気がつけば音楽が流れていた ー Jerrio’s Cafe

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

「So In Love」にまつわる記憶の連鎖の行先は

 前回紹介したカエターノ・ヴェローゾのアルバム『異国の香り ~アメリカン・ソングス』を聞いていて、思い出したことがある。何年か前、土曜の朝の対談番組に、作詞家の松本隆が出演していた時のことだ。

 あのぼんやりやさしい語り口で、ヒットを連発しはじめた頃の作詞に関するエピソードを色々披露していたのだが、番組の最後に「今、心に響く曲」として松本隆が選んだ音楽が、コール・ポーターの「ソー・イン・ラブ」だったことを、僕は意外に感じたのだった。今なお新しい挑戦を続けているこの稀代の作詞家の「今」と、1948年に作られ既にスタンダードにもなっている古いアメリカンソング「So In Love」が、一瞬マッチしなかったのだ。

 「So In Love」は、エラ・フィッツジェラルドをはじめ、数々のジャズシンガーにも歌われたてきた古いミュージカルの曲だが、いったい誰の演奏を選んだのだろうと思った瞬間、聞きなれたカエターノ・ヴェローゾの優しい声が流れ、見慣れたアルバムジャケットの写真が画面に映し出された。

   Link::So In Love / Caetano Veloso 

 流れたのは、曲の途中からだったが、それは松本隆の「心に響いた」箇所だったようだ。

“So taunt me, and hurt me, deceive me, desert me … (なじられても、傷つけられても、裏切られても、打ち捨てられても)I’m yours ‘til I die, so in love …”

 恐らくその頃、松本隆はこのカエターノ・ヴェローゾの演奏を聞いてハッとするようなことがあったのだろう。番組では、普通は使わないような激しい言葉をこういう風に使って、それでも愛している、というのが凄い・・・やっぱり、こういうのがスタンダードになるんですね、というようなことをしんみり語っていた。

 このアルバムの「ソー・イン・ラブ」は僕も大好きな演奏なのだが、あの松本隆をして、「心に響く」ほどのインパクトがある音楽なのかと、あらためて感銘を受けたのだった。

 

 「ソー・イン・ラブ」といえば、僕と同世代には耳なじみの人も多いかもしれない。それは、日曜の夜に放映されていた「日曜洋画劇場」のエンディングテーマだったからだ。この番組の解説は、淀川長治さんだったので、そのエンディングの前には必ず、あの「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ!」が入る。そして、モートン・グールド楽団によるラフマニノフスタイルの「ソー・イン・ラブ」と共にテロップが流れ始め、番組提供が読み上げられる。

 僕たちは、それまで見ていた映画の余韻を感じながら、あるいは見ていた映画とあまりにミスマッチなそのエンディングテーマに違和感を感じながら、「あー、日曜日がおわってしまう・・・」と、夜遅く再発する「サザエさん症候群」に、少しブルーになったのだった。

   Link:: 日曜洋画劇場のオープニング&エンディング  

 

 この曲を作詞・作曲したコール・ポーターは、ミュージカルや映画音楽の分野で、今なお演奏されるスタンダードナンバーを数多く残している。その半生は2度映画化されていて、特に2004年に公開された映画「五線譜のラブレター DE-LOVELY」は、スキャンダラスな内容も含め赤裸々に描かれ、エルヴィス・コステロダイアナ・クラールアラニス・モリセットシェリル・クロウナタリー・コールなど、第一線のミュージシャンも出演した話題作だった。


五線譜のラブレター 特別編 (2004)

  コール・ポーターが同性愛者であることを知りながら結婚し、その才能を信じ夫をプロデュースしつつ、生涯を共に歩く妻リンダ・ポーター。紆余曲折ある人生の最晩年に、原題である「DE-LOVERY」(Lovelyの強調形で、「とても愛しい」というところだろうか)にも繋がる場面で、コール・ポーターが病身の妻リンダに歌って聞かせるのが「So In Love」だ。この映画にもあったように、すべての思いを音楽に乗せるコール・ポーターであったからこそ、その「凄み」を表現できたのかもしれない。この曲は、今でも上演されるミュージカル「キス・ミー・ケイト」の中の曲だが、映画ではこのミュージカルの初演を客席で眺めるコール・ポーター役のケヴィン・クラインの涙が印象的だった。

 

 ところで、僕自身が、アメリカを代表するコンポーザーとしてコール・ポーターを意識したのはいつ頃だったのかを考えてみると、一枚のアルバムが頭に浮かぶ。このブログでも何回か取り上げた、Red Hot Organization によるAIDSチャリティーアルバムの第一弾が、実はコール・ポーターのトリビュートアルバム『Red Hot + Blue』だったのだ。


Red Hot + Blue : Cole Porter Tribute (1990) / V.A.

 リリースは1990年で、ネナ・チェリー、U2トム・ウェイツデヴィッド・バーンアニー・レノックス、トンプソン・ツインズなどなど、当時活躍中のミュージシャンが時代を感じさせるコンテンポラリーな演奏やアレンジで、コール・ポーターの音楽を次々とカバーしていた。今思えば、おそらくAIDS発症者に同性愛者が多かった当時の状況から、コール・ポーターを取り上げたのだろうと推察するが、その頃はそういう風には思っていなかった。

 そのアルバムの中で「So In Love」を歌っていたのは、カナダ出身のシンガーソングライター、k.d.ラングで、僕のこの曲のイメージは、ずっとこの演奏にあった気がする。今思えば、その演奏の情感は原曲に近いものであり、この楽曲の持つ凄みも十分表現されている。

   Link::So In Love / k.d.lang 

 

 ということで「So In Love」にまつわる記憶の旅は、留まる所を知らないくらいだけど、ふと「So In Love」ってどういう意味なん? と思ってしまった。英語があまり得意でない僕は、実のところよくわかっていなかったのだが、少し調べて「I’m so in love with you. 」というところから、「深く愛する」というあたりだろうと理解した。・・・そうか、これって映画「五線譜のラブレター」の原題「de-lovely」(Lovelyの強調形)と同義なんだな。やっぱりこの曲は、コール・ポーターの人生を象徴する代表作と言えるのだ。

 

 

<おまけ>

「五線譜のラブレター DE-LOVELY」のサントラ盤もとてもいいです。ぜひ。


五線譜のラブレター DE-LOVELY OST (2004) / V.A.

 

 

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「Feelings」が導くかっこいい二人についての話

 ブラジルポピュラー音楽界(MPB)のレジェンド、カエターノ・ヴェローゾが2004年にリリースしたアルバム『A Foreign Sound』は、その日本盤タイトルである『異国の香り~アメリカン・ソングス』が示す通り、全曲英語で歌われる古今のアメリカン・ポップ・ソングのカバー集だ。ジャズのスタンダードからボブ・ディランスティーヴィー・ワンダー、果てはニルヴァーナまで、全23曲がカエターノ流のMPB的文脈でバリエーション豊かに詰め込まれている。タイトルである「Foreign Sound=異国の香り」は、アメリカ音楽の側から見たスタンス(異国=ブラジル風)を表したものなのだろう。カエターノ関連のアルバムはこれまで随分紹介してきたが、このアルバムは今でも年に何度も聞きたくなる僕の愛聴盤だ。


異国の香り~アメリカン・ソングス (2004) / カエターノ・ヴェローゾ

  そのインナーブックの扉に、カエターノ自身の序文が掲載されている。結構長文であり、最後は「世界の人々が、彼らの人生や音楽をより豊かで美しいものにしてくれたアメリカのポピュラー音楽への感謝の方法を見つけたいと思っている。多くの人々がそのための努力をしているが、私もその一人である。」と美しく締めてはいるのだが、そこに至るまでの箇所は、まるでアメリカ音楽を少々茶化しているかのような、興味深い引用が乱雑に並んでいる。それはある意味、哲学的でもあり、ある種、皮肉のようにも感じられる。

 その、今風に言えば少しディスっている感じの引用の中に、「アメリカ人たちは、“Feelings” が本物のアメリカ音楽だと思っている。」という一文がある。初めてこのアルバムを聞いてインナーブックを読んだときには、「え?」と思った。アルバムの13曲目に入っている「Feelings(愛のフィーリング)」は、僕の中でも典型的なアメリカのポピュラーソングだったのだ。

 ここでの「Feelings」は、カエターノと共にアルバムを作り上げたジャキス・モレレンバウムの素晴らしい弦楽アレンジが耳を引く。その優しい声を生かし切ったカエターノの表現も素晴らしい。

   Link::Feelings / Caetano Veloso

 このアルバムの中でも出色の出来だと思う楽曲だが、調べてみるとこの曲はブラジル人シンガーソングライター、モリス・アルバートの曲だった。そう思って聞くと、この楽曲のアレンジからは「異国の香り」が全く感じられない。いや、むしろそれを懸命に排除しているかのようにも思えるのだ。実はアメリカ人ですらアメリカの曲だと錯覚するブラジル人の曲をよりコンサバティブに表現することは、その他のアメリカの楽曲にMPBでのサウンド表現を注入していることのパラドックスのようであり、ここにカエターノ・ヴェローゾが仕掛けた「遊び心」を感じるのだった。

 

 「Feelings(愛のフィーリング)」は日本においてもなじみ深い。1976年にハイ・ファイ・セットが「フィーリング」として日本語歌詞で歌って大ヒットした。なかにし礼の歌詞だったと思うが、高校生になったばかりの僕にとっては大人過ぎる曲であり、あまり感情移入はできなかったが、深夜放送ではイヤというほど流れていたので、当時の記憶とリンクする懐かしい曲である。海外のヒット曲のカヴァーであることはその頃何となく知ってはいたが、原曲はあまり流れていなかった気がする。

 その後、僕の中でこの曲に「アメリカのポピュラー音楽」というイメージが定着したのは、今思えばMC.ハマーがペプシコーラのCMで引用してからだろう。

   Link:ペプシコーラのCM(MCハマー編)

  今の日本ではちょっと考えられない1990年頃の比較CMだが、このCMは一時期実際にテレビで流れていた。恐らくはすぐに放送禁止になったと思うので、ほんの短期間だったのだろうが、その印象は強烈で、アメリカのダンスミュージックが旧来のポピュラー音楽にとって代わっている印象を持ったのだ。恐らくアメリカにおける当時のこの楽曲の一般的な印象も、時代遅れのポピュラー音楽という感じだったのだろう。

 

 ところで、このアルバムの英語盤インナーブックで、購入当初からずっと気になっていることがあった。それは、「Feelings」の歌詞の頭のところに「for David Byrne」とあるのだ。このアルバムとは何の関係もない、トーキング・ヘッズデヴィッド・バーンにこの曲を献呈するかのような記載が気になっていたのだった。

 確かにデヴィッド・バーンはロックの人という印象が強いのだが、ブライアン・イーノと組んだり、ラストエンペラーの楽曲を手掛けて坂本龍一と一緒にアカデミー賞楽曲賞をもらったりと、幅広い音楽活動を行っていたので、二人の交流があってもおかしくはないとは思っていた。しかしその曲が、よりによって「Feelings」であり、デヴィッド・バーンとは全く結びつかなかったのだ。恐らくインターネットでも調べてみたと思うが何もわからなかった。

 そういうことも忘れていたある時、全く別の流れからデヴィッド・バーンのことを調べていて、彼の1997年のオリジナルアルバムが『Feelings』というタイトルであることを知った。その頃は、デヴィッド・バーンが関連しているアルバムも何枚か持っていたので、聞いてみたい欲求が膨らみ、早速入手したのだった。


Feelings (1997) / David Byrne

 このアルバムを聞いて少し合点がいった気がする。どの楽曲にも感じられるおそらくデヴィッド・バーン風にアレンジされた新しい感覚の多国籍サウンドは、形こそ違えど、カエターノ・ヴェローゾが目指しているものと同質に感じられた。

 面白いのは2曲目に入っている「Miss America」。僕はアメリカを愛している、と高らかに歌い上げるラテン風味満載のこの曲は、PVを見れば、明らかにアメリカを皮肉っている。その裏にあるものは、カエターノが『異国の香り』の序文で書いていた「皮肉」と同源のようだった。

  Link:Miss America / David Byrne

  アメリカ人のデヴィッド・バーンアメリカ批判? とも思うのだが、もともとデヴィッド・バーンはイギリス生まれ。今は二重国籍ではあるようだが、その楽曲の奥行きは、ワールドワイドな音楽性を感じさせてくれる。

 その時思ったことは、音楽に対する同じ視点を持つデヴィッド・バーンに対し、親愛の情を込めて、そのアルバムと同名の「Feelings」というタイトルの「アメリカ的ブラジル音楽」を献呈したのだろう、ということだった。

 

 ところで、ここまで書いた話は、新譜としてカエターノ・ヴェローゾの『異国の香り』を入手してそれほど間がない頃の事なので、おそらく10年以上前の話なのだが、今回このあたりの事をアップしようと思い立った時、思い出したことがあった。確か5,6年前に、カエターノ・ヴェローゾデヴィッド・バーンのライブアルバムを入手して何度か聞いたことがあったことだ。その時はアルバムを数回聞いただけでしまい込んでいたが、今回、そのアルバムを引っ張り出してみた。


Live at Carnegie Hall (2012) / Caetano Veloso & David Byrne

 2012年にリリースされた『Live At Carnegie Hall』。直輸入盤で、おそらく日本盤は発売されていない。録音日をみると、2004年4月。なんと、カエターノ・ヴェローゾの『異国の香り』が全世界で発売されたタイミングと同時期だったのだ。アコースティックギターを抱えた二人のバックは、ジャキス・モレレンバウムのチェロと、マウロ・レフォスコのパーカッションのみ。とても親密な雰囲気の中で、お互い歌い合う。

  Link: [Nothing But] Flowers (Caetano Veloso and David Byrne)

 インナーブックを今回初めて開いてみた。そこには、2012年のリリース時に、カエターノ・ヴェローゾデヴィッド・バーンそれぞれが記載した文章が載っていた。それによると、二人は映画の仕事で1980年代に知り合い、その後、音楽家として認め合う仲になっていたようだ。音楽の世界では「グローバル」とは基本的に「アメリカ」を意味する中で、それをブラジルで、そして世界の各地域で発展させていくための創造性を、お互いが認め合い、共感し合っていることが記されている。

 カエターノ・ヴェローゾはその時、カーネギーホールからレジデンスパフォーマーに選ばれ、ゲストを招待する権利を与えられる中で、新旧ブラジルの有能なミュージシャン達に加え、アメリカ人として唯一、デヴィッド・バーンを招待し、このライブが実現したということだ。インナーブックの「Feelings」にあったデヴィッド・バーンへの献呈は、その招待の証しだったのかな。

 いい感じに年を重ねた二人は、今も元気に音楽活動に励んでいる。本当にかっこいいとしみじみ感じる二人の音楽は、今もなお、発展し続けているのだ。

 

 

<おまけ>

ハイ・ファイ・セットの「フィーリング」もぜひ。

  Link:フィーリング / ハイ・ファイ・セット

 

原曲も聞いてみます? モリス・アルバートです。

  Link:Feelings / Morris Albert

 

 

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11年目の扉はトニー・コジネクがこじ開けた

 ジャケットの絵が不思議に印象的なカナダのシンガー・ソング・ライター、トニー・コジネクのセカンドアルバム『バッド・ガール・ソングス』は、ずいぶん前から目を付けていたアルバムだったが、最近になって思い立って入手し、事あるごとに聞いてきた。1970年、トニー・コジネクが22歳の時のリリースだが、その音楽は時代の垣根を軽々と越えて、今そこにいるように生々しく新鮮に響く。

 あるいは、ちょっと懐かしい感じを予想していたのかもしれない。でも、そういう風にはならなかった。50年も前の音楽なのに、そのシンプルで繊細な感触ごと切り取られ、僕の日常の中に違和感なくはめ込まれた。

 そこには、色褪せないものが厳然とある。また、時を経ないとわからないこともある。あるいはその音楽に触発された面もあったのかもしれないが、先日、長らく放置してきたブログの引越しを思い立ち、実行に移した。ブログを立ち上げて丸10年。まずは少し環境を変え、気分を変えて、11年目の扉を開けてみようと思ったのだ。


Bad Girl Songs (1970) /Tony Kosinec

 思えば、「10年」は短いようで長い。東日本大震災をはじめ大きな災害もたくさんあった中で、社会はどんどん変化してきた。もちろん僕自身の境遇も10年前とは大きく変わっている。仕事の変化や家族の変化。残念だけど身体的な変化もあったりする。

 当時は、区切りの年齢を目前に少し立ち止まっていたころだったが、おそらく仕事以外に何かを表現する場が欲しかったのだろう。忙しい日常とは少し離れたところに話題を取りながら、それにつながる音楽のことを文章に綴り発信することは、思いがけず楽しかった。

 しかし、時間がたてば、「今」を追わず社会情勢にも深く入り込まず、音楽の話を続けていくこと自体に抵抗を感じる時も出てくる。当初の熱量が保てなくなれば、自然と発信の回数も減ってくる。最初の4~5年と比べれば、その後の投稿が少ないのは、そういう背景もあるのだろう。何度となく方向性を変えようとも思ったが続かなかった。しかし今となっては、それでもやめなかった事に意味を感じてもいるのだ。

 そしてまた、新たな区切りがやってきた。一般的には大きな区切りなのだろうが、この節目を思いもかけなかった「コロナ禍」で迎えている。経験したことのない状況に直面し、経験したことのない思いが沸き上がってはしぼむ。そういう中で聞く音楽も、突き詰めれば時を表しているのだろうか。変わりゆく日常の中で、変わらないものを追い求めたい。そんなことが、意識の下に隠されていたのかもしれない。

 

 『バッド・ガール・ソングス』のプロデュースを担当したピーター・アッシャーは、ビートルズのアップルレコードを飛び出したジェームス・テイラーを成功に導いた人物だ。当時、トニー・コジネクはデビュー作がオーバープロデュース気味で不満を募らせていたらしいが、新作のプロデュースを担当することになったピーターは、トニーの持つナチュラルな感覚を生かすことを考えたのだろう。徹底的にアコースティックサウンドにこだわり、ギター、ピアノを中心にベース、ドラムス、時にフルートも効果的に配している。今聞いても決して古臭く感じないのは、このシンプルな構成で作り上げたサウンドの妙なのだろう。

 そこで朴訥に歌われる12曲は、当時のどこにでもいそうな二十歳そこそこの男の子が、何でもない日常のつぶやきを歌ったようなものが多い。女の子のこと、友達のこと、車のこと、自分自身のこと。そのちょっと青っぽい言葉が、若々しくナチュラルな音楽の印象を助長している。

 

 アルバムは、ピアノの伴奏で静かに始まる。冒頭に置かれた「The World Still」は、起伏に富んだ曲だ。時代的にもビートルズの影響を受けてはいそうだが、一筋縄ではいかないオリジナリティーを十分に感じさせてくれる音楽だ。

  Link:The World Still / Tony Kosinec

 8曲目の「Me And Friends」のように、シンプルなバックの中を、ギターをかき鳴らしながら歌うトニーの姿を感じられるものも多いが、どの曲も良く練られている印象で、楽曲の起伏に合わせた表現の起伏がとても自然で心地いい。

  Link:Me And Friends / Tony Kosinec

 全体的には、静かでやさしい印象もあって、11曲目のギター一本で弾き語る曲「The Sun Wants Me To Love You」を初めて聞いたときは、きっと最後の曲だな、いい感じで終わるんだな、なんて思ったのだが、その後にもう1曲「My Cat Ain’t Comin’ Back」が現れて、その曲調の自由さに不意を突かれ、ちょっと驚いたのだった。

  Link:My Cat Ain't Comin' Back / Tony Kosinec

 

 ところでこのアルバムは、発売当時ほとんど話題にはならなかったようだ。その後トニー・コジネクは、地元カナダのトロントに戻り、それ以降も音楽活動やアルバム制作を続けていたらしいが、特に目立った活躍はしていない。

 このアルバムの日本での発売は1979年。アメリカでのリリースから9年後のことである。そこから14年後の1993年にはCDでも発売されている。その後も再発のたびにじわじわと話題は広がり、今や隠れた人気盤になっているらしい。

 トニー・コジネクは、現在72歳。カナダでご健在のようだが、22歳のトニーはアルバムと共に独り歩きする。決して老いることはない。その息吹は、今の僕たちを静かに鼓舞してくれる。50年を経てもなお、こういう音楽に出会えるのだから、やはり時代やジャンルを超えた音楽探索は、やめられないよね。

 

 ご訪問いただいた皆様。これからはこの場所で、しばらく続けていくつもりですので、引き続きよろしくお願いいたします。

 

 

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イエスタデイ

 前回、ボサノヴァ誕生のきっかけとなる曲と、それが収められているジョアン・ジルベルトのファーストアルバムを紹介したが、ジョアンが本当に世界に出たのはそこから5年後、1964年にサックス奏者のスタン・ゲッツと共同名義でリリースしたアルバム 『ゲッツ/ジルベルト』 からである。このアルバムは、このジャンルとしては今ではちょっと考えられないが、翌年のグラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞し、その中の曲「イパネマの娘」が最優秀レコード賞を受賞したのだ。 (ご参考:2011年6月12日のブログ

  実はこの年のグラミー賞の最優秀新人賞はビートルズだった。さらに受賞こそ逃したが、最優秀レコード賞にはビートルズの「抱きしめたい」が、最優秀楽曲賞には「ハード・デイズ・ナイト」がノミネートされている。ビートルズはデビューの年、ジョビンやジョアンのボサノヴァと戦っていたのだ。

  さて、今日のお題の「イエスタデイ」。ポール・マッカートニー自身が最高傑作と公言しているこの曲は、その翌年(1966年)のグラミー賞最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞にノミネートされたものの、残念ながら受賞は逃している。ちなみにビートルズは、1967年最優秀楽曲賞を「ミッシェル」で、1968年最優秀アルバム賞を 『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』 で取っている。

 

 前置きが長くなったが、今日は話題の映画「イエスタデイ」の話だ。もちろん、ビートルズの「イエスタデイ」からきているのだが、先日観に行ったこの映画が実に面白かった。最初は、漫画の「僕はビートルズ」に近い内容なのかなと思ったのだが、まったく違っていた。ダニー・ボイル監督を初め、脚本を担当したリチャード・カーティスなど、関わった人たちのビートルズへの愛に満ちた、楽しく愉快な音楽映画だったのだ。

 舞台はイギリス・サフォークにある海辺の小さな町。売れないシンガーソングライターのジャックは、学校の教師をやりつつ献身的にマネージャーを務めてくれる親友エリーのサポートを受けながら、成功を目指して奔走するが、頑張っても全くダメ。夢をあきらめようと決意したその日、世界中で12秒間の謎の停電が起き、その暗闇の中で交通事故に遭ってしまう。病院に運ばれ、九死に一生を得てベットの上で目を覚ますと、それまでの世界と何かが少しずつ変わっていた。その世界には、ビートルズが存在していなかったのだ。ということは、ビートルズの楽曲を知っているのはジャックだけ、ということなのだが・・・

  設定は荒唐無稽、ストーリーもコメディータッチだが、音楽は別だ。さりげなくも本格的。演奏はすべて本物。ライブも口パク無し。若手俳優であるヒメーシュ・パテルが演じる主人公ジャックの素朴でストレートな演奏は、とても好感が持てる。ストーリーの中では、ジャックの記憶の中にあるビートルズの楽曲が、正確かどうかも、新旧の順番も関係なしで、次々に出てくる。さえないシンガー・ソングライターの人気に火が付きどんどん売れていく過程は、現代そのもの。インターネットに携帯電話、SNSでの拡散等々、ビートルズの時代とは全く違う。しかし、そのライブの熱は、今も昔も変わらない。

  実在の本人役として脇を固めているシンガー・ソングライターエド・シーランが、これまたいい味を出している。僕も、アコースティックギターとループペダルを使ったその一人演奏に興味を持って、数年前からエド・シーランを聴くようになった。映画の中ではジャックの歌う即興曲(実はビートルズの曲)と戦い、あっさり負けを認めているが、このストーリーでのこの役どころは、デジタル時代以降、圧倒的ナンバーワンの楽曲セールスを誇る彼を置いてほかにいないだろう。

  僕はこの映画を見て、ジャックを、エド・シーランと重ねてしまった。イギリスのサフォークでシンガー・ソングライターを目指し始めるところも同じだが、エド・シーランが生み出す楽曲たちが、まるで魔法のように世界中の人々を魅了していく過程の驚きは、映画に近い印象がある。違うのは本当に自作曲ということだけだ。ちなみに、前述のグラミー賞で言えば、エド・シーランは2015年の最優秀楽曲賞を「Thinking Out Loud」で勝ち取っている。

  映画では、「イエスタデイ」だけではなく、「レット・イット・ビー」や「ヘイ・ジュード」などなど、数多の有名曲が様々なシチュエーションで次々に出てくる。全体はちょっとコメディータッチなロマンティックストーリーだが、途中、「ビートルズ愛」がじんわりと伝わってくる感動的な展開もあり、僕も思わず涙ぐんでしまった。若年層にはどれだけ伝わるのかわからないが、いろいろな年齢層の音楽ファンへの様々な仕掛けも含め、とても面白い映画だった。

 

 ということで、今日の音楽はもちろんビートルズだが、ここでビートルズのアルバムそのものを紹介しても面白くないので、僕がよく聴くビートルズのカバーアルバムを紹介しよう。とは言っても、オムニバス盤は除いて一枚丸ごとビートルズの楽曲となると、それほど多くはないが、その中からロックやポップス以外での愛聴盤、ということで選んでみた。

 まずは、一枚目。ジャズボーカリスト、ギタリストとして活躍するジョン・ピザレリの1998年のアルバム 『ミーツ・ザ・ビートルズ』 だ。 


Meets The Beatles (1998) / John Pizzarelli

 このアルバムは、発売当時、ビートルズのアルバム 『ハード・デイズ・ナイト』 に似せたジャケットが楽しくて目に留まり、入手した。音楽は軽快で洒脱。伝統的なアプローチのジャズギターもいいが、やはり決め手はそのすっきり軽いハンサムな声だろう。冒頭の「Can’t Buy Me Love」のようなスイング感あふれるビッグバンドサウンドから、七曲目「And I Love Her」のようなピアノでしっとり聞かせるバラードまで、バリエーション豊かな素晴らしいアレンジで堪能させてくれる。 

  Link: Can’t Buy Me Love / John Pizzarelli

  Link: And I Love Her / John Pizzarelli

 

 二枚目は、夢見心地のピアノソロ。ノルウェー在住のジャズピアニストでありクラシックの作曲家でもあるスティーブ・ドブロゴスのアルバム 『Golden Slumber』 だ。


Golden Slumber (2009) / Steve Dobrogosz

  副題に「plays Lenon/McCartney」とあるこのアルバムは、冒頭の「Goodnight」から、最後の「I Will」まで、一貫してゆったりと演奏されていて、ほとんど子守唄を聞いている気分になってくる。テンポだけではなく、ピアノの音もまた、多分に残響を含んだ処理がされていて、僕は最初に聞いたとき、キース・ジャレットの 『ケルンコンサート』 を思い出していた。とにかく、至福の時間を与えてくれる一枚である。

  Link: Goodnight / Steve Dobrogosz

  Link: I Will / Steve Dobrogosz

 

 最後は、ベルリンフィル12人のチェリストたちによるアルバム 『Beatles in Classics』 だ。 


Beatles In Classics (1995) / The 12 Cellists of the Berlin Philharmonic

  このアルバムは、12本のチェロ用にアレンジされたビートルズの名曲集で、ベルリンフィル12人のチェリストたちのリリースした数枚のアルバムに分かれて入っていたビートルズの楽曲を一枚に集めた企画盤である。そこに入っている12曲のうち、僕が最初に聞いた曲こそが、1977年に録音された「イエスタデイ」であり、この曲の素晴らしさをチェロアンサンブルという形で、余すところなく伝えてくれるのだ。

  Link: Yesterday / The 12 Cellists of The Berlin Philharmonic

 

 ところで、「世界で最も売れた曲」ということで調べてみると、一位はビング・クロスビーの「ホワイトクリスマス」で、ビートルズの曲はなかなか出てこない。むしろエド・シーランの方がはるかに上を行っている。これは、オリジナル楽曲の販売ということで計上されているからだろう。しかし、「世界で最もカバーされた曲」となると、ダントツで「イエスタデイ」となり、ギネスブックにも載っているという。

 やはり「イエスタデイ」は素晴らしい曲なのだ。ジャンルを超えて、だれもが演奏したくなる曲。その曲を知っているのが、世界の中で自分だけだとしたら ・・・・・・ あなたなら、どうしますか?

 

 

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ジョアン・ジルベルトを探して

 もう一か月ほど前のことになる。9月の最後の日曜日、封切られたばかりの映画「ジョアン・ジルベルトを探して」を観に行った。春先に雑誌で知って以来、ぜひ封切を観たいと思っていたこの映画のタイトルは、ボサノヴァの父とも呼ばれるジョアン・ジルベルトの存在が、生きながらにして既に伝説と化していることを物語っていた。

 いくら伝説的とは言っても、ジョアン・ジルベルトがその映画の撮影時点でリオの街に暮らしていたことは間違いない。2008年のボサノヴァ誕生50周年記念ライブを最後に、公の場に姿を現していないとは言え、健康上の問題で人前に出られないというわけでもなさそうな彼を、ただ「探す」ことで成立するドキュメンタリーというのも、ある意味すごい。

 僕も大好きなボサノヴァという音楽は、その原点をぶれずに守り続けるジョアン・ジルベルトが存在しているからこそ、その展開も含めここまで拡がることができたのだと思う。そんな彼の存在をただただ確かめたかったのだ。

 ネットで見た予告編には、ストーリーの骨格となる一冊の本が紹介されていた。ドイツ人作家マーク・フィッシャーの著した「オバララ ~ ジョアン・ジルベルトを探して」だ。マーク・フィッシャーがジョアンの音楽に出会ったのは日本で友人の部屋を訪ねた時だったという。初めて耳にしたのは、ジョアン・ジルベルトのデビューアルバム 『Chega de Saudade (想いあふれて)』 だ。アントニオ・カルロス・ジョビンと詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスの共作であるこのタイトル曲こそが、ボサノヴァ誕生の曲だといわれている。この二人の曲にジョアンの声とギターがあってこそのボサノヴァ誕生だったのである。


Chega De Saudade (1959) / Joao Gilberto

  Link: Chega De Saudade(No More Blues) / Joao Gilberto

 フィッシャーの本のタイトルにもある「オバララ(Ho-ba-la-la)」は、そのアルバムの中でも数少ないジョアン自身の曲だ。フィッシャーは特にこの曲に心惹かれていたようだ。

  Link: Ho-ba-la-la / Joao Gilberto

 フランス人監督ジョルジュ・ガショは、2011年に発刊されたこの本に出会い、心を動かされる。その本の中でフィッシャーは、謎に満ちたジョアン・ジルベルトを探し出そうと、何度もリオの街を訪れる。ジョアンへの取材に向けて入念に準備し、手助けをしてくれそうな様々な人々、たくさんのミュージシャンにもコンタクトを取り、調査網を広げていく。ジョアンに会って大好きな「Ho-ba-la-la」を歌ってもらいたい。それはまるで、その行為に別の意味を見出している求道者のようですらある。しかし、謎はますます深まるばかりで、結局ジョアンに遭遇することはできなかった。そのことが原因だったのかどうかはわからないが、フィッシャーは事の顛末を記したこの本が出版される1週間前に、40歳という若さで自ら命を絶つ。

 監督のジョルジュ・ガショは、ちょうどフィッシャーがリオで取材をしていた2010年、偶然にも別の音楽映画の取材・撮影で同じリオにいた。同じ時間に同じ通りを歩き、同じミュージシャンと関わっていたことも分かった。そして、彼自身もジョアンに会おうと何度も挑戦していたのだ。二人の道が不思議な形で交わっていたことを知り、その本のフィッシャーの姿に自分自身を見出した彼は、自らフィッシャーの足跡を追いながらその旅を引き継ぎ、ジョアン・ジルベルトを探し始める。

  

 果たして監督のジョルジュ・ガショはジョアンに遭遇することができたのだろうか。確かに僕の興味もそこにあったのかもしれない。しかし、様々な期待をもって公開を待っていた僕たちに届いたのは、上映の詳細日程ではなく、突然の訃報だった。

 -7月6日、ジョアン・ジルベルト氏、リオデジャネイロにて逝去。 -

 あー、ついに・・・という思いと同時に押し寄せる何とも言えない喪失感。ジョビンもモライスも既に鬼籍に入っている今、ボサノヴァは生みの親を全て失ったのだ。もちろん、上映を待ち焦がれていた本作への思いも一層強くなったが、今となっては別の意味合いが生じてくる。ジョアン・ジルベルトはいくら探しても、もういないのである。

 実は昨年リオで行われたプレミア試写会にも出席しこの映画にも再三登場しているジョアンの元妻である歌手のミウシャもまた、昨年末に亡くなっていた。そういう意味では本作は、非常に貴重な記録を残したドキュメンタリー映画になっているのである。

 そういう経緯を経てもなお、美しいリオの街並みとジョアンの歌うボサノヴァの名曲を背景に、少しずつジョアンの影に迫っていくスリリングな展開に、僕はどんどん引き込まれた。監督のジョルジュ・ガショ自身の胸の高鳴りが迫ってくるような映像と、どこか哲学的な香りのする語りを、無垢な観客となって楽しんでいた。そして、この現状における最良の結末に、拍手を送りたい気分になったのだった。

 

 ところで、この映画の中でも少し触れられているが、ジョアン・ジルベルトはもう何十年もリオで隠遁生活を続ける中で、例外的に3度も日本の地を踏み、コンサートを開いている。しかもそのすべては、2000年にリリースされた最後のスタジオ録音盤 『ジョアン 声とギター』 以降のことであり、ジョアンの周辺の人に言わせれば、信じられない奇跡のような事態だったようだ。

 2003年の初来日は、日本の関係者の懸命の努力と情熱により実現したようだが、そこでのコンサートも含め日本での滞在がジョアンの心をがっちりとつかむ。ジョアンにとって日本の観客は、自分の音楽のことを本当に分かってくれる理想の聴衆のように感じたのだろう。そして、自らこの時のコンサートを指定し、ライブ盤としてリリースする許可を出した。2004年にリリースされた最後の公式ライブアルバム 『JOAO GILBERT in Tokyo』 は、この初来日でのコンサートを録音したものである。 


Joao Gilberto in Tokyo (2004) / Joao Gilberto

  そして今年、公式映像作品としては初めてのブルーレイ・ディスクでのライブ盤として、2006年の最後の来日時のライブを収録した 『Live in Tokyo』 が発売になった。生前にリリースが決まっていて、僕も迷わず入手したのだが、これが図らずも追悼盤となってしまった。 


Live in Tokyo (2019) Blue-Ray/ Joao Gilberto

 日本語で「こんばんは」とつぶやき、少しはにかんだ感じで演奏は始まる。アントニオ・カルロス・ジョビンの「Ligia」だ。この時のジョアンは75歳。親指をぴんと伸ばした独特のギター奏法は、まったく衰えていない。心のままに、正確に刻まれるギターと絡む声の味わいも変わらない。

 ジョアンのささやきを決して聞き逃すまいとする観客の息遣いと静寂。曲の切れ間で湧き上がる拍手。所々で長く合間を取る中でその拍手に目を閉じ幸せそうに聞き入るジョアン。11曲目、「O Pato」の途中でメガネがずり落ち曲を中断するハプニングに謝り微笑するジョアン、観客の笑い声と拍手、もう大丈夫とばかりメガネをしっかりかけなおすしぐさをする笑顔のジョアン。2日間の演奏のテイク編集を行っているにもかかわらず、このハプニングテイクをジョアン自身が選んでいるところに、日本での公演の温かい雰囲気そのものをジョアンが受け入れていることを知る。

 「コルコヴァード」や「デサフィナード」、「3月の水」などのジョビンの名曲も演奏されていて、おまけに僕の大好きな「Estate」もしっかり入っている。そして最後にはボサノヴァの始まりの曲「Chega de Saudade」と「イパネマの娘」で終わるという、何とも贅沢な集大成だ。

  Link: 『ジョアン・ジルベルト ライブ・イン・トーキョー』予告編

 

 僕たちはもう、ジョアン・ジルベルトを探し出すことはできない。でもジョアンは最後に、素晴らしい映像と音響で、いつでも会うことができる状況を作ってくれたと思いたい。ただただ感謝しかない。

 ご冥福をお祈りいたします。

 

 

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レディオヘッドの解釈

 気持ちのいいアルバムである。高く澄んだ空をすくっと見上げて、クリアな空気を胸いっぱい吸い込みたくなる。英国の女優、エリザ・ラムレイ(Eliza Lumley)のアルバム 『She Talks in Maths』 の第一印象はそんな感じだった。 


She Talks In Maths (2007) / Eliza Lumley

 エリザ・ラムレイと言われても、知っている人は少ないだろう。このアルバムは、彼女が今までにリリースした唯一のアルバムであり、しかも国内盤は発売されていない。それでも、音楽誌の片隅で見たこのアルバムを入手しようと思った理由は、そのサブタイトル「Interpretations of Radiohead」にあった。レディオヘッドの解釈・・・そのアルバムは英国のロックバンド・レディオヘッドの楽曲カバー集のようであり、そのことが、僕の触手を刺激したのだ。

 ジャンルも分からない、歌い手も知らない。それでもおそらくはジャズだろうと踏んで、それなりの気分でアルバムに向かった。それなり?・・・それはレディオヘッドをジャズの中で聞く気分、少し欝々とした暗めの気分、というところだろうか。その雛形は恐らく、レディオヘッドの楽曲を好んで取り上げているジャズピアニストのブラッド・メルドーロバート・グラスパーあたりから来ていたのだろう。時代を代表するジャズミュージシャンである彼らが好んで取り上げるのは、レディオヘッドの悲しくも美しい側面なのだ。もちろん、レディオヘッド自身が醸し出すネガティブ感や鬱屈した感じも影響したのだろう。しかし、その「それなり」の感覚は、このアルバムを一聴して、見事に覆ったのである。

 

 1曲目は「High and Dry」。この短くまとめられたオープニングには肩透かしを食らった。確かにレディオヘッドの曲だけど、こんなに優しい感じの曲だったっけ・・・。エリザはピアノ伴奏のみでシンプルに静かに歌っているが、その印象はこのアルバム全体の方向性を表している。

  Link:  High and Dry / Eliza Lumley

 2曲目の「Black Star」はジャズアレンジだが、その上に乗る声は、ひたすらストレートで、トム・ヨークの悩める歌詞さえ聞かなければ、どこにも陰りは無い。

  Link:  Black Star / Eliza Lumley

 4曲目の「Let Down」は、ストレートに響き渡るピアノの伴奏のみ。その横に立って、舞台の上で背筋を伸ばし、ライトを見上げ朗々と歌い上げる姿が見えるような歌唱だ。清新な響きに心が洗われたような気分になる。

  Link: Let Down / Eliza Lumley

 5曲目の「No Surprises」もピアノアレンジながら、少し自由度のある伴奏の上を、エリザは囁くように声を乗せる。途中で入る弦楽器もいい味を出し、十分に癒しの音楽に聞こえる。

  Link:  No Surprises / Eliza Lumley

 

 最初の2曲、「High and Dry」と「Black Star」は、レディオヘッドのセカンドアルバム 『The Bends』 に収録されている曲だが、このアルバムの頃のレディオヘッドは、よくある感じの少し鬱屈した英国のギターロックバンドという印象で、当時ひたすら新しい音を追っていた僕にとってはあまり興味の対象に入っていなかった。

 僕自身もアルバムを入手してせっせと聴き始めたのが、その次に紹介した「Let Down」と「No Surprises」が収められているレディオヘッドのサードアルバム 『OK Computer』 からだ。ブレイクビーツや生楽器、SEサウンドを音響構成の中に大胆に取り入れる手法は、その後のロックバンドの有り方を示唆したアルバムであり、レディオヘッドが、ただのギターロックバンドではないことを証明した名盤である。

 そして、レディオヘッドはさらに大きく変化する。4枚目のアルバム 『KID A』 を聞いた時は、本当にびっくりした。彼らは、電子音を大胆に取り入れ、ほとんどエレクトロニカのバンドになっていたのだ。その中の一曲「How To Disappear Completely」を、エリザ・ラムレイはこのアルバムから唯一取り上げている。そのアレンジは、原曲ほどではないにしても、エレクトロニックな加工が施され、よりスペイシーに気持ちよさを演出している。

  Link: How To Disappear Completely / Eliza Lumley

 とにかく気持ちのいいアルバムである。聴いていると、どんどん浄化されていくような気がする。そして洗い流された後には、曲そのものの魅力だけが残っているのだ。僕はこのアルバムに出逢って、レディオヘッドの楽曲の良さを再認識した。

 

 一通り聞き終わってジャンルを問われても、決してジャズとは言えないだろう。初期の4枚のアルバムから、一本筋の通った目線でおいしい楽曲を選び抜き、エリザ自身が自らの世界で再構築した印象だ。

 強いて言うなら、僕にはミュージカルに使われる音楽のように感じられた。一つの世界を、レディオヘッドの曲を使って表現するミュージカル。エリザ・ラムレイの頭の中には、そんな光景があったのかもしれない。それもそのはず、実はエリザはミュージカル女優なのだ。かつて、ABBAの楽曲を使ったミュージカル「マンマ・ミーア」のロンドン・オリジナルのキャストとして主役の一角を担っていた。

 今も様々なミュージカル作品に出演しているらしいが、いつの日か、レディオヘッドの楽曲をちりばめたミュージカルを企画し、出演するなんてこともあるかもしれない。しかし、そのミュージカルって・・・・・・きっと、明るくはないよね。

 

 

<おまけ>

 それぞれの曲を、レディオヘッドの原曲でも聴いてみましょうか。まずは、セカンドアルバム 『The Bends』 からです。 


The Bends (1995) / Radiohead

  Link: High and Dry / Radiohead

  Link: Blackstar / Radiohead

 

 次は、サードアルバム 『OK Computer』 からです。 


OK Computer (1997) / Radiohead

  Link:  Let Down / Radiohead

  Link: No Surprises / Radiohead

 

 そして、大きな転換点。4枚目のアルバム 『KID A』 からです。


KID A (2000) / Radiohead

  Link: How To Disappear Complete / Radiohead

 

 

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平成の終わりを迎えて

 今日で平成が終わる。僕はもちろん昭和生まれの昭和世代だと思っているが、よくよく考えると、生きてきた時間は今や平成の方が長くなっている。昭和が終わった日、僕は28歳だった。結婚3年目で子供はいなかった。就職して5年目。まだまだ何もわかっていない、青い時代だった。

 いわゆるバブル全盛の時期。世の中には華やかな雰囲気が蔓延していたが、僕たちの世代にとっては、結婚して一家を構えても、サラリーマンでいる限り、地価高騰のあおりで一生住む家すら持つことができないと思える、ある意味理不尽な世の中の流れに翻弄された時代だった。事実、都会で就職していたたくさんの同級生が、その後田舎にUターンした。どこか諦めを漂わせた彼らの当時の言動は、多少なりとも僕の気持ちを代弁していた。

 昭和から平成への変わり目は、昭和天皇崩御がトリガーだったので当然のごとく暗かった。自粛ムードの中、テレビからはCMや音楽が消え、「平成」の元号発表もしめやかに行われた。しばらくは服喪の雰囲気が続いたが、「平成」時代への期待は、少しずつ膨らんでいった。

 翌年には、僕たちの元にも待望の赤ちゃんがやってきた。双子の男の子で、生まれる前から大いに心配させられたが、何とか無事に生まれ、そこからは大変な子育てが始まった。

 その後のバブル崩壊、インターネットや携帯電話の普及、立て続けの大きな自然災害。確かに戦争は無く平和な時代だったが、それまでの価値観が大きく揺らぎ、変化した時代だった。

 僕自身の仕事も大きく変化していった。今の会社では、学生時代から専攻してきた音や音楽に関わる仕事を、希望通りさせてもらえていた。大変なことも多かったが、今考えると宝物のような日々だった。その仕事も事業撤退という憂き目に合い、入社20年で離れざるを得なくなる。悩んだ末に職種転換を果たしたが、時代の苦悩を体現したような今の仕事も既に長く、今やそれなりにプロフェッショナルだ。

 平成と共に我が家に出現した子供達も、それぞれの人生を生き、今29歳。平成を迎えたときの僕の年齢を既に越えている。一人の息子は大学院を卒業後、就職で東京に行き、この時代の変わり目に合わせるように転職、ベンチャー立ち上げに参画するらしい。もう一人の息子は、最初の就職先を3年でやめ、数年前に大阪に戻ってきて再就職した。僕たちも大変心配したが、その後結婚し、昨年子供が生まれ、自宅も構えた。待望の女の子は、僕たちにとっては信じられないことに「孫」という存在なのだ。

 いいことばかりではない。この年代特有の様々な問題は、例外なく僕たちの上にも降り注ぐ。喜びや悲しみが何層にも積み重なって、僕たちの平成時代を形作っている。

 

 平成の時とは違って「令和」の入口はとても明るい。まるで大晦日、明日は元旦、そんな気分だ。紅白歌合戦おせち料理も無いけれど、お祝いムードの中での新時代の幕開けは、どこか晴れやかだ。

 そういう中で、僕たちにとっての「平成」を振り返っている。書いてしまえば簡単なことでも、しっかり振り返れば、ひとつひとつがなかなかドラマティック、いや、シネマティック、かな・・・・・・ということで、今日の一枚は、ザ・シネマティック・オーケストラの2007年のアルバム 『Ma Fleur(マ・フラー)』 でいくとしよう。 


Ma Fleur (2007) / The Cinematic Orchestra

 今年12年ぶりのアルバム 『To Believe』 を出したばかりのザ・シネマティック・オーケストラ。僕も先日思い立って、日本盤の半額で手に入る直輸入盤をネットで注文したんだけど、実はまだ英国から送られてきていない。今日は12年前に発売された、前作の紹介だ。

 ザ・シネマティック・オーケストラは1999年に英国の音楽家ジェイソン・スウィンスコーが結成したグループで、ジャンルはエレクトロニカやニュージャズに属する。とは言え、電子音楽という感じでも無い。生音がしっかりフィーチャーされ、ゲストボーカルの入った歌ものも多く、一編の音楽がまさにシネマティックに迫ってくる独特な世界観を見せてくれる。

 そんな彼らのアルバム 『Ma Fleur』 は、「愛と喪失」をテーマに架空映画のサウンドトラックとして作られたアルバムで、どこまでも美しく、静けさに満ちた音楽が詰まったこの一枚は、僕の大好きなアルバムだ。特にボーカルとしてこのアルバムに参加している3人のアーティストが、統一された色合いの中にも個性的な輝きを放っていて、アルバム全体を豊かにしている。

 まずはカナダ出身のパトリック・ワトソン。1曲目の「To Build a Home」を含め、4曲にピアノ、ボーカルで参加している。女性の声に聞こえなくもない彼が表現する世界は、とてもセンシティブで、感傷的に響く。

  Link: To Build a Home (ft. Patrick Watson) / The Cinematic Orchestra

 9曲目の「Breathe」でなんとも個性的なヴィンテージ・ヴォイスをゆったり聞かせてくれるのは、セントルイス出身のクラシカルソウルのレジェンド、フォンテラ・バスだ。録音当時67歳だった彼女は、その5年後に亡くなっている。

  Link: Breathe (ft. Fontella Bass) / The Cinematic Orchestra

 11曲目「Time & Space」でこのアルバムの最後を飾っているのが、マンチェスターのトリップポップバンド、ラムのボーカルだったルー・ローズだ。その少女のような声は、彼女のファーストアルバムを聞いて以来大好きなのだが、このアルバムの中でもその核心的なメッセージの発信に一役買っている。

  Link: Time And Space (ft. Lou Rohdes) / The Cinematic Orchestra

 11編の音楽が様々な趣向で組み上げられたアルバムの世界は、統一感を持って「愛と喪失」を描いている。インナーブックにはそれを表現する11枚の写真もあって、その音楽世界を視覚的にフォローする。ただただじっくり浸っていたい、そういう素晴らしいアルバムである。

 

 間もなく、令和の時代を迎える。最初にこの元号を見たときには、どうもピンと来なかったが、今はとてもしっくり来ている気がする。決して華やかではない。でも、ジワリと迫って、キリリと締まる。そんな感じかな。

 ゆっくりスタートしてもいい。僕たちにとっても、そして子供達、その先の世代にとっても、いい時代になって欲しい。『Ma Fleur(=私の花)』 の音楽を聴きながら、平成の終わりと令和の始まりに思いを馳せる一日である。

 

 

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