Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

東京BOSSA

 もう30年近く前の話になるが、大阪駅から環状線で3つ目のJR京橋駅に初めて降り立ったのは、就職のために大阪に来た日の午後だった。ここで京阪電車に乗り換えて、新しい生活をスタートさせる社員寮に向かうのだ。

 京阪・京橋駅のホームまでは長いエスカレーターに乗る。まだ明るい時間帯だったと思うが、ホームが近づくにつれ何故か演歌がうっすらと聞こえてきた。駅前に広がる飲み屋街からの音ではない。駅に備え付けのスピーカーから流れる、れっきとしたBGMだったのだ。お、おおさか恐るべし・・・。僕はホームで電車を待ちつつお仕着せの演歌を聞きながら、ひょっとしてとんでもないところに来てしまったのかもしれないと、不安な気持ちでいっぱいになった。

 思えば、学生時代を過ごした福岡市は、東京指向の強い街だった。たくさんのミュージシャンを輩出している街だが、九州各地からのおのぼりさんの集まる場所でもある。彼らは規模こそ小さいがこのちょっと都会的な街で力試しをして、大阪などには目もくれず、東京を目指すのだ。そんな場所で過ごした僕も、当然のごとく卒業後は東京に行くものだと思っていたし、むしろそれを望んでいた。

 しかし就活の時期が近づくにつれ、愛媛で暮らす両親や福岡にいる彼女と、少しでも近いほうがいいかも知れないと思うようになり、就業場所の選択肢を拡げた結果、図らずも大阪に住むことになったのだった。その日から寮を出るまでの2年間、帰省帰りに京橋駅のホームで演歌を耳にするたびに、あ~、また大阪に戻ってきてしまった...と少し憂鬱な気分になったものだ。

 そんな京橋駅のBGMも、それから数年の内に鳥のさえずる自然音に変わったが、考えてみれば日本人ほどBGM好きの国民もいないのではないだろうか。ホテルのロビーでも、ブティックでも、商店街でも、レストランでも、常に音楽が流れている。いわゆる先進国で、ここまでBGMが所かまわず氾濫している国を僕は知らない。もっと静かだ。そういう意味では、ヘッドフォンステレオが日本発であったことも納得がいく。要するに目の前のシチュエーションに合った音楽がバックに流れていることを、日本人は好むのだろう。

 そんな中で、ちょっとおしゃれなゆるめのカフェが流行の域を超えて定着してきた日本において、カフェミュージックとしてのボサノヴァ人気は自然なことなのかもしれない。本国ブラジルではとっくの昔に過去の音楽になっているボサノヴァは、グローバルに見れば、その表現手法がジャズの中で残されているくらいだ。オーセンティックなボサノヴァやその進化形を今も追い求めているのは日本とフランス、ベルギーくらいだと聞く。

 

 前置きが長くなったが、本日の表題 『東京BOSSA』 は、そんな日本の首都・東京で日夜音楽活動にいそしむ女性4人が結成した東京女子BOSSA(そのまんまです)が、昨年10月にリリースしたデビューアルバムのタイトルだ。ボーカル、ピアノ、フルート、パーカッションの4人構成だが、ネット友達だったボーカル担当のMIHOさんから情報は得ていたので、気になっていた。しかも、このブログで紹介したこともある幻のシンガー・ソング・ライター桑原野人こと桑原守夫氏の率いるインパートメントからの販売となると、入手しなければいけません。ということで、アマゾンで注文しようとしていたところに、CD発売記念ツアーとして2月27日に大阪でライブをするとお聞きしたのだった。

 開催は平日なので厳しいかなと思いつつも、毎年2月の中旬にピークを迎える仕事があって、その後の事なので何とかなるかも、そういえばちょうど2年前にうちの奥さんと行った畠山美由紀のライブもこの時期だったし...と開き直った。CDもライブ会場で購入して、「サインもらえればうれしいな」とミーハー気分が全開。アマゾンでの注文はキャンセルして、代わりにライブ当日の席を二人分予約した。

図140302-1

 ライブ会場は、Mister Kelly’s。北新地駅の周辺はよく行くが、四ツ橋筋から西へは、地上から行ったことはあまりなく、初めての場所だった。案内された席は前方右隅だったが、目の前にはコルグワークステーションTriton真空管が渋く輝き、アップルのPCが出番を待っている。ベースやドラムスのいない編成で、どういう演奏になるのだろうと思っていたが、なるほどサポートが入るんだなと、何故かひと安心で席に着いた。

 客席は満席となり、いよいよ東京女子BOSSAの4人が登場。なるほど東京女子、まぶしいくらいにおしゃれで華やかだ。これが「大阪女子BOSSA」だったら、なんだか曲の合間にかけ合い漫才でも始まりそうだが、そんなことはしない。「東京」なのだ。サポートは、アルバムのアレンジも担当している大坪正さんで、黒子よろしく黒一点。ドリンクタイムをはさんで2ステージに渡ってたっぷりと堪能させてもらったが...さすがだった。

 まずは選曲がいい。ちょうど亡くなって20年となるジョビンの名曲がたっぷりだったが、ボサノヴァの原点「Chega de Saudade(ノー・モア・ブルース)」、や定番の「The Girl from Ipanemaイパネマの娘)」だけでなく、「Chovendo na Roseira(バラに降る雨)」のような、難しい名曲も入っていて、聴き入らせてくれた。しかし、特に感心したのが「そよ風の誘惑」。このオリビア・ニュートン・ジョンの大ヒット曲の冒頭のフレーズを聴いたとき、あー、そうそうこれこれ、と頷いてしまった。MIHOさんの力の抜けた優しい声があまりにもぴったりと来ていることを、瞬時に想像できたのだ。アルバムでも最後を飾っている「風になりたい」はもちろんのこと、ライブ用に歌った「卒業写真」も幸せな気分で聴かせてもらった。

 MIHOさんの声は、以前からソロのCDでも聞いていたが、今回生でお聞きし、このジャンルとの親和性を改めて納得。プロやな~と思った。ピアノのMICHIRUさんのちょっと硬質で背筋がすっと伸びる演奏は、ジャズとクラシックのベースが透けて見える、とても素敵なものだった。フルートのYASUEさんの音も僕の大好きな音だったし、パーカッションのRINDAさんの躍動的な演奏からは間近で見ている僕たちにも幸せな気分を分けてもらえた。とにかく、ブラジル音楽特有のいい意味でのモタり感が実に心地よかった。ともすればボーカルに目が行きがちだが、ひとりひとりの個性と裏づけされた技術は印象的だった。

 オリジナル曲の良さも特筆すべきかもしれない。アルバムにも入っている3曲の彼女たちのオリジナルは、それぞれの個性がしっかりと現れていたが、その中の一曲、「Bossa for you」は、ピアノのMICHIRUさんの曲にMIHOさんが詩をつけたものだ。アルバムではギターが主体の編曲になっていて、それはそれでいいのだが、ライブでのピアノとボーカルでのセンシティブなバージョンは、聴きながらドキドキしてくるような、いい演奏だった。

 

 そもそも「ボサノヴァ」とは「新しい感覚」というような意味で、50年近く前に生まれた音楽の潮流に、後から名前をかぶせたものだ。いろいろ分類されたり、源流探しもされてはいるが、恐らくそれは、ジョビンの音楽とジョアン・ジルベルトの演奏と声があってこそ、というのが本当のところだろう。その当の本人であるジョアンは、いまだに「ボサノヴァなんて音楽は知らない。自分は自分なりのサンバをやっているだけだ」と頑固に言い張っているようなので、正しい形なんてないのだ。

 一方でジョビンの音楽をじっくり顧みれば、ボサノヴァは決してジャズではないことがわかる。むしろ発想はクラシックに近いのかもしれない。ジャンルなんて意味を成さないのだ。

 リアルタイム、東京発の等身大BOSSA。誰もが幸せになれる究極のカフェミュージック。それを確立すれば、まさしくそれが「東京BOSSA」なんじゃないかな。そんなことを思いながら、東京女子BOSSAの皆さんと一緒に撮らせていただいた写真を眺めつつ、購入したサイン入りアルバムに聴き入るのでした。

図140302-2

 

<追記>

 演奏する東京女子BOSSAの映像がありました。ぜひどうぞ。

 

 

<関連アルバム>

東京BOSSA

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