Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

50年目のトリビュート

 ここのところ朝晩涼しくて、冷房を入れずに自然の風だけで過ごすことが多い。今朝も少し早く起きて窓を開け音楽を小さく流していたんだけど、途中ボリュームを上げざるを得なくなった。夏の日差しと共に反応し始める蝉の声のせいだ。いやー、本当にシャワシャワうるさいったらない。すごい音量だ。

 先週末、所用で田舎に帰省した折も朝から蝉の声がうるさかった。実家の庭にある木の一本に長年住みついている蝉たちである。ジリジリジージーと延々鳴き続ける蝉の声は、焼き付くような夏を連想させる。うん、アブラゼミだなってすぐにわかるのは子供の頃よく獲ったからだ。木の樹皮にも似た茶色い羽根は固く、全体にうっすらとテカっているアブラゼミは、そのジリジリと続く声が油のはねる音に似ているからついたといわれている。しかし子供の頃の僕の連想は全く別のところにあって、アブラゼミからは油が取れて、火でもつけようものなら火の玉のように飛んでいく、なんてことを真剣に思っていた。(確かめませんでしたが…)

 そんなアブラゼミに交じってごくたまに獲れる小型のニイニイゼミや大型のクマゼミはとても貴重だった。しかし獲っても獲ってもアブラゼミだらけの蝉獲りを当時はよくもまあ飽きずにやっていたものである。娯楽が少なかったしね。

 で、冒頭の蝉の声に戻ると、ここ大阪の地で今聞えているシャワシャワは明らかにあの貴重だったクマゼミの鳴き声で、一帯シャワシャワだらけだ。そういえば、ここでアブラゼミの声を聞くことは、もうほとんどない。子供が小さい頃はまだけっこういたと思うんだけど、あっという間に消えてしまった。どうもその原因はヒートアイランド現象にあるらしく、ここは大阪といっても隅の方で緑も多い場所なのに、今や湿り気を含んだ土を好むアブラゼミの生きにくい場所になってしまったようだ。

 最近は実家のある愛媛でもクマゼミの数がずいぶん増えたと聞く。そのうち、あのジリジリという夏特有の声も聞かれなくなり、話題の日本ウナギのように絶滅危惧種へ、なんてことにならなきゃいいけど。ちなみに、関東では一般的らしいミンミンゼミの声を、僕はほとんど聞いたことがない。そう思えば、場所によって違うセミの鳴き声にその土地特有の夏の風物を感じるのは、悪くないんだけどね。

 

 さて夏と言えばブラジル音楽。今年はまだ紹介できていなかったけど、実は最近発売を楽しみにしていたボサノヴァアルバムがあったのでそれを紹介しよう。日本発のアルバムなんだけどね。

 ボサノヴァの名盤を一枚だけ、と言われてかなりの人が思い浮かべるのは、「GETZ/GILBERTO」ではないだろうか。このアルバムにはボサノヴァの名盤などという言葉自体が意味を成さない。それは今この時点でイメージされている”Bosanova”の原点であり、「そのもの」である。僕も2年前、ブログを始めて最初の夏の入口で、このアルバムのエピソードを紹介した。(Link: 2011.6.12のブログ

 この歴史的名盤の録音から今年はちょうど50年目の夏だ。当時32歳だったジョアン・ジルベルトも今や82歳。この10年新しいアルバムは発表していないが、完璧主義者で変人の彼のことだ。もう新作はないだろう。アストラッド・ジルベルトからもジョアン同様、最近アルバムの話は聞かない。スタン・ゲッツアントニオ・カルロス・ジョビンも、もうずいぶん前に亡くなったし、クリード・テイラーも今ではすっかり過去の人になっている。

 そんな中、今や日本は世界でも指折りのこのジャンルの市場になっているのだと思うが、『GETZ/GILBERTO』 の録音から50年目のトリビュート盤が出るらしいと聞いた時には、さすがに日本での話だとは思わなかった。しかし、プロデュースは伊藤ゴローと聞いて納得した。カフェ・ブームが後押ししている部分もあるのだろうが、今や日本ではフォロアーも育ち、良質のボサノヴァが日々生み出されているし、かつてのベテランたちもそれにじっくりと絡んできている。楽しみに待っていたトリビュート・アルバム 『GETZ/GILBERTO +50』 は、それを十分に証明する出来栄えだった。

 このアルバムは、かつての名盤と同じ8曲を、同じ順番に収録している。その自信もすごいものがあるが、改めてこの8曲を聴いて、これはボサノヴァのベスト盤では、と錯覚するほどの楽曲構成だったことを再認識した。それを思い入れを持った奏者達が次々に演奏する、心躍る一枚だ。

 やはり最初は名曲「イパネマの娘」からだ。伊藤ゴローの弾くギターの伴奏が流れる中、ボーカルをとるのは土岐麻子、忍び入るピアノは山下洋輔だ。このフリージャズの名手が洗練された一面を見せ、そこにテナーサックスで絡むのが菊地成好。山下とは久々の師弟共演らしい。

 ボーカルは曲ごとに変わるが、naomi & goroの布施尚美、やはり矢野顕子がちょっとかぶる坂本美雨、いい味を出しているカヒミ・カリィ、そしてこの音楽と相性抜群の原田知世が、曲ごとにそれぞれの世界を作り上げる。

 男性陣では「プラ・マシュカール・メウ・コラソン」を歌う細野晴臣。これがいい。なるほどジョアンの世界に彼の声は合う。その雰囲気をピアノの坂本龍一も、テナーの清水靖晃もじっくりと盛り上げる。TOKUの歌う「ソ・ダンソ・サンバ」もいい感じだ。彼の声もこの世界にぴったりくる。歌の入っていない「オ・グランジ・アモール」では、ジャキス・モレレンバウムのチェロに坂本龍一のピアノが絡み、独特の静謐の世界を築いている。

 最後にボーナストラックとして、モデルの沖樹莉亜が日本語で歌う「イパネマの娘」が入っているが、1969年にアストラッド・ジルベルトが全編日本語で歌った幻のアルバムのバージョンとのこと。これもなかなか面白い。

 総勢19人のミュージシャンが丁寧に作り上げたこのアルバムは、『GETZ/GILBERTO』 からの50年間の洗練の証のようだ。僕がこれまで折に触れ聴いてきたミュージシャンのボサノヴァが、この名盤のひな形の上で大きく花開いている。色々な意味でとても楽しめるアルバム。両者を楽しめば、その間の50年をも感じることができる、豊かな音楽たちだ。

 そうそう、ジャケット写真も、かつてと同じプエルトリコ出身の女性画家オルガ・アルビズの作品を使っていて、2枚を並べていれば、どちらがどちらかわからなくなるかもしれない。えーい、もう夏真っ盛り、2枚まとめて楽しんではどうでしょうかね~

 

 

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