Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

「So In Love」にまつわる記憶の連鎖の行先は

 前回紹介したカエターノ・ヴェローゾのアルバム『異国の香り ~アメリカン・ソングス』を聞いていて、思い出したことがある。何年か前、土曜の朝の対談番組に、作詞家の松本隆が出演していた時のことだ。

 あのぼんやりやさしい語り口で、ヒットを連発しはじめた頃の作詞に関するエピソードを色々披露していたのだが、番組の最後に「今、心に響く曲」として松本隆が選んだ音楽が、コール・ポーターの「ソー・イン・ラブ」だったことを、僕は意外に感じたのだった。今なお新しい挑戦を続けているこの稀代の作詞家の「今」と、1948年に作られ既にスタンダードにもなっている古いアメリカンソング「So In Love」が、一瞬マッチしなかったのだ。

 「So In Love」は、エラ・フィッツジェラルドをはじめ、数々のジャズシンガーにも歌われたてきた古いミュージカルの曲だが、いったい誰の演奏を選んだのだろうと思った瞬間、聞きなれたカエターノ・ヴェローゾの優しい声が流れ、見慣れたアルバムジャケットの写真が画面に映し出された。

 流れたのは、曲の途中からだったが、それは松本隆の「心に響いた」箇所だったようだ。

“So taunt me, and hurt me, deceive me, desert me … (なじられても、傷つけられても、裏切られても、打ち捨てられても)I’m yours ‘til I die, so in love …”

 恐らくその頃、松本隆はこのカエターノ・ヴェローゾの演奏を聞いてハッとするようなことがあったのだろう。番組では、普通は使わないような激しい言葉をこういう風に使って、それでも愛している、というのが凄い・・・やっぱり、こういうのがスタンダードになるんですね、というようなことをしんみり語っていた。

 このアルバムの「ソー・イン・ラブ」は僕も大好きな演奏なのだが、あの松本隆をして、「心に響く」ほどのインパクトがある音楽なのかと、あらためて感銘を受けたのだった。

 

 「ソー・イン・ラブ」といえば、僕と同世代には耳なじみの人も多いかもしれない。それは、日曜の夜に放映されていた「日曜洋画劇場」のエンディングテーマだったからだ。この番組の解説は、淀川長治さんだったので、そのエンディングの前には必ず、あの「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ!」が入る。そして、モートン・グールド楽団によるラフマニノフスタイルの「ソー・イン・ラブ」と共にテロップが流れ始め、番組提供が読み上げられる。

 僕たちは、それまで見ていた映画の余韻を感じながら、あるいは見ていた映画とあまりにミスマッチなそのエンディングテーマに違和感を感じながら、「あー、日曜日がおわってしまう・・・」と、夜遅く再発する「サザエさん症候群」に、少しブルーになったのだった。

  ☆ Link: 日曜洋画劇場のオープニング&エンディング  

 

 この曲を作詞・作曲したコール・ポーターは、ミュージカルや映画音楽の分野で、今なお演奏されるスタンダードナンバーを数多く残している。その半生は2度映画化されていて、特に2004年に公開された映画「五線譜のラブレター DE-LOVELY」は、スキャンダラスな内容も含め赤裸々に描かれ、エルヴィス・コステロダイアナ・クラールアラニス・モリセットシェリル・クロウナタリー・コールなど、第一線のミュージシャンも出演した話題作だった。

  コール・ポーターが同性愛者であることを知りながら結婚し、その才能を信じ夫をプロデュースしつつ、生涯を共に歩く妻リンダ・ポーター。紆余曲折ある人生の最晩年に、原題である「DE-LOVERY」(Lovelyの強調形で、「とても愛しい」というところだろうか)にも繋がる場面で、コール・ポーターが病身の妻リンダに歌って聞かせるのが「So In Love」だ。この映画にもあったように、すべての思いを音楽に乗せるコール・ポーターであったからこそ、その「凄み」を表現できたのかもしれない。この曲は、今でも上演されるミュージカル「キス・ミー・ケイト」の中の曲だが、映画ではこのミュージカルの初演を客席で眺めるコール・ポーター役のケヴィン・クラインの涙が印象的だった。

 

 ところで、僕自身が、アメリカを代表するコンポーザーとしてコール・ポーターを意識したのはいつ頃だったのかを考えてみると、一枚のアルバムが頭に浮かぶ。このブログでも何回か取り上げた、Red Hot Organization によるAIDSチャリティーアルバムの第一弾が、実はコール・ポーターのトリビュートアルバム『Red Hot + Blue』だったのだ。

 リリースは1990年で、ネナ・チェリー、U2トム・ウェイツデヴィッド・バーンアニー・レノックス、トンプソン・ツインズなどなど、当時活躍中のミュージシャンが時代を感じさせるコンテンポラリーな演奏やアレンジで、コール・ポーターの音楽を次々とカバーしていた。今思えば、おそらくAIDS発症者に同性愛者が多かった当時の状況から、コール・ポーターを取り上げたのだろうと推察するが、その頃はそういう風には思っていなかった。

 そのアルバムの中で「So In Love」を歌っていたのは、カナダ出身のシンガーソングライター、k.d.ラングで、僕のこの曲のイメージは、ずっとこの演奏にあった気がする。今思えば、その演奏の情感は原曲に近いものであり、この楽曲の持つ凄みも十分表現されている。

 

 ということで「So In Love」にまつわる記憶の旅は、留まる所を知らないくらいだけど、ふと「So In Love」ってどういう意味なん? と思ってしまった。英語があまり得意でない僕は、実のところよくわかっていなかったのだが、少し調べて「I’m so in love with you. 」というところから、「深く愛する」というあたりだろうと理解した。・・・そうか、これって映画「五線譜のラブレター」の原題「de-lovely」(Lovelyの強調形)と同義なんだな。やっぱりこの曲は、コール・ポーターの人生を象徴する代表作と言えるのだ。

 

<追記>

「五線譜のラブレター DE-LOVELY」のサントラ盤もとてもいいです。ぜひ。

 

 

<関連アルバム&DVD>

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