11月16日10時34分。母が静かに逝った。88歳。もうひとつ歳を重ねる1週間前の旅立ちだった。
24年前に父が急逝してからは、愛媛の実家でひとりで暮らしていた母だが、八十路を迎える頃から少し認知症状が出始めた。それでも近くに住む僕の妹夫婦の力も借りながら、何とか一人で生活できていたのだが、そろそろ限界かも、と聞かされていた矢先にコロナ禍に突入。日本中が混乱する中で、様子を見に帰郷することもできなくなった。
田舎でのコロナへの警戒感は大阪よりはるかに強く、帰省して母に会おうものなら、そこから2週間、母は誰にも会えない状態となり、デイ・サービスにも病院にも行けなくなる。歯がゆい状況の中、実家近くの施設探しをしてもらったが、そもそも平時でも空き待ち状態であり、さらにコロナ禍で募集を中止しているところも多く、どうにも見つかる気配がなかった。
変なことになる前に早く手を打たなければならない。とにかく緊急避難的に入居できる場所をと探し回る中、大阪の自宅近くで、開設して間もない新しい高齢者施設に巡り会えた。ちょうど東京オリンピック直前の緊急事態宣言の最中だったが、何とか受け入れてもらえることになる。形式的には介護付き高齢者住宅で、部屋を1室借りた上で、食事や生活全般に関するサービス、訪問介護、訪問看護を24時間受けられて、訪問医や訪問歯科医の往診もある。コロナ禍で面会制限は間欠的に様々なレベルで続いたが、近くの施設だったので、必要なことに小回りよく色々対応できた。
慣れない場所に連れてきたことで、いやがるのではないかと最初は心配していたが、施設も新しくスタッフも若い、明るい雰囲気の場所だったので、母もすぐに馴染み、結局帰りたいとは一度も言わなかった。大阪に来ていることは何度も伝えたが、その時は驚くものの、すぐに忘れて愛媛にいると思っていたようだった。
入居から半年後、元々その兆候はあったのだが、深夜に救急車で病院に運ばれ心不全で2か月程入院、医師からは覚悟するようにと伝えられた。そこは何とか持ち直して退院にこぎつけたのだが、長期の入院で予想以上に足腰が弱っていた。元々背骨の圧迫骨折もあったので、それ以降は車いすを多用するようになる。
そこからは、転倒による大腿骨骨折や誤嚥性肺炎での入院もあり、徐々に体力を落としていった。それでも、お正月には外出許可が出て家族で迎えられ、桜の季節には毎年お花見を楽しむこともできた。年を経るにしたがって無邪気に返る母だったが、家族の顔と名前を忘れることはなかった。ひと月ほど前からは、ほとんど食べられない状態になり、最期は、暮らし慣れた施設の自室で、家族に見守られながら静かに旅立った。
葬儀は大阪で、家族・親族のみで行ったが、長年コーラスも続け、音楽が好きだった母の旅路を最後に彩る曲は何がよいかを考えていた。そんな中で、母との忘れかけていたエピソードを思い出した。
僕は学生時代、大学のオーケストラでチェロを弾いていたが、母には一度だけオーケストラでの演奏を聴いてもらったことがある。それは大学在学の最終年、一度きりの演奏会のために近隣の大学のOBや現役メンバーで結成し練習を重ねてきた室内オーケストラだった。日頃学生オケではあまり演奏しない曲を集めた演奏会で、開催日は卒業式の翌日だった。
卒業式には両親も出席したので、聴いてもらう良い機会だったが、父は残念ながら仕事の都合で残れなかった。母は卒業式の日は僕のアパートに泊まり、三日後には引き払うアパートの掃除を引き受けてくれた。僕の方は卒業式の後も、翌日の午前中も直前練習があったため、母の相手をほとんどできなかったが、地図を片手にちゃんと時間通り会場まで来てくれ、演奏を聴いて喜んでくれた。
その日のメイン曲はJ.S.バッハの「管弦楽組曲第3番」だった。冒頭の「序曲」から弦に合わせて管楽器やティンパニが鳴り響き、壮麗な祝祭の雰囲気で始まるこの組曲は、3本のトランペットのハイトーンでの演奏が難しいこともあるのか、学生オケで通しで演奏されることはあまりない。ただ、2曲目の「エール」は、調を変えた編曲版が「G線上のアリア」として有名になったこともあり、単独で演奏されることも多い誰もが知る曲である。編曲版ではなく、組曲の一曲として穏やかにさり気なく演奏される「エール」を聴くと、いつもあの福岡での最後の演奏会を思い出す。その後もたびたび母の思い出話に上ったあの演奏会のこの曲を、母はどんな風に聴いていたのだろう。
そういえば、演奏会の終演後、ロビーで母に初めて彼女を紹介した。一緒に母の最期を見守ってくれた妻との最初の日でもあったのだ。
葬儀で流すバッハの「エール」には、没後250年を記念して発売されたバッハ大全集のアーノンクール盤を選び、最後の献花の間、そして花が好きだった母の棺いっぱいに全員で花を手向ける間中、繰り返し流し続けた。母の魂は、どこかでこの音楽に乗せた思いを、感じてくれただろうか。
<関連アルバム>
