Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

祝婚歌

 2月14日のバレンタインデーが近づいてくると思い出すことがある。残念ながらチョコレートの話ではない。もう随分前のことだが、その日結婚式を挙げた先輩の披露宴で司会を任された苦闘の記憶がよみがえってくるのだ。その先輩Kさんは、大学の先輩であり職場の先輩でもあったが、そんなKさんを差し置いて僕は2年ほど早く結婚していた。

 最初話があったときは荷が重いので断ろうとも思ったが、僕の時はまだ院生だった大学時代の後輩に司会進行をお願いしていたし、当日はKさんにも楽器を演奏していただいた手前もあって、結局断りきれず引き受けることになった。

 プロの司会者を使わないのだから、Kさんの期待は自ずと手作り感にあったのだろう。とは言え、きちんとしたホテルでの披露宴なので、いい加減なこともできない。言ってはいけない言葉もあれば、守らなければならない流れもある。僕は早速その手の本を買ってきて、Kさんとも相談しながら、当日の台本作りにいそしんだ。

 結果的にはKさん夫妻にもご両親にも喜んでいただけて大成功だったのだが、慣れないMCで緊張しっぱなしだった上に、思い通りに運ばない進行とリアルタイムでの時間調整によるばたばたで、終わったときには、さすがにぐったりきた。気がつくと横隔膜のあたりが思いっきり凝っていて、その日の夜は腹筋の奥の方がどうにもだる重く、寝るに寝られないという羽目に陥ったのだった。

 あの頃は毎月のように友人やいとこ達の結婚式があり、またかとうんざりするようなこともあったが、出席してみれば結婚式はやはりいいものだった。これから新しく出発する二人がみんなの祝福の中心にいる。そこでの演出がどんなにお定まりのものであったとしても、当の二人にとっては一世一代のことだ。そこには日頃知ることのない二人の道のりを見ることができるし、そこでかけられる言葉は、誰よりも本人たちに響き、僕たちはその感動のおすそわけをいただく。

 

 そんな中で、誰の披露宴だったのかは忘れたが、確か新婦の叔父様が二人のために詩を朗読されて、その詩にあまりにも感動したことがあった。その人のオリジナルなのか、誰か別の人の詩なのかもわからないまま、部分的にではあったが、その内容をずっと覚えていた。

 それから随分年月が過ぎ、唐突にその詩に出くわしたのは数年前のことだ。それはある酒造メーカーの新聞一面を使ったイメージ広告だったと思うが、「祝婚歌」と題されたその広告の中に、確かにあの時の詩が掲載されていた。僕は朝、仕事前に何気なく読んでいた新聞で、その文言に唐突に対面し、とても場違いな感動に満たされた。

 「祝婚歌」は先月15日に87歳で亡くなられた詩人の吉野弘氏が、姪の結婚式に出席できなかったときに姪夫婦に書き送った詩で、1977年に刊行された詩集「風が吹くと」に収められている。その後、この一編は様々な場所で多用されるようになったが、吉野氏はある対談で、この詩を「民謡のようなもの」とした上で、「民謡なので自由に使ってもらっていい」「著作権料は徴収しない」と語っている。今日はその意に甘えて、全文を掲載したい。

 

  「祝婚歌」 吉野 弘 

 二人が睦まじくいるためには
 愚かであるほうがいい
 立派すぎないほうがいい
 立派すぎることは
 長持ちしないことだと気付いているほうがいい
 完璧をめざさないほうがいい
 完璧なんて不自然なことだと
 うそぶいているほうがいい
 二人のうちどちらかが
 ふざけているほうがいい
 ずっこけているほうがいい
 互いに非難することがあっても
 非難できる資格が自分にあったかどうか
 あとで疑わしくなるほうがいい
 正しいことを言うときは
 少しひかえめにするほうがいい
 正しいことを言うときは
 相手を傷つけやすいものだと
 気付いているほうがいい
 立派でありたいとか
 正しくありたいとかいう
 無理な緊張には
 色目を使わず
 ゆったり ゆたかに
 光を浴びているほうがいい
 健康で風に吹かれながら
 生きていることのなつかしさに
 ふと胸が熱くなる
 そんな日があってもいい
 そして
 なぜ胸が熱くなるのか
 黙っていても
 二人にはわかるのであってほしい

 

 最後の8行の感慨は、若い二人にわかるのだろうか。そう思うとこの詩は、そのときだけで終わらせず、折に触れ味わい直して欲しい。そう思い始めると、近しい二人には、ぜひこの詩の入った詩集を贈りたい、そんな欲求が湧き上がってしまうんだけど..

 

 さて、今日の音楽。こういう話題だから、やはり関連した曲を。ということで、今日はフィンランドの作曲家、クーラ作曲の「結婚行進曲」にしよう。この曲はNAXOSレーベルから発売されている、『フィンランド管弦楽名曲集』 に収められていて、10年ほど前、アルバムを購入した際に初めて聴いた。 

 実はその少し後に、後輩の披露宴に招かれ、思いがけずこの曲に再会した。某放送局の一階にある小さなラウンジでの、つつましい披露パーティーだったが、二人が登場してくる際に流れたのがこの曲だった。定番であるメンデルスゾーンの結婚行進曲とは違って、とてもソフトで品があり、決してメジャーとは言えないこの曲を選んだ選曲眼に、なんて趣味がいいんだろうと感心しきり。一気にボルテージが上がった記憶がある。

 ちなみにこのアルバムには、アールトイラ作曲の「アクセリとエリナのウェディング・ワルツ」という曲も収められている。こちらは恐らく結婚式のお客様の前で、主役の二人が踊るワルツなのだろう。少しもの悲しい優雅な音楽を聴いていると、結婚式で感じる感傷的な気分が満ちてくるようだ。最近はハワイじゃなくてフィンランドで結婚式、なんていうプログラムもあるらしいけど、誰かやらないかな。絶対ついていくんだけど...

 

 ここのところ結婚式への出席もめっきり減っている。昨年は一回のみということで、これも年回りなのかなと思う。いとこや友人関係は、もうとっくに終わってるし、仕事場でもそれらしい人は見当たらないので、なかなかこの詩を贈る機会がない。

 でも考えてみればうちの子供たちも、3人いる姪っ子と1人の甥っ子も、そろそろ社会人となる年頃だ。時代は廻り、またまたそういう時期が到来するわけで...よし、今のうちに6冊注文入れておこうかな。全てあっさりはけてしまうことを願って、ね。

 

 

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