Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

「Feelings」が導くかっこいい二人についての話

 ブラジルポピュラー音楽界(MPB)のレジェンド、カエターノ・ヴェローゾが2004年にリリースしたアルバム『A Foreign Sound』は、その日本盤タイトルである『異国の香り~アメリカン・ソングス』が示す通り、全曲英語で歌われる古今のアメリカン・ポップ・ソングのカバー集だ。ジャズのスタンダードからボブ・ディランスティーヴィー・ワンダー、果てはニルヴァーナまで、全23曲がカエターノ流のMPB的文脈でバリエーション豊かに詰め込まれている。タイトルである「Foreign Sound=異国の香り」は、アメリカ音楽の側から見たスタンス(異国=ブラジル風)を表したものなのだろう。カエターノ関連のアルバムに関しては、ここでも随分書いてきたが、このアルバムは今でも年に何度も聞きたくなる僕の愛聴盤だ。

  そのインナーブックの扉に、カエターノ自身の序文が掲載されている。結構長文であり、最後は「世界の人々が、彼らの人生や音楽をより豊かで美しいものにしてくれたアメリカのポピュラー音楽への感謝の方法を見つけたいと思っている。多くの人々がそのための努力をしているが、私もその一人である。」と美しく締めてはいるのだが、そこに至るまでの箇所は、まるでアメリカ音楽を少々茶化しているかのような、興味深い引用が乱雑に並んでいる。それはある意味、哲学的でもあり、ある種、皮肉のようにも感じられる。

 その、今風に言えば少しディスっている感じの引用の中に、「アメリカ人たちは、“Feelings” が本物のアメリカ音楽だと思っている。」という一文がある。初めてこのアルバムを聞いてインナーブックを読んだときには、「え?」と思った。アルバムの13曲目に入っている「Feelings(愛のフィーリング)」は、僕の中でも典型的なアメリカのポピュラーソングだったのだ。

 ここでの「Feelings」は、カエターノと共にアルバムを作り上げたジャキス・モレレンバウムの素晴らしい弦楽アレンジが耳を引く。その優しい声を生かし切ったカエターノの表現も素晴らしい。

 このアルバムの中でも出色の出来だと思う楽曲だが、調べてみるとこの曲はブラジル人シンガーソングライター、モリス・アルバートの曲だった。そう思って聞くと、この楽曲のアレンジからは「異国の香り」が全く感じられない。いや、むしろそれを懸命に排除しているかのようにも思えるのだ。実はアメリカ人ですらアメリカの曲だと錯覚するブラジル人の曲をよりコンサバティブに表現することは、その他のアメリカの楽曲にMPBでのサウンド表現を注入していることのパラドックスのようであり、ここにカエターノ・ヴェローゾが仕掛けた「遊び心」を感じるのだった。

 

 「Feelings(愛のフィーリング)」は日本においてもなじみ深い。1976年にハイ・ファイ・セットが「フィーリング」として日本語歌詞で歌って大ヒットした。なかにし礼の歌詞だったと思うが、高校生になったばかりの僕にとっては大人過ぎる曲であり、あまり感情移入はできなかったが、深夜放送ではイヤというほど流れていたので、当時の記憶とリンクする懐かしい曲である。海外のヒット曲のカヴァーであることはその頃何となく知ってはいたが、原曲はあまり流れていなかった気がする。

 その後、僕の中でこの曲に「アメリカのポピュラー音楽」というイメージが定着したのは、今思えばMC.ハマーがペプシコーラのCMで引用してからだろう。

  ☆ Link:ペプシコーラのCM(MCハマー編)

  今ではちょっと考えられない1990年頃の比較CMだが、このCMは一時期、日本のテレビでも流されていた。恐らくはすぐに放送禁止になったと思うので、ほんの短期間だったのだろうが、その印象は強烈で、アメリカのダンスミュージックが旧来のポピュラー音楽に取って代わっている印象を持ったのだ。恐らくアメリカにおける当時のこの楽曲の一般的な印象も、時代遅れのポピュラー音楽という感じだったのだろう。

 

 ところで、このアルバムの英語盤インナーブックで、購入当初からずっと気になっていることがあった。それは、「Feelings」の歌詞の頭のところに「for David Byrne」とあるのだ。このアルバムとは何の関係もない、トーキング・ヘッズデヴィッド・バーンにこの曲を献呈するかのような記載が気になっていたのだった。

 確かにデヴィッド・バーンはロックの人という印象が強いのだが、ブライアン・イーノと組んだり、ラストエンペラーの楽曲を手掛けて坂本龍一と一緒にアカデミー賞楽曲賞をもらったりと、幅広い音楽活動を行っていたので、二人の交流があってもおかしくはないとは思っていた。しかしその曲が、よりによって「Feelings」であり、デヴィッド・バーンとは全く結びつかなかったのだ。恐らくインターネットでも調べてみたと思うが何もわからなかった。

 そういうことも忘れていたある時、全く別の流れからデヴィッド・バーンのことを調べていて、彼の1997年のオリジナルアルバムが『Feelings』というタイトルであることを知った。その頃は、デヴィッド・バーンが関連しているアルバムも何枚か持っていたので、聞いてみたい欲求が膨らみ、早速入手したのだった。

 このアルバムを聞いて少し合点がいった気がする。どの楽曲にも感じられるおそらくデヴィッド・バーン風にアレンジされた新しい感覚の多国籍サウンドは、形こそ違えど、カエターノ・ヴェローゾが目指しているものと同質に感じられた。

 面白いのは2曲目に入っている「Miss America」。僕はアメリカを愛している、と高らかに歌い上げるラテン風味満載のこの曲は、PVを見れば、明らかにアメリカを皮肉っている。その裏にあるものは、カエターノが『異国の香り』の序文で書いていた「皮肉」と同源のようだった。

  アメリカ人のデヴィッド・バーンアメリカ批判? とも思うのだが、もともとデヴィッド・バーンはイギリス生まれ。今は二重国籍ではあるようだが、その楽曲の奥行きは、ワールドワイドな音楽性を感じさせてくれる。

 その時思ったことは、音楽に対する同じ視点を持つデヴィッド・バーンに対し、親愛の情を込めて、そのアルバムと同名の「Feelings」というタイトルの「アメリカ的ブラジル音楽」を献呈したのだろう、ということだった。

 

 ところで、ここまで書いた話は、新譜としてカエターノ・ヴェローゾの『異国の香り』を入手してそれほど間がない頃の事なので、おそらく10年以上前の話なのだが、今回このあたりの事をアップしようと思い立った時、思い出したことがあった。確か5,6年前に、カエターノ・ヴェローゾデヴィッド・バーンのライブアルバムを入手して何度か聞いたことがあったことだ。その時はアルバムを数回聞いただけでしまい込んでいたが、今回、そのアルバムを引っ張り出してみた。

 2012年にリリースされた『Live At Carnegie Hall』。直輸入盤で、おそらく日本盤は発売されていない。録音日をみると、2004年4月。なんと、カエターノ・ヴェローゾの『異国の香り』が全世界で発売されたタイミングと同時期だったのだ。アコースティックギターを抱えた二人のバックは、ジャキス・モレレンバウムのチェロと、マウロ・レフォスコのパーカッションのみ。とても親密な雰囲気の中で、お互い歌い合う。

 インナーブックを今回初めて開いてみた。そこには、2012年のリリース時に、カエターノ・ヴェローゾデヴィッド・バーンそれぞれが記載した文章が載っていた。それによると、二人は映画の仕事で1980年代に知り合い、その後、音楽家として認め合う仲になっていたようだ。音楽の世界では「グローバル」とは基本的に「アメリカ」を意味する中で、それをブラジルで、そして世界の各地域で発展させていくための創造性を、お互いが認め合い、共感し合っていることが記されている。

 カエターノ・ヴェローゾはその時、カーネギーホールからレジデンスパフォーマーに選ばれ、ゲストを招待する権利を与えられる中で、新旧ブラジルの有能なミュージシャン達に加え、アメリカ人として唯一、デヴィッド・バーンを招待し、このライブが実現したということだ。インナーブックの「Feelings」にあったデヴィッド・バーンへの献呈は、その招待の証しだったのかな。

 いい感じに年を重ねた二人は、今も元気に音楽活動に励んでいる。本当にかっこいいとしみじみ感じる二人の音楽は、今もなお、発展し続けているのだ。

 

<おまけ>

モリス・アルバートによる原曲です。ぜひ。

となれば、やはり、山本潤子さんのも、落とせませんね。

 

 

<関連アルバム>

異国の香り~アメリカン・ソングス

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