Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

様々な音に溢れた驚きの島々

 昨日は、土曜日だというのに朝5時前に目が覚めた。金曜日の夜は休日恒例の夜更かしをせず、さっと寝てしまったので、体が休日仕様にならなかったようだ。そういえば、ロンドンオリンピックの開会式があったな。観てみようかな、と少し頭痛気味の頭を起こして、リビングに向かう。テレビをつけると開会式に向けた放送が始まっていて、まさにグッド・タイミングだった。

 英国は、僕が20年ほど前に初めての海外出張で訪れた国で、僕自身のヨーロッパの真っ白なイメージを最初に彩色した印象的な場所だ。2週間あまりの滞在中、ロンドン郊外を現地の仕事仲間の運転する車で、あっちに行ったりこっちに行ったり、いやというほど走っては仕事をこなし、田舎の風景や街の雰囲気、ちょっと渋いイングリッシュ・パブやたくさんの話好きの人々を新鮮な目で観察したり、驚いたりの毎日だった。電子メールもインターネットも携帯電話も無い時代、まだまだのんびりとしたいい時代だった。

 「様々な音に溢れた驚きの島々、それがイギリス」。シェークスピアの「テンペスト」にインスパイアされたという開会式は、映画「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイル監督が総合演出、しかも、なんとアンダーワールド音楽監督ということで、期待通り、時代を追いながらも「現在と未来」への思いを強く感じさせる内容であり、僕自身は非常に楽しめた開会式だった。

 女王陛下も退屈するくらい長かった、とか、少し俗っぽさが...とかいろいろ意見もあるだろうけど、ここではそのあたりは置いておいて、その中の音楽について話してみよう。

 開会式が始まって、実はおー!とびっくりしたのだ。たまたま先週、そのときはオリンピックのことなんて頭に無いときだったが、次のブログの音楽は何がいいかな、と思いつつ手元に持ってきたアルバムがマイク・オールドフィールドの 『チューブラー・ベルズ』 だった。このブログでは何気なく選んだ音楽が、直後の流れと妙に符合してしまうパターンが結構あるのだが、今回もびっくりだった。

 確かにそれ以前に、今回のオリンピックでの開会式の音楽のことは僕もいろいろ考えていた。やはりまず頭に浮かんだのは「炎のランナー」。そりゃあ、オリンピックの花形競技100m走を題材にして、イギリスの排他的雰囲気と、厳格なる姿を描いた名作だったし、なによりもイギリス人として認められたいユダヤ人走者とスコットランド人走者の、実話に基づく静かなる戦いを描いていて、勝利の末に流れるイギリス国歌が非常に印象的だった。うん、これはヴァンゲリスが出てくるな!などと思っていたのだが...半分は当たり。「炎のランナー」は当たっていたのだが、サイモン・ラトルの指揮、ロンドン交響楽団の演奏で、ヴァンゲリスの名前が一向に出てこない。(Mr.ビーンだらけで...)変だな、と思い調べたところ、僕の思い違い。ヴァンゲリスは英国人ではなく、ギリシャ人だったのだ。なるほど名前が出てこないわけだ...って、ギリシャだってオリンピックと関係深いんだから、出したってええやん!って、一人憤慨したのだった。バルセロナオリンピックの音楽は坂本龍一だったし、ちゃんと指揮してたのに。(あ、関係ないか...)

 もうひとつ、ポール・マッカートニーが歌うらしいという話は聞いていたので、曲を予測していた。で、これは大当たり。やはり「ヘイ・ジュード」だった。その後、一緒にリンゴ・スターショーン・レノン、ダーニ・ハリスンが出てビートルズ復活かもしれない、なんて話も耳にしていた。そのときは一曲って事はないだろうな、なんて期待してたんだけど、さすがにこれは無かった。残念。

 さて、マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」に話を戻そう。日本でも流行ったのはもう40年も前だし、結構地味な感じで、こんな場所に本人が出てきて延々演奏するなんて夢にも思わなかった。それだけ彼の地ではその後も着実に人気を保っていたのだろう。しかしよくよく考えてみると、今回の演出にこれほど合っている音楽も無い。ロックと英国トラディショナル・ミュージックの融合。見事な音のタペストリー。今でこそ、民族音楽のエッセンスを様々な音楽に取り入れることは珍しいことではないが、当時一人多重録音で実現したこの表現はかなり斬新だった。

 しかし、彼の音楽をここまでメジャーにしたのは、冒頭のテーマ部分が短く編集され、アメリカのホラー映画「エクソシスト」のテーマ音楽として使われたことが要因だろう。そのおかげもありこのアルバムはこれまでに全世界で二千万枚近く売れたのだ。映画も大人気だったので、印象的な冒頭部分のメロディーを聴くと、ついつい首の回る女の子の姿を思い出して、ぞーっとしてしまう人もいるかもしれないが、これは後付けのテーマ曲であり、音楽の制作自体に、映画は関与していない。

 ところで、当時まだ10代で実績も何もない内向的な音楽少年のデモテープがきっかけで出来上がったこのアルバムは、今や英国の奇跡のような大企業を世に出すきっかけを作ったことをご存知だろうか。それは、1970年にリチャード・ブランソンが立ち上げた通信販売専門の小さなレコードショップ。直営の中古レコード店を増やしつつあったブランソンはレコード・レーベルとしてヴァージン・レコードを立ち上げることを思いつく。その第一弾を探していた彼の目に止まったのが、メジャーレーベルでは断られ続けた末、自分のところに回ってきた一本のデモテープだった。彼はその中にマイク・オールドフィールドの才能を見出し、自社スタジオの空き時間を自由に使わせてアルバムとして完成させ、記念すべきバージン・レコード第一弾としてリリース。マイナー・レーベルながら、その第一歩を踏み出したのである。

 このアルバムの大ヒットがきっかけで、ヴァージン・レコードは大きく飛躍し、音楽だけでなく映画館や航空会社、鉄道、金融など、果ては宇宙旅行産業までも視野に入れた多国籍企業・ヴァージン・グループへと発展していく。創業者で会長のリチャード・ブランソンは冒険家としても名を馳せる、異色の経営者である。

 そんなことも思い出しながら、『チューブラー・ベルズ』 のCDを聴き返していたのだが、考えてみれば僕はこのファースト・アルバムよりも、学生時代に聴き倒したサード・アルバム 『オマドーン』 の方が好みだった。

 『チューブラー・ベルズ』 に感じた、ちょっと回りくどい屈折したイメージではなく、『オマドーン』 には、よりストレートな印象を受ける。それでいて、全体を覆う哀感はこのアルバムを特徴付けていて、民族楽器やボイスの使い方もよりこなれた印象になり、融合され完成されたひとつの音楽世界として、感動的に迫ってくる。その成長を感じさせる音楽に満たされるとき、いつも僕はとても暖かい気持ちになった。特にパート2(LPの裏面)後半のバグ・パイプの入ってくる部分から、終盤のナレーションと子供のコーラスに至るまでは、あまりに秀逸。改めて聴いて、夢の中で響くようなそのサウンドは、究極の癒しの音楽だと認識した。今でも十分に通用する素晴らしい音楽世界だ。

 

 さて、オリンピックは始まったばかりだが、また毎日一喜一憂するんだろうね。そして、この時のために全てを捧げてきたアスリートたちの強靭な集中力、精神力、鍛え上げられた肉体と技に敬意を表しつつ、熱帯と化した暑い暑い日本の夏を、寝不足気味で送ることになるのだろう。

 「様々な音に溢れた驚きの島々」の完結は、ぜひ閉会式あたりで見たいものだけど、これ以上の発展形を期待する方が悪いのかな。祭りの後の喜びと寂しさを演出することも重要だと思うんだけど。まあ、「後の祭り」になんてならないことを祈って...

 

 

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