Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

グッバイ・ママ

 夏の終わりは、やはり寂しい。別にゆく夏を惜しんでいるわけでもなく、むしろ暑すぎる夏に辟易としていたはずなのに、秋の気配を感じ始めると、何故か寂しさが募ってくる。おまけに週末は雨続きだし、仕事の先はよく見えないし、どんどん歳は取っていくし、あまちゃんは終わりそうだし...寂しいよねー。

 そんな初秋特有の気分に包まれてコーヒーなんぞ飲んでいると、リビングのテレビから懐かしい曲が流れてきた。CMのようだ。見ると着物姿の吉永小百合が延々スマホで話をしている中を ”SOFT BANK” の文字だけが流れてくる。なるほど、他には一言も一文字も流れないのに、それだけでどこ製のスマホかわかってしまうという仕掛けのようだ。その映像を引き立てるように、アコースティックギターのコード音が流れ、つぶやくような歌声が静かに届く。何ともコンプレックスに満ちた歌詞に、夏の終わりの寂しさと気だるさを漂わせたような曲「At Seventeen (17歳の頃)」は、ジャニス・イアン、1975年の名曲だ。案外合ってるね。

 「At Seventeen」とその曲の入ったアルバム 『Between the Lines』 は共に全米ナンバー・ワンとなり、1976年のグラミー賞で彼女は最優秀女性ポップボーカル賞を獲得している。

  ★ Album:Between the Lines (1975) / Janis Ian

 ジャニス・イアンは60年代に10代でデビューし天才少女と騒がれながら、数枚のアルバムを発表し消えていった。その頃、結婚・離婚も経験するが、彼女自身はソングライティングで再び表舞台に出ることを夢見ていたようだ。そんな彼女が再度注目を浴びたのは、彼女の作った楽曲「Jesse」がロバータ・フラックの名盤 『Killing Me Softly』 で取り上げられ、ヒットしたからだ。

  ☆ Music:Jesse / Roberta Flack

 この曲を自らも歌い歌手として復帰、大ヒット曲「At seventeen」でグラミー賞を獲ったときには、すでにデビューから10年近くたっていた。

 しかし僕にとってジャニス・イアンといえば、やはり「Love is Blind」だ。この曲は、当時TBSドラマ「グッバイ・ママ」の主題歌になり、日本で大ヒットした。グラミー賞を受賞したばかりの旬の米国シンガーの曲が、日本のドラマの主題歌になる事自体が異例だったこともあるが、その悲しい音楽とドラマの内容のマッチングがとても印象的で鮮烈だったことが、大ヒットの要因だったのだろう。

 その頃僕は高校に入学したばかりだったが、何故かこのドラマのことはよく覚えている。恐らく例によってお袋がボロボロ泣きながら観ているのを尻目に、ちょこちょこ観ていたからだろう。前年に流行った「前略おふくろ様」でショウケンの相手役として印象的だったまだ20歳そこそこの坂口良子が、シングルマザー役で主演だった。

 「グッバイ・ママ」は不治の病にかかり余命幾ばくもないことを知った坂口良子扮する母親が、残される一人娘を案じて子供を託せる相手を懸命に探そうとするストーリーだったと思うが、最終回の大雨のバス停で誰にも気付かれずに死んでゆく母親の帰りを、何も知らない娘がずっと待ち続けるという救われない結末と、そこに流れる”Love is Blind”の切ないメロディーが、記憶のすきまにしっかり残っていた。

 実生活でも苦労人だった坂口良子が、何年か前からテレビによく登場していたことは知っていたし、タレントである娘と共に出演しているのを何度か見たこともあるが、今年の3月、なんと57歳という若さで亡くなったと聞いた時には本当にびっくりした。そして真っ先に思い出したのがこの「グッバイ・ママ」と主題歌の「Love is Blind」だった。

 彼女が2年近くガンであることを隠して活動していたと聞いたとき、僕自身が感じていた「頻繁に娘と共に出演していたことへの違和感」と、この「グッバイ・ママ」とがピタリと重なった。もちろん娘と言ってもドラマでの子供ように小さいわけでもなく、ドラマ当時の彼女の方が若かったくらいだが、後に残していくまだ自立し切れない娘を思う気持ちは同質のものだったのではないだろうか。あるいは彼女は自らの境遇を「グッバイ・ママ」と重ねていたのかもしれない。僕は当時とはずいぶん変わってしまった彼女が頻繁にメディアに登場することに少し複雑な心境だったが、その後を何かに託したい彼女の思いが、自らの活動に表れていたのでは...そんなことを思うと「グッバイ・ママ」のオープニングの踏切を渡る親子の映像とその音楽がしきりに思い出され、どこまでも切ない気持ちになったものだ。

 そんなことがあって数か月前、本当に久々に「Love is Blind」の入ったアルバム 『Aftertones』 を引っ張り出してきて、それぞれに別種の聴かせどころを持つ聴き覚えのある楽曲たちを、なんともいえない懐かさを感じながら聴いた。記憶の中では、「Love is Blind」の印象から、もう少暗いアルバムだと思い込み敬遠していたが、これほどバリエーション豊かだったことは忘れていた。とても落ち着いた、いいアルバムだった。

  ★ Album:Aftertones (1976) / Janis Ian

 ジャニス・イアンも、実は苦労人で坂口良子と同じように、結婚、離婚、金銭トラブル、病気と、目まぐるしい人生を送ってきた。僕自身、彼女はアメリカよりも日本での人気の方が高かったのではないかと思っていたが、20年ほど前の復帰以降は、本国でも着実にキャリアを重ねてきたようだ。そして今年のグラミー賞では、自伝「ソサエティーズ・チャイルド」で最優秀朗読アルバム賞を受賞したようで、まだまだ現役である。

 

 年齢的にそれほど違わない二人の糸は、確かにあの時、一点で重なっていた。その偶然のもたらしたものは、それぞれの人生に大きな意味を持っていたのだろう。そしてその相乗効果は確かに多くの人の心を揺さぶった...そんなことを今になって僕たちに思わせてくれるだけでも、素晴らしいことだと思うんだけど...

 

 ご冥福をお祈りします。

 

 

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