Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

ソロピアノブームの先駆け

 「えらく早い梅雨入りだな」なんて思っていたら連日ほとんど雨が降らず、「今年は空梅雨かな」なんて嘆いているとドカ雨が降る。最近の気象の劇症化は目に余るものがあるが、こればかりはどうしようもない。やはり地球温暖化の影響なのだろうか・・・

 降り続いた雨も今日は小休止。梅雨の合間の休日、そんな穏やかな午後にゆったりと聴きたいアルバムは・・・ということで手元に持ってきたのがこの一枚。ビル・エヴァンスが1968年に録音したピアノソロアルバム『Alone』 だ。

 この季節に聴きたくなる理由を考えてみると、1曲目がドンピシャの「Here's That Rainy Day」で始まるからだろうか。あるいは、アルバムの中の5曲全てを包み込んでゆったりと流れる、少し湿り気を感じる空気感のせいかもしれない。

 

 僕がこのCDを購入したのはまだジャズを聴き始めた初期の頃で、すぐにその雰囲気に魅せられてしまった。その後ビル・エヴァンスのアルバムも主だったものはほぼ聴いてきたけれど、僕の中ではその中のべスト5には入れたい大好きな作品だ。

 確かに彼は 『Alone』 以前にも折に触れピアノソロを演奏してきたし、彼の死後、お蔵入りされていたソロ演奏を集めたアルバムもリリースされたが、生前それらがまとまった形で発表されなかったのは、自分自身満足のいく演奏にはなっていなかったということがあったのかもしれない。結果的に当時、初のソロアルバムとなったこの一枚は、鍛錬と集中を繰り返し、余分なものを削ぎ落として到達した、彼の中での一つの完成形だったのだと思う。

 そんな彼の自信は、発売当時のライナーノーツに自ら記した文章からもうかがい知ることができる。

「ピアノだけで音楽的に満足いくような表現ができるようになったことが、私の人生で最も喜ぶべきことかもしれない。振り返ってみると、音楽と向き合った数え切れない時間が私の人生の方針を定めたように思う。」(相川京子、訳)

 どこか思索的で心の深層部分を映し込むかのような音の流れは、抑制された感情がゆえに知的な印象を与え、ビル・エヴァンスの特徴的なスタイルが完璧なまでに表現されているように感じる。特に僕のツボだったのは、2曲目の「A Time For Love」だ。当時僕は、ジョニー・マンデルの作ったこの曲の醸し出す世界に、たちまち魅了されてしまった。

 聴き始めた頃は古いポピュラー音楽だろう、くらいにしか思っていなかったのだが、どうもこの曲は1966年公開の映画、「An American Dream」の主題歌で、映画の中でもジャネット・リーが歌っていたらしい。その2年後の録音ということで、当時ピカピカの音楽だったわけである。

 初めてこのアルバムで聴いて以来、あまりこの曲のカバーを聴くことはなかったのだが、最近ジェイミー・カラムやジェーン・モンハイトのアルバムを聴いていて、期せずしてこの曲に出会い、少なからず興奮を覚えた。贔屓にしている地味なチームがいつの間にか強くなっていた、そんな感じかな。

 

 しかし何といってもこのアルバムの圧巻は5曲目、「Never Let Me Go」だろう。CDではこの曲の後にもボーナストラックがたくさん入っているが、オリジナルアルバムではこの曲が最後の曲だ。僕の以前のブログでもカズオ・イシグロの小説「私を離さないで」と共に紹介した曲だが、このアルバムでの演奏はなんと14分28秒という驚きの長さである。オリジナルのLP盤では、A面に最初の4曲、B面にはこの曲だけが収められていたらしい。気合の入り方が違うのだ。

 この変奏曲のように変化していく穏やかな音楽の中で、彼はいったい何を表現したかったのだろうか。実はそのヒントは、このアルバムの録音前にリリースされた『Bill Evans at Town Hall』の中にある。そのライブアルバムも同様に5曲収録されており、5曲目が同じように長尺で、LP盤ではB面をその一曲が占めていた。

 ”父ハリー・L・エヴァンスに捧ぐ”と添えられたその曲は、亡くなったばかりの父親を偲んだピアノソロのメドレーだった。演奏の雰囲気も似ている。恐らく、ビルは「Never Let Me Go」も同様に父親を偲んだ作品として収録したのではないかと思う。そのタイトル「Never Let Me Go」は、逝ってしまった父親に対する語りかけであり、それがアルバムのタイトルへとつながっていったのではないか。『Alone』 という単なるソロの印象を越えた孤独を感じさせるタイトルは、実はその裏に、父親を亡くしたことによる孤独感があったのではないかと思うのだ。

 ある意味地味なこのアルバム 『Alone』 により、ビル・エヴァンスグラミー賞・最優秀ソロイスト賞を獲ったのは、その後のジャズ界への影響を考えれば当然のことだったのかもしれない。このアルバムは、その直後から始まるキース・ジャレットチック・コリアを初めとした怒涛のソロピアノブームの先駆けだったようである。

 

<おまけ>

 ジェイミー・カラムとジェーン・モンハイトの「A Time For Love」もぜひどうぞ。

 

 

 

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