Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

11年目の扉はトニー・コジネクがこじ開けた

 ジャケットの絵が不思議に印象的なカナダのシンガー・ソング・ライター、トニー・コジネクのセカンドアルバム『バッド・ガール・ソングス』は、ずいぶん前から目を付けていたアルバムだったが、最近になって思い立って入手し、事あるごとに聞いてきた。1970年、トニー・コジネクが22歳の時のリリースだが、その音楽は時代の垣根を軽々と越えて、今そこにいるように生々しく新鮮に響く。

 あるいは、ちょっと懐かしい感じを予想していたのかもしれない。でも、そういう風にはならなかった。50年も前の音楽なのに、そのシンプルで繊細な感触ごと切り取られ、僕の日常の中に違和感なくはめ込まれた。

 そこには、色褪せないものが厳然とある。また、時を経ないとわからないこともある。あるいはその音楽に触発された面もあったのかもしれないが、先日、長らく放置してきたブログの引越しを思い立ち、実行に移した。ブログを立ち上げて丸10年。まずは少し環境を変え、気分を変えて、11年目の扉を開けてみようと思ったのだ。

 思えば、「10年」は短いようで長い。東日本大震災をはじめ大きな災害もたくさんあった中で、社会はどんどん変化してきた。もちろん僕自身の境遇も10年前とは大きく変わっている。仕事の変化や家族の変化。残念だけど身体的な変化もあったりする。

 当時は、区切りの年齢を目前に少し立ち止まっていたころだったが、おそらく仕事以外に何かを表現する場が欲しかったのだろう。忙しい日常とは少し離れたところに話題を取りながら、それにつながる音楽のことを文章に綴り発信することは、思いがけず楽しかった。

 しかし、時間がたてば、「今」を追わず社会情勢にも深く入り込まず、音楽の話を続けていくこと自体に抵抗を感じる時も出てくる。当初の熱量が保てなくなれば、自然と発信の回数も減ってくる。最初の4~5年と比べれば、その後の投稿が少ないのは、そういう背景もあるのだろう。何度となく方向性を変えようとも思ったが続かなかった。しかし今となっては、それでもやめなかった事に意味を感じてもいるのだ。

 そしてまた、新たな区切りがやってきた。一般的には大きな区切りなのだろうが、この節目を思いもかけなかった「コロナ禍」で迎えている。経験したことのない状況に直面し、経験したことのない思いが沸き上がってはしぼむ。そういう中で聞く音楽も、突き詰めれば時を表しているのだろうか。変わりゆく日常の中で、変わらないものを追い求めたい。そんなことが、意識の下に隠されていたのかもしれない。

 

 『バッド・ガール・ソングス』のプロデュースを担当したピーター・アッシャーは、ビートルズのアップルレコードを飛び出したジェームス・テイラーを成功に導いた人物だ。当時、トニー・コジネクはデビュー作がオーバープロデュース気味で不満を募らせていたらしいが、新作のプロデュースを担当することになったピーターは、トニーの持つナチュラルな感覚を生かすことを考えたのだろう。徹底的にアコースティックサウンドにこだわり、ギター、ピアノを中心にベース、ドラムス、時にフルートも効果的に配している。今聞いても決して古臭く感じないのは、このシンプルな構成で作り上げたサウンドの妙なのだろう。

 そこで朴訥に歌われる12曲は、当時のどこにでもいそうな二十歳そこそこの男の子が、何でもない日常のつぶやきを歌ったようなものが多い。女の子のこと、友達のこと、車のこと、自分自身のこと。そのちょっと青っぽい言葉が、若々しくナチュラルな音楽の印象を助長している。

 

 アルバムは、ピアノの伴奏で静かに始まる。冒頭に置かれた「The World Still」は、起伏に富んだ曲だ。時代的にもビートルズの影響を受けてはいそうだが、一筋縄ではいかないオリジナリティーを十分に感じさせてくれる音楽だ。

 8曲目の「Me And Friends」のように、シンプルなバックの中を、ギターをかき鳴らしながら歌うトニーの姿を感じられるものも多いが、どの曲も良く練られている印象で、楽曲の起伏に合わせた表現の起伏がとても自然で心地いい。

 全体的には、静かでやさしい印象もあって、11曲目のギター一本で弾き語る曲「The Sun Wants Me To Love You」を初めて聞いたときは、きっと最後の曲だな、いい感じで終わるんだな、なんて思ったのだが、その後にもう1曲「My Cat Ain’t Comin’ Back」が現れて、その曲調の自由さに不意を突かれ、ちょっと驚いたのだった。

 

 ところでこのアルバムは、発売当時ほとんど話題にはならなかったようだ。その後トニー・コジネクは、地元カナダのトロントに戻り、それ以降も音楽活動やアルバム制作を続けていたらしいが、特に目立った活躍はしていない。

 このアルバムの日本での発売は1979年。アメリカでのリリースから9年後のことである。そこから14年後の1993年にはCDでも発売されている。その後も再発のたびにじわじわと話題は広がり、今や隠れた人気盤になっているらしい。

 トニー・コジネクは、現在72歳。カナダでご健在のようだが、22歳のトニーはアルバムと共に独り歩きする。決して老いることはない。その息吹は、今の僕たちを静かに鼓舞してくれる。50年を経てもなお、こういう音楽に出会えるのだから、やはり時代やジャンルを超えた音楽探索は、やめられないよね。

 

 ご訪問いただいた皆様。これからはこの場所で、しばらく続けていくつもりですので、引き続きよろしくお願いいたします。

 

 

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