Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

感傷的な、あまりに感傷的な

 感傷的、英語で言うと"sentimental"という言葉を冠した音楽はたくさんあるが、「感傷的な音楽」と言われて直ぐに頭に浮かぶのは、映画「ニュー・シネマ・パラダイス」の音楽だ。「ニュー・シネマ・パラダイス」は1989年カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞したジュゼッペ・トルナトーレ監督・脚本によるイタリア映画で、翌年のアカデミー賞最優秀外国語映画賞も受賞している。その印象からは、なんだか70年代の映画だったようにも思えるのだが、結構新しいのだ。音楽を担当しているのはエンニオ・モリコーネ。今年83歳になる巨匠モリコーネは今も精力的に作曲活動を続けていて、次々と素晴らしい音楽を生み出している。

 モリコーネの作品は、90年代以降様々な形で演奏されるようになったが、ジャズの世界でもこの「ニュー・シネマ・パラダイス」は特に「with Strings」の作品には欠かせない定番になりつつある。僕が「ニュー・シネマ・パラダイス」の音楽に初めて触れたのは、渡辺香津美の1994年のアルバム『おやつ』だったが、この作品は当時日本のフュージョン界の雄だった渡辺香津美がリリースした初めての全編アコースティックギターでの作品だった。しかもソロ演奏だけでなく、様々な人とデュオでも演奏していて、その選曲からいってもまさに当時の彼の仕事(メインディッシュ)の中の「おやつ」的な印象を感じて興味をそそられ、早速手に入れたのだ。いや~、リラックスした雰囲気の、それはそれは贅沢なおやつでしたね~。

 その中の一曲に「ニュー・シネマ・パラダイス」があって、サックス奏者の故・井上敬三氏とデュオを繰り広げている。これはジャズでこの曲が演奏された”走り”だったと思うのだが、井上氏の演奏するクラリネットやサックスの音がちょっと前衛的な雰囲気を持っていて、とても「感傷的」と呼べる代物ではなかった。今聴いてみると、映画の中の数曲分の主題が組み込まれた面白い演奏になっている。

 その後、改めて「ニュー・シネマ・パラダイス」の音楽の素晴らしさに気付かされたのは、パット・メセニー(g)とチャーリー・ヘイデン(b)の1997年のデュオアルバム『ミズーリの空高く』である。

 このアルバムには、「ニュー・シネマ・パラダイス」から「愛のテーマ」と「メインテーマ」の2曲が収録されている。その楽曲はエンニオ・モリコーネの作品とばかり思っていたのだが、このうちの「愛のテーマ」は息子のアンドレア・モリコーネが作曲していることを知ったのも、このアルバムだった。当時僕はこのアルバムに夢中になり、何度も繰り返し聴いた。心の底の方をじんわりと暖かくするそれは、当時の僕の求める音楽が詰まったアルバムだったのだろう。「ニュー・シネマ・パラダイス」はその中でもお気に入りの曲だった。

 僕もこのあたりからようやく、「ニュー・シネマ・パラダイスってどんな映画だったんだろう」と思うようになった。映画も観たかったのだが、まずはサントラ盤を入手し、その素晴らしい音楽に酔った。その後しばらくしてDVDで完全オリジナル版の「ニュー・シネマ・パラダイス」を観てダブル・パンチ。もちろん僕の大好きな映画になった。そしてその中で、あまりに感傷的なモリコーネの音楽の「天才性」を実感することになる。

 ところで、DVDで僕が観た完全オリジナル版は、劇場公開版とはかなり異なっている。この映画は、主人公トト(サルヴァトーレ)と映写技師アルフレッドとの交流を描く幼少期、初恋の女性エレナとの恋愛と別れを描く青年期、故郷を離れ映画監督として成功したサルヴァトーレが再び帰郷を果たす壮年期で成り立っているが、完全版は劇場公開版より50分長い。劇場公開版も観たのだが、アルフレッドの訃報を受け30年ぶりに帰郷を果たした後のエレナとの再会と、そこに至るまでの経緯のエピソードがごっそり抜けている。ブリジッド・フォッセー演じる再会時のエレナは、完全版にしか出てこない。劇場公開版では、クレジットに名前はあるものの出演していないのだ。

 この作品はイタリアでの公開時点ではオリジナル版だったが、その長さから興行成績が振るわず、トルナトーレ監督自身が泣く泣く短縮したそうだ。そのおかげで全世界への配給を果たし、数々の栄光に輝いたので、何ともいえないのだが...ただ、日本だけは例外で、最初の公開の2年後、完全版として劇場公開されている。それだけこの映画は日本で支持されたということだが、それは記録としても残っている。日本での最初の公開は、1989年12月。200席ほどしかない東京のシネスイッチ銀座において40週におよぶ連続上映を果たし、動員数約27万人、売上げ3億6900万円という、単一映画館としては歴代NO.1の驚異の興行記録を持っている。それだけ、この地味な映画は、日本人にピッタリきたのだ。

 このエレナとの再会のエピソードは賛否両論あるらしい。確かに、劇場公開版では、エレナは成就しなかった初恋相手に過ぎず、どちらかといえば全編トトとアルフレッド、そして「映画」への愛情に満ちた作品の印象が強い。しかし完全版では、再会時のエピソードが多少くどいような印象があるものの、エレナの存在が全く異なり、トトとアルフレッド、そしてエレナも含めた人生の妙を深く感じさせる仕上がりになっている。

 僕は完全版から観たので、劇場版を観るときにもその先にあるエピソードを知っており、全く白紙にはならなかったが、そのエピソードが無かったとしたら、少し物足りなかったかもしれない。しかし、そのあまりに感傷的なモリコーネの音楽は、完全オリジナル版こそがふさわしい気もする。それらの全てのエピソードが揃ってこそ生まれる感慨が、ストレートにその音楽の中に現れているように」感じるのだ。

 

 さてここからは、ここ数年僕が気になった、ジャズにおける「ニュー・シネマ・パラダイス」を紹介しよう。(ジャズと言っても、スムースジャズですが・・・)

 先ずは、これまでも僕のブログに何度も登場しているクリス・ボッティ(tp)、2004年のアルバム『When I Fall In Love』から。タイトルは「Cinema Paradiso」とあるが「愛のテーマ」の演奏だ。それを抑制された弦を中心としたオーケストラに乗せてクリスはミュート・トランペットで表現する。繊細でロマンティックな作品で、僕も大好きな演奏だ。

 次は、イタリア・ジャズ界の期待の星、ファブリツィオ・ボッソ(tp) 2007年のアルバム『You’ve Changed with Strings』から。これも、クリス・ボッティと同じく「愛のテーマ」だが、ファブリツィオ・ボッソは、ドラムのブラシ・ワークとピアノ、そしてストリングスの上をオープン・トランペットで抑制された感情を時に開放しつつも、その才能を余すところ無く表現している。”with Strings” らしい演奏。うーん、いい音。僕の好きなトランペットの音だ。(あ、このアルバム、日本盤は『ニュー・シネマ・パラダイス』っていうそうです。しかしねぇ...)

 最後は米国・スムースジャズ界きってのアルト・サックス奏者、デイブ・コズのアルバム、『At The Movie』から。ここでは、「メインテーマ」に始まり、「トトとアルフレッド」、「成長」、そして「愛のテーマ」まで、組曲風にまとめられている。気持ちのよい演奏。ん~、「映画音楽」って感じです。

 今やイタリアを代表する映画・映画音楽となった「ニュー・シネマ・パラダイス」。どこを切っても感傷的な、あまりに感傷的な音楽。あるいはノスタルジック、かな。映画を観ているから特にそうなのかもしれないけど。

 ここではジャズの世界だけを紹介したが、これがクラシックの世界にも波及しているのだからすごい。それだけ、人が求める普遍的な音楽の要素が含まれているということなのだろう。得てして感傷的な音楽には、独特の「におい」があり、それが鼻につき始めるものなのだが、未だ拡大し続ける音楽世界。うーん、モリコーネってやっぱり天才です。

 

 

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