Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

コーヒーはサンバとともに

 あー、コーヒー飲みたい...一日に何度かつぶやいてしまう言葉だが、今の気分はやっぱりサイフォンかな。そう思いながらまずは豆とミルを手にとる。かつては手動のミルでゴリゴリやっていたんだけど、最近は堕落して電動ミルを使い始めた。味気ないけどあっという間に終わる。フラスコにお湯を入れ、ロートに濾過器をセットして挽きあがったコーヒー豆を入れる。点火したアルコールランプの炎をフラスコの下面に当てて、フラスコとロートを密着させれば準備完了だ。

サイフォン

 穏やかな気分でお湯が温められるのを静かに眺めていると、お湯の中の対流の様子が、ゆがみの濃淡から見て取れるようになる。フラスコの目盛り線とも相まって気分は楽しい理科の実験、というところだろうか。

やがてロートにお湯が上がってきて、コポコポと湯気が吹き始める。ここからは竹べらを使った秘技が始まるのだが、それは割愛しよう。出来上がったコーヒーは薫り高く、僕の思う「正しい珈琲」の味がする。

 とは言っても結構面倒くさいサイフォンだては、のんびりとした休日の午後、気分が向いたら、という感じで、普段はもっぱらペーパー・ドリップ式でお茶(コーヒー?)を濁している。

ペーパードリップ

 夏場もホットでいきたいところだが、やはりアイスで飲みたいときもある。そんな時に数年前から重宝しているのが 、ネスプレッソのカプセル式マシンだ。これで風味の強いカプセルを選んでエスプレッソを作り、たっぷりと氷を入れたグラスに牛乳とともに注ぐ。もちろん牛乳を泡立てていればなおいい。これでつくるアイスカフェラテにここ数年はまっている。とてもおいしくて、まあスタバ並みといったところかな。もちろん、通常のエスプレッソやコーヒーとしても食後を中心に活躍してくれている。

ネスプレッソ

 最近売っているマシンはレトロデザインだが、僕が購入した頃はモダンなデザインが主流だった。カプセルは梅田に出たときに阪急百貨店でまとめ買いするのだが、豆の種類によって色の違うカラフルなカプセルがクリアボックスにいっぱい入っていると、とても安心する。本当にお手軽に、当たり外れのないおいしさを味わえるという点では、超お薦めだ。(まあ一度、試飲に行ってみてください。)

 

 と色々書いてきたが、一日に何回もレギュラーコーヒーばかり飲んでいるわけではなくて、僕はこれにインスタントコーヒーを併用している。と言っても、気持ちとしては全く別の飲み物という認識だ。決してレギュラーコーヒーの代用ではない。銘柄はマキシムで、そこは子供の頃から変わっていない。それはそれでおいしいと思う。飲み慣れた味だ。

 インスタントコーヒーといえば、印象的に思い出すのが林真理子がまだ直木賞を受賞する前に書いた自伝的小説「星に願いを」だ。そこにはこういうシーンが出てくる

「まずは少し多いめぐらいの粉を入れ、ほんのわずかな熱湯をそそぐ。そしてこれをスプーンで力を入れてかき回す 。ぷぅーんとコーヒーの香りがしたら、後は八部目まで湯を入れればいい。こうするとインスタントだとは思えないほどの味と香りがする。」

 主人公キリコが、出社してくる好きな男性社員のために、毎朝ゴリゴリと20回以上インスタントコーヒーを力いっぱいかき回す姿を想像すると、自伝的小説だけに相当迫力があって引いてしまいそうになるが、僕も当時はまだ独身の頃で、確かに随分おいしくなるような気がして、毎日ゴリゴリかきまわしていた。この本を読んでもう30年近く経つが、今でもこの習慣は続いている。

 

 ということで今日の一枚。ワールドカップ・ブラジル大会も目前で、コーヒーの話題となると、やはりこれ。ジャケットを見るだけで思わずコーヒーを飲みたくなるアルバム。ブラジル音楽界のレジェンド、サンバ界の永遠の至宝、カルトーラのサードアルバム 『愛するマンゲイラ』 だ。

 このジャケットのおっちゃんこそがカルトーラだが、リリース時点の1977年で既に69歳である。初レコーディングはその3年前、66歳のときだが、そのずっと前から歌手として作曲家として、つとに有名だった。

 タイトルにある「マンゲイラ」はリオの有名なエスコーラ・ジ・サンバ(本格的なサンバチーム)の名前だが、カルトーラはその創立者の一人で、初代ハーモニー監督も務めていた。創設は1928年。翌年にはカルナヴァルのサンバコンテストでマンゲイラが優勝し、音楽面を仕切っていたカルトーラは一躍有名になった。ちなみにマンゲイラのチームカラーはピンクとグリーンで、それを発案したのもカルトーラ自身だったそうだが、このジャケットのデミタスカップとソーサーの色は、まさにマンゲイラの色なのだ。

 そんなカルトーラの声はというと、このジャケットとは似ても似つかない優しい甘い声だ。彼の生み出す音楽は美しいメロディーラインを持つ抒情的なものが多く、サンバの誇りを宿しながらも、その枠を超え、人生を感じさせる音楽になっている。

 1曲目はタイトル曲「愛するマンゲイラ」。まさにマンゲイラの賛歌だ。緑は、青空・野原・森林・海のイメージで、ピンクは頬が赤く染まったときの色に似ていると彼は歌う。「緑とピンクがミックスしたら、それはマンゲイラ」と、その訳詩はまるでコマーシャルソングのようだが、甘い声とコーラスは、サンバ独特のリズムに乗って、心楽しくも緩やかで落ち着いた気分を演出してくれる。

 3曲目の「囚われの心」は、カルトーラの音楽の抒情性をよくあらわしている大好きな曲だ。素晴らしいメロディーと熱唱で、彼は泰然と愛を歌っている。

 6曲目「過ぎ去りし日々」も、このアルバムの全体を覆っている楽しい雰囲気だが、実はその歌詞は意外なものだ。例えば「かつてはこの近くの踊り場で、マランドロたちが毎日サンバを踊っていた。それから何年かたち、私たちのサンバはエラくなってしまった。上流階級のサロンまで、サンバは恥も知らず入っていく。もはやサンバはよその世界に旅立ってしまった。」といった具合で、ひたすらサンバの変節を嘆いているのだった。

 一方で7曲目の「詩人の涙」では、「マンゲイラでは詩人が亡くなった時はみんなが泣いてその死を悼んでくれる。私がマンゲイラで幸せに暮らせるのも、死んだ時に泣いてくれる人が必ずいることを知っているからだ。」と歌う。彼はこのアルバムの3年後、4枚のアルバムを残し、72歳で亡くなったが、浮き沈みの激しかった人生を振り返った、正直な思いだったのだろう。

 最後の曲「ふたり」は、人生をともに生きたドナ・ジッカとの結婚記念に作った曲だそうで、彼の優しい声が、彼の思いとともにアルバムを締めくくっている。

 晩年、ようやくアルバムの形で我々も触れられる音楽を世に出すに至ったカルトーラだが、その顔には、まさに彼が歩んできた人生が刻み込まれている。マンゲイラとともにサンバを育てた自負と、少し違う方向に進もうとしているサンバへの複雑な思い。1920年代や30年代のブラジルでの黒人の立場を考えると、その苦労は相当なものだったのだろうと十分に想像できる。しかし、月日は流れ、苦い思いもサンバのリズムと素晴らしい音楽に包んで、デミタスカップでぐいっと飲み干す。このジャケットって、そういう感じなのかもね。

 

 さて、ワールドカップも来週から始まり、いよいよブラジルに衆目が集まる。日本の裏側のブラジルは、実は冬。とは言え、常夏の国だから、むしろさわやかな風が吹いているのかもしれない。30年近く前にこの世を去ったカルトーラの憂いは杞憂となって、サンバのリズムは訪れる人々を幸せな気分で包んでくれていることだろう。

 

 

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