初夏の風が吹いている。梅雨の季節だけど、この時期の晴れた日のさわやかさは格別だ。まだ朝晩は寒いくらいだし、昼間には気温も上がるけど、冷房を入れるほどでもない。開け放した窓を風が抜ける。心地いい風だ。
気持ちまでリフレッシュされるような空気の中、この風に乗って流れてくる音楽を想像してみる。思い浮かぶのはさわやかAORの名曲たち。ここはひとつ、クリストファー・クロスの「Sailing」なんてどうだろう。
この曲は、忘れもしない1980年の曲だ。当時リリースされたデビューアルバム 『Christpher Cross (邦題:南から来た男)』 は、日本でも大きく話題になっていた。
よくわからない新人のアルバムなのにバックメンバーは豪華で、ビルボードのヒットチャートを驀進していた。その高音がクリアに伸びる声は、どんなさわやかな青年が歌っているんだろうと期待を持たせたが、本人の顔写真やライブ情報は全く公開されず、表に出てくるのはフラミンゴのトレードマークだけだった。日本でもその前年にオフコースがブレークしていたので、彼の声は小田和正の声によくたとえられていたと記憶している。
「Sailing」はデビューアルバムからの2枚目のシングルカットだったが、この静かで洗練された音楽は瞬く間にヒットチャートを駆け上り全米ナンバーワンとなった。彼のファーストアルバムは、全曲この都会的なサウンドと、彼の声が生み出す軽やかなイメージが、統一された世界を作り上げているのだが、「Sailing」はその中でも一層落ち着いた出色の楽曲で、僕も大好きだった。
最初のシングルカット曲「Ride Like The Wind(邦題:風立ちぬ)」も、ドゥービー・ブラザーズのマイケル・マクドナルドがバックコーラスをつとめるなど、新人としては考えられない布陣を敷いていて、当時FMラジオでは毎日のように流れていた。このデビュー曲は、いきなり全米2位を記録している。
しばらくはクリストファー・クロスの姿は隠されたままで、想像がどんどん膨らんでいたのだが、ある時友人から見せられた雑誌に、ようやく公開された彼の容貌が載っていた。いや~、驚いたのなんのって...最初の印象は、悪役プロレスラー?これ、なんかのギャグじゃないの?って感じだったけど、その声とのギャップは、逆に大きな印象を残した。
同じ1980年、そのギャップはクリストファー・クロスまでではないにしても、ジャケットの髭面のおっさん(当時の感覚です)の姿と、その生み出す音楽のギャップを感じつつ、よく聴いたAORのアルバムがあった。ポール・デイビスのアルバム、『Paul Davis』 である。
このアルバムの冒頭を飾る「Do Right」が僕は大好きでよく聴いていた。その時代の良質なAORの息吹を感じることができる名曲だ。やはり当時のさわやかな雰囲気を思い起こすと、この曲はいつも頭の中に出てくる。終盤入る、ア・カペラでのコーラス、そこからの展開は特に気に入っているところで、ポール・デイビスの魅力が凝縮されている。
その年は、僕自身大きな解放感とワクワク感に満たされた年だった。3月までの受験勉強からも解放され、たった一人での生活を始めた年であり、多くの人と出会い多くの人と別れた年、社会の中の自分を意識した年、中途半端ではあったけど大人として扱われ始めた年でもあった。
そういう時代に聴く音楽は、恐らく誰にとっても特別な意味を持つのだろう。あの時代にひたすら聴いた音楽は、その時自分が感じていた解放感やワクワク感を、今でもどこかから連れ戻してくれる。ひょっとして、今の自分を一番鼓舞してくれるのは、そうした思いを引き出すことができるそれらの音楽なのかもしれない。
ところでこの「AOR」という言葉、Adult Oriented Rockとしてシティー・ポップ調の音楽をそう呼んでるんだけど、当時はそういう呼び方はしてなかったと思う。今ではある程度普及している言葉だが、恐らくこれが通用するのは日本だけだ。海外ではアダルト・コンテンポラリーというジャンルに属する。
もともとは Audio Oriented Rockということで、バリバリのロックじゃなくて音重視のポップ調ロックの事をAORと呼ぶことは海外でもあったようだが、その「AOR」という略号のAudioの部分をAdultに変えて、大人向けのロックということで後年日本で勝手に流行らせてしてしまったというのが本当のところのようだ。本家のAudio Oriented Rockなんて呼び方はとっくに廃れてしまったみたいで、日本にだけ日本流で残ってしまったという、まさにセブン・イレブンのような言葉である。
そのAORの旗手といえば、やはり存在の大きさから言っても僕はボズ・スキャッグスを思い浮かべる。この年ボズは、アルバム 『Middle Man』 を発表した。その前の2作品と共に3部作と言われるこのアルバムは、やはり彼の絶頂期の躍動感と安定して落ち着いた魅力を感じることができる作品で、当時聴き倒したアルバムだ。
このアルバムは出だしがいい。一曲目の「Jojo」の躍動感は、このアルバムのすべてを包括しているようにすら感じる。そして、安定し落ち着いた世界の方は「You Can Have Me Anytime」が担っている。どちらも、ボズ・スキャッグスのそれぞれの側面を表す名曲である
ボズ・スキャッグスは、1980年、この作品の発表のあと活動を休止した。絶頂期での休止だったが、ある意味これがAORの衰退の引き金だったのかな、とも思ってしまう。決していきなり終わったわけではないが、それから数年で、この時代に感じたAORの風の匂いは、急速に魅力を無くし、形を変えていった。ボズはその8年後、再び音楽活動を開始したが、そこにはもうAORの時代の風は吹いていなかった。面白いのは、一般に「AOR」と呼び始めたのは、衰退期のその時代だったということだ。日本はバブルに向かっている最中で、アメリカで賞味期限の切れた都会的でおしゃれな音楽を、日本の地でファッションとして再生するようになったのだった。その時必要だった言葉が「AOR」だったのである。
そしてバブルも去って20年。また、AORにスポットが当たりつつある。今度は20年前のようなイメージではない。そこにある本物の洗練を、選んでいるようにも見える。AORの風は、再び軽やかに、ある意味新鮮に吹いているようである。
<おまけ>
クリストファー・クロスは、翌年、映画「ミスター・アーサー」の主題歌、「Arthur’s Theme (Best That You Can Do) 」(邦題:ニューヨーク・シティー・セレナーデ)を歌いましたが、もうこの時は顔出ししてました。この曲は、アカデミー賞楽曲賞を受賞。彼の2度目の全米ナンバーワンとなりましたが、何故か彼のオリジナルアルバムには入っていません。ベスト盤で聴くしかないですね~。ということでYoutubeで、ぜひ。
<関連アルバム>
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