Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

The Other Side of Love

 先日、今年の「耳鳴りミュージック・第1号」が個人的に発生してしまった。特定の曲やメロディーが耳について離れず、頭の中をぐるぐる回るようになり、ついには熱に浮かされるように無意識のうちに口ずさんだり、鼻歌で歌ったりしてしまって、「また同じ曲?」とまわりから白い目で見られる、というあれだ。ここに来てようやく抜けてきたが、今日はその話でいくことにしよう。

 半月ほど前、今や大女優の風格すら漂う中谷美紀を、休日の朝、テレビの情報番組で目にすることがあった。恐らく最近では当たり前になっている、新しく始まるドラマの番宣を兼ねたゲスト出演なのだろう。そういう場所であまり見かける人ではないので、僕もちょっと興味深く見ていると、うちの奥さんが微妙な質問をしてきた。

「この人、いくつくらい?」

 そんなこと僕に聞かれても...と思いながらも、知ってる情報から頭の中で少し計算して「う~ん、40歳くらいかな。」と答えると、「ふ~ん。。。」との返事。この「ふ~ん。。。」の丸三つのあたりには、女性特有の含みがありそうだが、そこは追求せず目線を画面に戻していると、矢継ぎ早に次の質問が。

「この人、何?」

 これはまたシュールな質問である。「何?」って、まさか「人間」とか「妖怪」とかいう答えを期待しているのでもなさそうだし...返答に窮しているのを察した彼女は、「この人、女優?」と言い換えた。

 そりゃあ、女優さんでしょう。しかも大女優まっしぐらの。「軍師官兵衛」での官兵衛の妻役もさすがだったし、「白洲次郎」での白洲正子役もよかったよね。最近は舞台も色々やってるみたいだし、そういえば何故かDVDを持ってる主演映画の「嫌われ松子の一生」だって...なんでそんな当たり前なこと聞くの?

 要するに彼女は、かなり昔から見ている人だけど、もともと女優さんだったんだっけ、と聞きたかったようだ。

 まあ、昔から女優だったと思うけど......と、ここでピキピキと記憶の殻が破れて思い出してきた。すっかり忘れていたけど、そういえば、初期の一時期、中谷美紀は本格的に歌っていた。しかも、全面的にあの坂本龍一がバックアップ、プロデュースをしていて、いい感じで結構好きだったな。

「歌う女優って、柴咲コウみたいな?」

 う~ん、ちょっと違う気もするけど。あの曲、覚えてないかな。きっと知ってると思うけど、と、日頃使い慣れていないテレビに搭載されているインターネット接続機能を使って、YouTubeで検索。そうそうこれこれ、と中谷美紀の歌う「砂の果実」のPVを大画面に映し出した。

  ☆ Link:砂の果実 / 中谷美紀 (PV)

 二十歳の中谷美紀は、さすがに初々しく、とても印象的なPVだ。曲も大好きだが、その言葉の醸し出す雰囲気もまたいい。あんな風に、「あの頃の僕らが嘲笑って軽蔑した 空っぽの大人に気づけばなっていたよ」、なんて歌われると、思わず反省してしまいそうだ。

 この曲は、坂本龍一のプロデュースによる3枚目のシングルで、彼女の曲としては最も売れたのではないかと思う。クレジットは「中谷美紀 with 坂本龍一」とあって、異例の扱いだった。しかしそれに反して、曲のリリース自体は肩すかし的だった。

 

 この曲の原曲は、僕自身はほとんど観てなかったのだが、「ストーカー 逃げきれぬ愛」というテレビドラマの主題歌として登場した「The Other Side of Love」だ。英語歌詞の曲であり、その曲はドラマがスタートしてすぐ、先行して発売されていた。クレジットは「坂本龍一 featuring Sister M」。曲やアレンジは教授だとしても、歌詞は誰が書いたのか、Sister Mとは一体誰なのか全く明かされず、楽曲の良さ、ドラマとのマッチングに神秘性も加わって、70万枚を超える大ヒットとなった。

 当時僕は、そもそもあまり関わりがあるとは思えないテレビドラマの曲を、唐突に坂本龍一が担当したことに驚いたが、そのドラマが終わる頃、前述の中谷美紀の日本語歌詞による「砂の果実」が後付けのように発売されたことにも、さらに驚いたものだ。あるいは、明かされていない「Sister M」は中谷美紀のことで、単にその日本語バージョンが出たのか、とも思ったのだが、そもそも女優に軸足がある彼女を、自ら出演していないドラマの主題歌に起用するものなのか、という疑問も持った。よく聴けば、似てはいるものの声質も違うし、考えれば考えるほど不思議な状況だった。

 そのとき僕が思ったことは、ひょっとしたらこのドラマは、最初は中谷美紀が主演の予定だったのではないか、ということだった。そうだとすれば、主題歌を歌うだろう中谷のために、坂本龍一が書き下ろすのは自然である。ところが、何らかの事情で主演が交代、主題歌だけが残ったが、それだけを彼女に歌わせることは忍びなく、急遽英語歌詞に変更して歌い手を差し替えた・・・・・・そうだとすれば全て辻褄が合うんだけど。違うかな。ちなみにこのドラマは、その鬼気迫るストーカーの演技で俳優の渡部篤郎が注目され始めた作品で、その後すぐに中谷美紀との共演が準備されたこととも、ひょっとしたら関係しているのかも知れない。

 しばらくして、坂本龍一の後日談として、「The Other Side of love」は中谷のために書き下ろした曲だったが、当時素人っぽい謎めいたアーティストを探していたとき、たまたま16歳になる自分の娘に歌わせてみたらイメージとピッタリ合ったのでそのまま採用した、ということを漏れ聞いた。即ちこの曲は、期せずして坂本美雨のデビュー曲となったのである。

 当時は世界で活躍していた坂本龍一が、YMOの再結成を機に、軸足を少し日本寄りに移していた時期とも重なっている。フォーライフレコードと契約して新レーベルを立上げ、自身、アルバムも精力的に発表していた。さらに大貫妙子今井美樹のプロデュースにも精を出していたが、なかなかヒットに結びつかない。そもそも、自分自身に忠実な芸術家であり、スタジオワークでは、どちらかと言えば職人的な坂本龍一に、大衆に媚びたヒット作を生むことができるのかは疑問だった。

 ちまたでは小室哲哉小林武史が、原石から育て上げるプロデュースや自ら率いるグループで大成功していて、特にまだ売れていない頃から交流があり、よく自身の音楽にも起用していた小林武史への対抗心は大きかったのではないか。そう思えば、坂本が探していた声の雛形は、ひょっとしたら小林武史によるMy Little LoverAkkoの声のように、もう少しポップでイノセントな声だったのかな、とも思ったが、やはり教授の音楽に、そこまでの「俗」を持ち込むのは難しかった、ということなのだろう。

 

 いずれにしても、飽きっぽい教授としては珍しく、中谷美紀の約5年間続いた音楽活動には、最初から最後まで深く関わった。時に二人で登場し、共演することもあったりして、それなりに楽しませてもらった。そして、日本のPOPS界に対する教授自身の熱が、急速に冷めていくのに同期して、中谷の音楽活動も下火になり、自然消滅したように思える。それ以降、彼女は歌っていない。

 この曲を今、改めて聴きなおしても古さを感じない。坂本龍一の音楽が持つ独特の気品と情感がしっかりと詰まっている。それでいてシンプル。中毒性もある。

 そんなことを思いながら、ずっと聴きなおしているうちに、耳鳴りミュージック・第1号が発生してしまった、というわけだ。

 ここまで聴いて、いかがでしたか? ぜひ、ご注意を。

 

<おまけ>

 まだまだ耳鳴りなんて程遠いという方には、とっておきの、この曲の最近のカバーもつけておきます。m-floによるカバーです。ぜひどうぞ。

 

 

<関連アルバム>

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