Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

タイムレス

 疲れた~。車での帰省は走行距離にして約二千キロ。昨年は北海道旅行をしたので、帰省は四国のみで九州には帰らなかったが、今年は早くからどちらにも帰ることに決めていた。来年の今頃は、一人の子供は社会人になっているはずで、今度は僕たちが帰省される側になるわけだし、家族4人が揃うことも無いかもしれない。ということで、家族揃っては今年が最後かなと思い、かつてよく帰ったスタイルで帰省をしておこうと思ったのだった。

 行きは寄り道をしながら愛媛の実家に3日間、そのあと橋を渡って福岡へ、ということで、何とかそれほど疲れることなくたどり着けるのだが、九州からの帰りは結構大変だ。どうしてもお盆のUターンラッシュにかち合ってしまう。それでもまあ、かつてのように、「宝塚トンネルを先頭に70キロの渋滞」なんてことは無いだろうな、道も随分整備されたし、な~んてたかをくくってたんだけど...そうだった、あの頃と比べて体力が落ちていたこと、忘れてました!

 16日のお昼前に福岡の八女インターから高速に乗って700キロ程度。まあ、明るいうちには着かないかもしれないけど、その日のうちには何とかたどり着けるでしょう、なんて思ってたんだけど...結局家に着いたのが日付の変わった夜中の1時頃。13時間かかったことになる。3箇所あった長い事故渋滞と、神戸周辺からの恒例の渋滞。それだけではなくて、若い頃より格段に回数が増えた「休憩」。う~ん、仕方ないよね~。ということで、今は社会復帰のためリハビリ中というところかな。まあ、事故もなく無事に帰りつけたことを喜ぶとしましょう。

 

 さて、久々に、道中浴びるほど音楽を聴くことができるので、この際ハードディスクナビに聴きながらローディングしておこうと思い、色々CDを選んで、かつてのスタイルで車に持ち込んだ。夏の暑い盛り、やはりブラジル音楽の比率が結構高かったのだが、今日はその中の一枚を紹介しよう。セルジオ・メンデス、2006年のアルバム 『タイムレス』 だ。

 最近は2年ごとに目の覚めるような素晴らしいアルバムをリリースしているブラジルのミュージシャン、セルジオ・メンデスだが、御大は今年71歳。そのきっかけは、もうほとんど忘れかけていた6年前、10年ぶりの新譜として興奮させてくれたこのアルバムだった。

 セルジオ・メンデスといえば、元々はジャズピアニストで、50年代後半からはアントニオ・カルロス・ジョビンジョアン・ジルベルトに影響されボサノバに転向、60年代に入ってアメリカに住み”Sergio Mendes & Brasil '66”を結成して、ブラジリアン・ミュージックをポップスの世界で世に広めた立役者だ。ボサノバの持つ都会的で洗練されたイメージとは違い、少しキッチュな印象で、より広いブラジル音楽を、パッション溢れるポピュラーな音楽に仕立て上げていた。しかし、このアルバムが出るまでは、ほとんど過去の音楽という感じで、名前もあまり聞かなかった。

 そんな中で10年ぶりにリリースされたアルバム 『タイムレス』 は、4人組のヒップホップグループ、ブラック・アイド・ピーズのウィル・アイ・アムがプロデュースをしていてびっくりしたのだが、そこには、ブラジル音楽とヒップホップが違和感なく融合された世界が拡がっていた。そういう趣向の音楽は別に珍しいわけじゃないよね、なんて思われるかもしれないが、単にブラジリアン・ミュージックをサンプリングして素材として使っているのとは全く違う。セルジオ・メンデスの広めたブラジル音楽のポピュラリティーをそのまま残しながらの融合であり、新しい可能性を感じる音楽が、そこには広がっていたのだ。

 元々、このアルバムの制作はウィルの方から話を持ちかけたようだ。彼は子供の頃からセルジオ・メンデスの大ファンで、彼自身がコレクションしていたセルジオのアナログレコードを抱え、セルジオ・メンデスの自宅を訪ねたことがきっかけらしい。ヒップホップの大スターの原点が、実はセルジオのブラジル音楽にあったことは少し驚きだが、このアルバムを聴くとそんな話も違和感なく受け入れることができる。しかしそのことがヒップホップ世代のフォロアーに与えるインパクトは計り知れないものがあり、だからこそこのアルバムは音楽の流れを変えた名盤であると言えるのだ。

 アルバムは、セルジオの弾くクリアなピアノの分散和音で始まる。それに続くリズムセクション...一曲目「マシュ・ケ・ナダ」だ。その40年前に”Sergio Mendes & Brasil '66”の演奏で一世を風靡した音楽が、時代の申し子のようなブラック・アイド・ピーズのラップに煽られ、全く新しく生まれ変わっている。僕は、この一曲でその親和性を深く確信し、後に続く音楽をわくわくしながら聴いたのだった。

 冒頭の熱気も覚めやらぬうちに、エリカ・バドゥをフィーチャーした2曲目、「ザット・ヒート」が始まる。このヘンリー・マンシーニの曲も、その融合の前にディープに変化している。

 3曲目はセルジオの奥様グラシーニャ・レポラーゼの歌とともに、スティービー・ワンダーのハーモニカをフィーチャーした「ビリンバウ」だ。このアルバムは、そのプロジェクトがスタートすると、噂を聞きつけたたくさんのミュージシャン達が参加を熱望したらしい。セルジオ・メンデスの音楽は今をときめくそうしたミュージシャン達のルーツでもあったのだが、エリカ・バドゥスティービー・ワンダーもそのひとりだったようである。

 さらに挙げれば切りが無いが、5曲目のネオ・ソウルの歌姫、ジル・スコットをフィーチャーした「レット・ミー」、8曲目のジョン・レジェンドをフィーチャーした「プリーズ・ベイビー・ドント」などなど、どれも素晴らしい音楽で、思わずため息が出るほどだ。

 このアルバムは、それまでブラジル音楽など全く興味の無かった世代にも強くアピールし、全世界で大ヒットした。かつてのブラジル発の素晴らしい音楽が、時間を越え、その魅力をたくさんの人々に感じさせることができた、まさにタイトル通り「タイムレス」な存在となるアルバムだった。

 

 ところで、このアルバムのジャケットは、1964年に録音されたアトランティックでのデビュー・アルバムのジャケット写真を利用したものだ。当時彼は、ボサノバを演奏する新進気鋭のジャズピアニストだったわけで、「タイムレス」な感覚をかもし出す「仕掛け」になっているのだが、元ネタである40年前のアルバム 『The Swinger from Rio』 も、実は結構いい感じのボサノバアルバムである。

 このアルバムは、ボサノバジャズの名盤 『Getz/Gilbert』 とほぼ同時期の録音であり、ギターをアントニオ・カルロス・ジョビン、フリューゲルホルンをアート・ファーマー、アルトサックスをフィル・ウッズ、フルートをヒューバート・ローズと、錚々たる面々を従え、ピアノでのセルジオ節が冴えわたる。ボサノバの定番「The Girl from Ipanema」も入った、ジャズ・ピアニストとしてのセルジオに出会うことのできるアルバムである。

 さて、アルバム 『タイムレス』 後のセルジオ・メンデスは、水を得た魚のように進化し続けている。その紹介はまたの機会にしようと思うが、暑い夏にはピッタリのブラジリアン・ミュージックの進化形をこれからもぜひ見続けたい。その誕生からの変化を体現し、自ら発展させてきたからこそ生み出すことのできる音楽世界は、年齢とは関係なく、進取の精神に満ち溢れ、魅力的だ。ぜひこれからも「タイムレス」であり続けて欲しい、なんて思うのだけど...

 考えてみれば、自分自身にも当てはまる。タイムレスに進化し続けること。難しいけど理想的だ。で、思うことは、この際、年齢なんて忘れて、いろいろ取り組んでみようかな、なんてね。そう思えば、まだまだ若いのかもね。

 

<おまけ>

 1966年、セルジオ・メンデス&ブラジル66のマシュ・ケ・ナダの演奏です。変化しているところと、していないところ。あると思います。タイムレスな音楽を深く感じさせてくれます。

 

 

<関連アルバム>

Timeless

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