Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

TVCMの時代は終わったのか

 誰しも忘れられないテレビコマーシャルのひとつやふたつ、あるんじゃないだろうか。僕も18歳で故郷の愛媛を離れるまでは十分にテレビっ子だったので、子供の頃にインパクトを受けたCMは山ほどある。

 たとえば、僕の中では「かあさん手作りあんころりー・・・」という悲しい旋律とセピア色の映像がなんともレトロな「前田のドライあんこ」のCMや、松山で高校時代を過ごした伊丹十三が僕たちの祖父母の世代が使っていたような懐かしい愛媛ことばで淡々としゃべるのが可笑しかった「一六タルト」のCMがその筆頭だったりするんだけど。(わからないでしょうね~。愛媛ローカルです...)

  ☆ Link:一六タルトのCM(伊丹十三)

 もちろん全国版のCMにも印象的なものはたくさんあったが、その頃のCMは本編の間に挟まれた箸休めのようなもので、特に何を考えるわけでもなく幕間の休憩時間に流れる「寸劇」を眺めていたような気がする。

 僕は、その後7年間ほど敢えてテレビの無い生活をしていた。再びテレビを見るようになったのは社会人になってしばらくしてからで、長い空白期間を経て見た80年代中頃のCMは、本編以上に世の中を動かす力を持っているような気がした。時代は「クリエイティブ」であることを求め、いつの間にかコピーライターやCMプランナーという聞きなれない職業にスポットが当たるようになっていた。

 ちょうどその頃、梅田にある某本屋で手にとって「これは面白い!」と購入するようになったのが月刊誌「広告批評」だった。(当時は隔月刊だったかも。)手にとる前は業界誌かなと思っていたが、そうではなかった。メディアの寵児達を取り上げたインタビューや対談、知的好奇心を煽ってくる特集、そして最新のCMに対する様々なコラムやそこからあぶりだされる社会時評は、すこぶる新鮮で刺激的だった。

図12

 CMをひとつの作品として芸術性を云々したり、恐らく練りに練られたコピーの先見性やそこに埋め込まれたメッセージを論じたり、あるいはキャスティングされた人物にスポットを当てて深堀りしたりと、まさに時代のエネルギーを一旦吸収して増幅させるような雑誌だった。その主宰者で僕が読み始めた当時は編集長でもあったコラムニストの天野祐吉さんが今週亡くなられたとお聞きして、いよいよ本当に終止符を打ったんだなと実感し、心の奥の方がしんとなった。ひとつの時代の終わりは、いつもそこはかとなく寂しい。

 思えば僕の場合は、10年ほど購読し続けた後、90年代も後半にはピタリと読まなくなり、手元にあったバックナンバーも処分してしまった。それでも時々目に入る面白そうな特集の時は入手して読んでいた。5年ほど前、「広告批評」が創刊30周年の2009年4月号をもって休刊すると聞いた時には、少し唐突な感じがしたものだ。確かに天野さんは年をとったが、天野さんとともに「広告批評」を立ち上げ、1988年に天野さんから編集長を引き継いだ島森路子さんはメディアでの露出も多く、天野さんの話す「マスメディア広告万能の時代は終わった」という休刊理由に納得はしたものの、万能じゃなくてもマスメディア広告はやはり重要で、そこのところの力を抜いてもらっては困るんだけど、という思いが燻っていた。

 確かにCM全盛の頃と今とではテレビコマーシャルの重みは変化している。ビデオに録られればCMはスキップされてしまうし、若い世代のテレビ離れが進みケイタイ・スマホも含めたインターネットの世界での広告にターゲットは移りつつある。ある意味暴力的ともいえる一方通行のCMに振り分けられる企業の予算はどんどん削られていく。そのあおりでテレビ局の収入は減少し、番組自体の質の低下につながる。番組の質が低下すれば、結果的にそこに付随するCMへの投入原資も減り、ふたを開ければ即効性だけを求める健康食品や通販のCMだけが活況を呈していたりする。

 とはいえ、まだまだテレビCMは一気に流行語を生み出すだけの力は持っている。質の高いCMを作って、テレビ自体の価値をあげるのは「今でしょ」...っていうのは、「にわとり・たまご」の関係のような話だが、現状は昔では考えられないほど厳しい状況であるということだけは確かだ。

 そんな中でこの春、全身の筋肉が衰える難病により島森路子さんがまだ若くして亡くなられた際に、天野さんは、「広告批評」の休刊は実は島森さんの病気とも関係していたことを明らかにした。そうだったのか、という思いとともに、復刊に少しばかりの期待もあったんだけど...それは天野さん自身が亡くなられたことにより潰えてしまった。

 

 天野さんの訃報を聞いた後、僕がちょうど「広告批評」を読み始めた1986年に刊行され、その軽妙な語り口と堅苦しくない論評で僕自身一気に魅了されてしまった天野さんの本「私のCMウォッチング」を久々に引っ張り出してきた。これは当時朝日新聞に連載されていた同名のコラム100編を集めたもので、もう30年近く前のCMにまつわる話なので忘れているものも多い。

図11

 その中に「音楽をCMする」という一文がある。「何はさておき、冬の夜はコタツでミカンを食べながら、音楽をきいていたい。」という文章で始まるこのコラムは「人は音楽をきいているとき何を想像しているんだろう」ということが、サントリーローヤルのCM・マーラー編で流れる音楽、マーラーの「大地の歌」をきいていて、気になり始めたという話だ。

  ☆ Link:サントリー ローヤルCM マーラー編

 天野さんはそのCMをみて、CMの作り手が「大地の歌」を「わたしはこんなふうにききましたよ」と映像にして見せてくれていることを面白がっていた。ちょうどMTVが流行り始めた時期で、「あれはもともとテレビ用に作られたレコードのCMである」とした上で、ポピュラー音楽はプロモーションビデオで音楽のイメージを映像にしているんだから、クラシック音楽も気取ってばかりいないで、サントリーのCMのように大胆に映像化すればいいのに、とつぶやき、「これからの音楽は目をつぶってきく時代から目できく時代へ、すごい速さで進んでいくんじゃないかという気がする。」と締めている。これなんか、まさに今やクラシックの世界でも、DVDやBDの発売で新境地に入っていることにつながっていると思うんだけど...

 ところで、この当時のサントリーローヤルのCMはとにかく印象的で、その芸術的な映像と音楽の組み合わせが独特な世界観を作っていた。もともとサントリーのCM製作といえば開高健山口瞳も席を置いていたくらいで、そもそも目指すものが違っているんだろうけど。 “マーラー編”と前後して、ついつい映画「ブリキの太鼓」を思い出してしまう“ガウディ編”や“ランボー編”、そして“ファーブル編”と続いたが、当時そのあたりの音楽を担当していたマーク・ゴールデンバーグのソロ・アルバム 『鞄を持った男』 が、恐らくサントリーの肝いりで1984年に発売され、僕も気になって購入した。そういえば、まだCDという媒体が出始めたばかりの頃だったかな。CMでの音楽はすべて入っていたんだけど、今回聴いて一つ残念だったのは演奏。CMでの演奏とは違い、このアルバムはマーク・ゴールデンバーグが一人で演奏した多重録音盤で、CMでは生楽器で演奏されている部分が、シンセサイザーでの演奏だったりする。当時は最先端の音だったのでそれでよかったんだけど、今聞くと多少時代遅れな感じがする。今の時代にはオリジナルのCMバージョンの方がピンとくるかもしれない。

  ☆ Link:サントリー ローヤルCM ガウディ編

 

 「私のCMウォッチング」の100編の中には、「葬式のCM」というコラムもあった。結婚式のCMはたくさんあるのにお葬式のCMがほとんど無いことを取り上げ、人間の死とCMはなじまなぬものらしい、としながら、唯一知っている「お葬式」のCMとして、葬列をバックに遺言状が流れるフォルクスワーゲンのコマーシャルを紹介している。

 そして、結婚式の主役は花嫁だがお葬式のCMは男が主役になった方がなんとなくドラマになりそうな気がする、として、「伊丹十三さんあたりに出演してもらって、そろそろ男のおかしさやかなしさをえがく葬式のCMが出てきてもいいころなんじゃないだろうか。」と締めている。伊丹さんは既に亡くなられたが、この文章は映画「お葬式」が製作された年のものだった。

 そんな文章を残されていた天野さんの死出の旅路は、さぞやクリエイティブなものになるんじゃないかと思っていたんだけど...故人の意思により通夜、葬儀は行わないらしい。今頃、「今はそういう時代じゃないんだよ」なんて一人つぶやいて、力なく笑っておられるかもしれない...

 ご冥福をお祈りいたします。

 

<追記>

 ちなみに、映画「お葬式」は、50歳にして初めて映画を撮りたいと思った伊丹十三氏が、先に紹介した愛媛のCMの発注元、松山にある和菓子会社、一六本舗の玉置泰社長に相談し、その一六本舗が出資をして実現した伊丹監督の処女作です。玉置泰社長はその時以降、伊丹プロダクションの社長、映画プロデューサー、スポンサーとしてその後の全伊丹作品を支え続けました。すなわち、あの一六タルトのCMが無ければ、映画「お葬式」も日本映画の復興も無かったかも知れません。そういえば天野さんも愛媛の松山で中学・高校時代を過ごされたそうです。

 

 

<関連アルバム>

 

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