナ・サマーの訃報が報じられ、学生時代に友人に借りて録音し、今や聴かれないまま押入れの中に入っていたドナ・サマーの1979年のアルバム 『On the Radio』 のカセット・テープを引っ張り出してきて、しんみり聴きながら思い出したからだった。実は数年前からこのアルバムをCDで買い直したくて、タワー・レコードで時折のぞいてみてはいるのだが、入手できないでいた。

 このアルバムは2枚組みのLPレコードで、4面それぞれノンストップで演奏されている。その音楽は、巷で言われているディスコ・ミュージックなどという枠を外れ、踊るわけでもない僕の気持ちもわくわくさせてくれる素晴らしいものだった。

 「ディスコの女王」などと呼ばれて、印象は4つ打ちのディスコ・ビート一辺倒と思われるかもしれないが、決してそんなことはない。確かにドイツの”カサブランカ・レコード”でデビューし、欧州から火がついてディスコブームを巻き起こしていった主役ではあったのだが、そこの専属プロデューサー、ジョルジオ・モロダーが生み出す音楽は、踊るだけの音楽には決してさせず、むしろ聴かせるための音楽を意識しているようにも感じる。このアルバムはその”カサブランカ・レコード”での最後のアルバムで、”Gratest Hits”という副題の通り、このレーベルでの総括的なアルバムであり、それまでの数々のヒット曲も含め、ジョルジオ・モロダーシンセサイザーを駆使しながら曲間をつなぎ合わせ、色彩感豊かなアルバムに仕上げているのだ。

 一曲目、タイトル曲「On the Radio」の冒頭、ピアノの音とそれに続くドナ・サマーの張りのある声を聴くと、ふと映画でのラストシーンを思い浮かべてしまう。ジョディー・フォスターが、一人の友人の結婚式の帰りに、もう一人の友人の墓前に座り込み、花を手向けながら涙を堪えタバコを吸う姿。その遠くを見つめる憂いを含んだ瞳の奥にあった、生きていくこと、大人になる事の不確かな悲しみと、その更に奥に隠された、強い意志のようなものを、僕はその音楽の中にも感じてしまうのだ。

 とはいえ、このアルバムはドナ・サマーの最盛期の音楽がたっぷりと詰まっていて、次第にご機嫌な気分になってくる。彼女の代表作でディスコ・ミュージックの名曲中の名曲である「ホット・スタッフ」や「バッド・ガール」、そして僕の大好きな「マッカーサー・パーク」や「ヘブン・ノウズ」もそのノンストップミュージックの中に入っている。ドナ・サマーの決定版を挙げるなら、やっぱりこのアルバムだな、なんて思うのだが...

 それにしても、2月のホイットニー・ヒューストンの訃報に続いて、ドナ・サマーまでもこんなに早く...本当に悲しい話題ばかりだ。実は、ホイットニーへの追悼として色々流れたその歌声を聴いて、僕は何故かドナ・サマーを思い浮かべていた。あの凛とした歌い方と歌声は、かつてのドナ・サマーと何処か重なるところがあり、そういえば、ドナ・サマーは数年前に新作を出していたが、その後お元気なのだろうか、などと思ってしまったのだ。そんな中で、ホイットニーの葬儀に駆けつけた彼女が車から降りていく映像をたまたまテレビで見かけ、あー、よかった、なんて思ったのだが...それが今回の訃報。享年63...

 ご冥福をお祈りします。

 

 

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