Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

天井を見上げながら

 先週月曜日の「成人の日」。「休日返上でミーティング」までは良かったんだけど、風邪の初期症状もあって、どうも調子が悪かった。僕はあまり熱の出る方じゃないのに、帰宅後測ると38度を越えていて、翌朝になっても熱は下がらず、筋肉や関節が痛くて全身だるい。とりあえず「午前中病院に行ってから出社する」と連絡だけ入れて行きつけの病院へ。受付で症状を言うなり別室に連れて行かれ、検査後あっさりA型インフルエンザと判明。「5日間は絶対に休んでくださいね。決まりですからね。」と、いつもやさしい女医先生の目がキラリと光った。

 インフルエンザなんて、前回いつ罹ったのかわからないくらい久しぶりだったが、こうなると逆に腹が据わって、帰宅後すぐ来客用の布団を引っ張り出し、普段書斎的に使っている小さな部屋に持ち込んで、布団の横に置いたパソコンで仕事をしつつインフルエンザの完治に専念する自主隔離生活に突入したのだ。

 やむにやまれぬ仕事は別として、発熱に弱い僕は、熱が出ている間はひたすら横になっているしかない。何もする気にならない。本も読めない。音楽も聴けない。昼間から布団に横になっていると、目に入ってくるのは日頃見慣れない天井だけである。

 それにしても、なんて面白みのない天井なのだろう。真ん中にシーリングライトのついた、ただの平面。木目もない。しみがあるわけでもない。壁からの延長で白っぽい壁紙が無機質に天井面を覆っている。継ぎ目がはっきりわかるのは少しめくれかけているからだろうか。このマンションも、気がつけば17年。壁紙もとっくに張替え時期を過ぎているはずだ。

 天井に繋がるすぐ横の壁で目に入るのは古い柱時計だ。今はネジを巻いていないので動いてはいないが、僕はこの柱時計を小学生の頃、同じように見上げたことがある。この時計は当時、父方の祖父母の家の寝室にあったものだ。僕は夏休みになると、ひとりで数キロ離れた祖父母の家に遊びに行き、何日か泊まるのが恒例だった。夜、祖父と祖母に挟まれて眠る場所から見上げたところに、この柱時計は掛けられていた。1時間ごとにボーン、ボーンと結構大きな音が鳴るため、慣れない僕は時々目を覚ましていたのだろう。柱時計の上に広がる天井の濃い木目は、不意の来客を拒むかのように、様々な表情で小さな僕を見下ろしていた。闇に繋がる天井は、自宅とは違う場所であることを幼い僕に認識させ、時に大きな音を立てる柱時計とともに、心の隅に隠れているホームシックな気分を煽り立てた。でもそんな気分も明るくなれば、また何処かに消えていく。朝目覚める頃には、そんなことは忘れているのだった。

 両親は祖父母に対して色々複雑な思いがあったようだが、子供の僕には関係なかった。無条件で愛情を注いでくれる祖父母を僕は大好きだった。僕はその場所で、家の裏手に広がる小さな畑に生えているイチジクの実をとって食べたり、犬のジョンの散歩に恐る恐るついてまわったり、近所の従弟と思う存分遊びまわったりして毎日を過ごした。もらったお菓子を自由に食べても、遅くまで起きていても怒られることのない、夢のような場所だった。中学生になってからは、泊りがけで遊びに行くことは無くなり、祖母は僕が就職した年に、祖父は僕たちに子供が生まれた翌年に病気で亡くなった。

 古く大きな祖父母の家には、その後誰も住んでいなかったが、祖父が亡くなって数年後、再開発で取り壊されることになったと親父から連絡があった。それを聞いて、祖父母の思い出が全て消えていくようで、とても悲しかったのだが、その時ちょっとしたひらめきから親父に、祖父母の寝室だった部屋に柱時計があるはずなので、それを取っておいてほしいとお願いしたのだ。親父は「そんなものあったっけ」、と言っていたが、あればでいいから、と念押ししておいた。

 その後、帰省のとき、こんなものよく覚えていたな、と感心されながら手渡されたのがこの柱時計だった。裏を見ると、几帳面な字で昭和6年5月16日と書かれてある。長男だった親父が昭和8年生まれなので、恐らく祖父母が結婚したときに購入したものなのだろう。僕にとって、唯一の祖父母の形見となった柱時計は、味気ないこの部屋の天井を少しだけ味のあるものに変えてくれている。

図1-130120

 思えば、僕はこれまでたくさんの天井を様々な思いを込めながら見てきた気がする。病気がらみで思い出すのは高校2年の校内ボートレース大会の日。(うちの高校の伝統行事で、その艇庫は、「がんばっていきまっしょい」という映画やテレビドラマでも使われました。)僕は結構楽しみにしていたんだけど、当日の朝、顔に発疹が出ていて風疹にかかっていることがわかり、その数日前、風疹なのに学校に来ていたK君を恨みつつ、しぶしぶお休みにして数日間を実家の2階にあった自室の布団の上で過ごすことになった。

 そのときに見た天井を僕はよく覚えている。その日僕は前日に友人に借りていた、芥川賞を取ったばかりの村上龍の小説、「限りなく透明に近いブルー」を、これ幸いと布団の上で読み、そのあまりの不快さにどんどん調子を落としていったのだった。恐らくその中に出てきた「腐ったパイナップルの匂い」が、その不快さを助長して、なんともいえない気分の悪さがいつまでも続き、僕はその気分に耐えながらぐるぐる回る天井を見上げていた。そこに拡がる木目は、何かの生き物のようにうごめいていて、天井板の一部に張り巡らされていた竹細工は、とても悪趣味で気味の悪いもののように感じた。思えばその天井は実家の2階で今もそのままだが、恐らく今見れば、ただのちょっと凝った和風の天井なのだろう。

 学生時代にしこたま飲んだ後、安アパートに帰って布団に横になり、ぐるぐる回る天井を眺めたことは数限りなくあったと思うが、たわんで今にも落ちてきそうな天井を眺めても、悲愴な感じには決してならなかったのは、いつも心の何処かに、まだ見ぬ未来に対するわくわくするような気持ちが、隠れていたからだろうか。

 飲んだ後の天井、ということで言えば、就職して2年目に、初めて彼女の実家に挨拶に行き、そのまま居間でお父さんにたっぷり飲まされて、その日はその居間に泊めていただくことになった、その夜もまた、違った感慨を持って天井をながめたものだ。壁には何故か般若の面が掛けられてあり、お父さん自身が陸上競技の大会で獲得した賞状が何枚か飾られてあった。その天井に拡がった見慣れない木目は、これまで未知の世界だったこの家の布団に今眠ろうとしている不思議さを、僕に実感させてくれた。

 その般若の面は、それから随分たった後も、ずっとそこに飾られていて、まだ幼い子供たちが怖がって泣くものだから、よくお面に布をかぶせたりしたものだ。そんな家も建て替えて今は無い。あの天井の木目を、もう一度見ることはない。

 

 さて今日の一枚。会社まで休んでるんだから、そんなことしていないでさっさと寝なさい。ということで、この一枚にしよう。イノセンス・ミッションの 『Now the Day is Over』 だ。

 イノセンス・ミッションは男女3人組のアコースティックユニットで、ボーカルのカレン・ぺリスのちょっとイノセントな声と、ギターやベース、ピアノ、ハーモニウムなどのアコースティック楽器の素朴な音で、とてもピュアな音楽を奏でるグループだ。このアルバム 『Now the Day is Over』 は、そんな彼らが出したカバーアルバムで、そのジャケットやタイトルの通り、「子守唄集」である。どうもボーカルのカレンが、自分の子供たちに歌って聴かせる子守唄、というコンセプトで制作したようだが、決して子供向けではなく、ゆっくりとリラックスしたい大人にピッタリのアルバムである。

 1曲目の「Stay Awake」は夢の中で鳴っているようなピアノの音で始まり、そこにかぶさる力の抜けたカレンの声がやさしく響く。この一曲で、僕はこのアルバムが連れてくるリラクシング効果を確信したものだ。

 その後に続くスタンダード曲の、「Over the Rainbow」も、「What a Wonderful World」も、「Moon River」も、決してその路線を外れることなく、夢の世界に運んでくれる。

 8曲目の「My Love Goes With You」は、ボーカルのカレン自身の作品だ。この曲がとてもいい。間奏で鳴る足踏みオルガンの音が、なんとも素朴で、さらに気分を盛り上げてくれる。

 このアルバムは、チャリティー・アルバムということでつくられたらしい。そういう点では、彼らの他のアルバムとは基本的に違うのかもしれない。

 僕は数年前、タワーレコードの店頭でこのアルバムを目にし、そのジャケットとPOPに魅かれ何の予備知識も無いまま衝動買いした。恐らく気分はリラックスできる音楽を求めていた時だったのだろう。

 それまで彼らのことは全く知らなかったし、今でもほとんど知らない。しかしこのアルバムを時々引っ張り出して聴くと、間違いなく穏やかでくつろいだ気分になれる。魔法の一枚なのだ。

 今日こうやって聴いていて、彼らの普通のアルバムも聴いてみたい気分になった。それじゃー、アマゾンでも探りながら...って...病人なのでした!

 さて、また味気ない天井でも眺めながら、心に響く音楽を子守唄に、もう一眠りしようかな。明日から元通りの一週間を迎えるために、ね。

 

 

<関連アルバム>

Now the Day Is Over

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