Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

イエスタデイ

 前回、ボサノヴァ誕生のきっかけとなる曲と、それが収められているジョアン・ジルベルトのファーストアルバムを紹介したが、ジョアンが本当に世界に出たのはそこから5年後、1964年にサックス奏者のスタン・ゲッツと共同名義でリリースしたアルバム 『ゲッツ/ジルベルト』 からである。このアルバムは、このジャンルとしては今ではちょっと考えられないが、翌年のグラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞し、その中の曲「イパネマの娘」が最優秀レコード賞を受賞したのだ。 (ご参考:2011年6月12日のブログ

  実はこの年のグラミー賞の最優秀新人賞はビートルズだった。さらに受賞こそ逃したが、最優秀レコード賞にはビートルズの「抱きしめたい」が、最優秀楽曲賞には「ハード・デイズ・ナイト」がノミネートされている。ビートルズはデビューの年、ジョビンやジョアンのボサノヴァと戦っていたのだ。

  さて、今日のお題の「イエスタデイ」。ポール・マッカートニー自身が最高傑作と公言しているこの曲は、その翌年(1966年)のグラミー賞最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞にノミネートされたものの、残念ながら受賞は逃している。ちなみにビートルズは、1967年最優秀楽曲賞を「ミッシェル」で、1968年最優秀アルバム賞を 『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』 で取っている。

 

 前置きが長くなったが、今日は話題の映画「イエスタデイ」の話だ。もちろん、ビートルズの「イエスタデイ」からきているのだが、先日観に行ったこの映画が実に面白かった。最初は、漫画の「僕はビートルズ」に近い内容なのかなと思ったのだが、まったく違っていた。ダニー・ボイル監督を初め、脚本を担当したリチャード・カーティスなど、関わった人たちのビートルズへの愛に満ちた、楽しく愉快な音楽映画だったのだ。

 舞台はイギリス・サフォークにある海辺の小さな町。売れないシンガーソングライターのジャックは、学校の教師をやりつつ献身的にマネージャーを務めてくれる親友エリーのサポートを受けながら、成功を目指して奔走するが、頑張っても全くダメ。夢をあきらめようと決意したその日、世界中で12秒間の謎の停電が起き、その暗闇の中で交通事故に遭ってしまう。病院に運ばれ、九死に一生を得てベットの上で目を覚ますと、それまでの世界と何かが少しずつ変わっていた。その世界には、ビートルズが存在していなかったのだ。ということは、ビートルズの楽曲を知っているのはジャックだけ、ということなのだが・・・

  設定は荒唐無稽、ストーリーもコメディータッチだが、音楽は別だ。さりげなくも本格的。演奏はすべて本物。ライブも口パク無し。若手俳優であるヒメーシュ・パテルが演じる主人公ジャックの素朴でストレートな演奏は、とても好感が持てる。ストーリーの中では、ジャックの記憶の中にあるビートルズの楽曲が、正確かどうかも、新旧の順番も関係なしで、次々に出てくる。さえないシンガー・ソングライターの人気に火が付きどんどん売れていく過程は、現代そのもの。インターネットに携帯電話、SNSでの拡散等々、ビートルズの時代とは全く違う。しかし、そのライブの熱は、今も昔も変わらない。

  実在の本人役として脇を固めているシンガー・ソングライターエド・シーランが、これまたいい味を出している。映画の中ではジャックの歌う即興曲(実はビートルズの曲)と戦い、あっさり負けを認めているが、このストーリーでのこの役どころは、デジタル時代以降、圧倒的な楽曲セールスを誇る彼を置いてほかにいないだろう。

  僕はこの映画を見て、ジャックを、エド・シーランと重ねてしまった。イギリスのサフォークでシンガー・ソングライターを目指し始めるところも同じだが、エド・シーランが生み出す楽曲たちが、まるで魔法のように世界中の人々を魅了していく過程は、映画に近い印象がある。違うのは本当に自作曲ということだけだ。ちなみに、前述のグラミー賞で言えば、エド・シーランは2015年の最優秀楽曲賞を「Thinking Out Loud」で勝ち取っている。

  映画では、「イエスタデイ」だけではなく、「レット・イット・ビー」や「ヘイ・ジュード」などなど、数多の有名曲が様々なシチュエーションで次々に出てくる。全体はちょっとコメディータッチなロマンティックストーリーだが、途中、「ビートルズ愛」がじんわりと伝わってくる感動的な展開もあり、僕も思わず涙ぐんでしまった。若年層にはどれだけ伝わるのかわからないが、いろいろな年齢層の音楽ファンへの様々な仕掛けも含め、とても面白い映画だった。

 

 ということで、今日の音楽はもちろんビートルズだが、ここでビートルズのアルバムそのものを紹介しても面白くないので、僕がよく聴くビートルズのカバーアルバムを紹介しよう。とは言っても、オムニバス盤は除いて一枚丸ごとビートルズの楽曲となると、それほど多くはないが、その中からロックやポップス以外での愛聴盤、ということで選んでみた。

 まずは、一枚目。ジャズボーカリスト、ギタリストとして活躍するジョン・ピザレリの1998年のアルバム 『ミーツ・ザ・ビートルズ』 だ。

 このアルバムは、発売当時、ビートルズのアルバム 『ハード・デイズ・ナイト』 に似せたジャケットが楽しくて目に留まり、入手した。音楽は軽快で洒脱。伝統的なアプローチのジャズギターもいいが、やはり決め手はそのすっきり軽いハンサムな声だろう。冒頭の「Can’t Buy Me Love」のようなスイング感あふれるビッグバンドサウンドから、七曲目「And I Love Her」のようなピアノとオーケストラでしっとり聞かせるバラードまで、バリエーション豊かな素晴らしいアレンジで堪能させてくれる。 

 

 二枚目は、夢見心地のピアノソロ。ノルウェー在住のジャズピアニストでありクラシックの作曲家でもあるスティーブ・ドブロゴスのアルバム 『Golden Slumber』 だ。

  副題に「plays Lenon/McCartney」とあるこのアルバムは、冒頭の「Goodnight」から、最後の「I Will」まで、一貫してゆったりと演奏されていて、ほとんど子守唄を聞いている気分になってくる。テンポだけではなく、ピアノの音もまた、多分に残響を含んだ処理がされていて、僕は最初に聞いたとき、キース・ジャレットの 『ケルンコンサート』 を思い出していた。とにかく、至福の時間を与えてくれる一枚である。

 

 最後は、ベルリンフィル12人のチェリストたちによるアルバム 『Beatles in Classics』 だ。

  このアルバムは、12本のチェロ用にアレンジされたビートルズの名曲集で、ベルリンフィル12人のチェリストたちのリリースした数枚のアルバムに分かれて入っていたビートルズの楽曲を一枚に集めた企画盤である。そこに入っている12曲のうち、僕が最初に聞いた曲こそが、1977年に録音された「イエスタデイ」であり、この曲の素晴らしさをチェロアンサンブルという形で、余すところなく伝えてくれるのだ。

 

 ところで、「世界で最も売れた曲」ということで調べてみると、一位はビング・クロスビーの「ホワイトクリスマス」で、ビートルズの曲はなかなか出てこない。むしろエド・シーランの方がはるかに上を行っている。これは、オリジナル楽曲の販売ということで計上されているからだろう。しかし、「世界で最もカバーされた曲」となると、ダントツで「イエスタデイ」となり、ギネスブックにも載っているという。

 やはり「イエスタデイ」は素晴らしい曲なのだ。ジャンルを超えて、だれもが演奏したくなる曲。その曲を知っているのが、世界の中で自分だけだとしたら ・・・・・・ あなたなら、どうしますか?

 

 

<関連アルバム>

Beatles in Classics

Beatles in Classics

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