Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

新しいものが生まれるとき

 あと2日で4月。新年度を迎えるこの季節は、毎年あわただしい。くるものへの準備と、ゆくものの始末。期待と不安、思切と懐旧。そして4月に入れば、あわただしい中にも、新しい風に乗った清々しい香りをほのかに感じ、少しホッとする時を迎える。

 そんな感じでバタバタやっていると、いつも知らぬ間に桜の開花が始まっている。今年も気がつけば既に3分咲き、というところだろうか。今の雨が抜ければ、あとは一気。おそらく次の週末あたりは満開なのだろう。ちょうど入学式のシーズンにジャストフィットで、よかったね、なんてことを感じるのは、やっぱり「日本人」なのだ。最近は、海外に合わせて年度の始まりを秋にしよう、なんて話も持ち上がってはいるけど、恐らくそこに抵抗を感じてしまうのは、この桜のせいなのだろう。新年度と桜は、日本人の深いところで、つながっているのだ。

 真新しい教科書を開いたときに拡がる製本したてのインクの香りや、一文字も書いていない新品のノートの少しすっぱい香り。長さの揃った鉛筆を全部尖らせて筆箱に並べた時の、削りたての木と黒鉛の香り。ピカピカのランドセルの放つ強い牛皮の香り。思えばこの時期の香りの記憶は、そういうものが多い。そして肝心の桜の香り...そういきたい所だが、これが案外、頭に浮かんでこない。

 思い浮かぶのは、桜もちに使われる桜の葉の香りであり、桜花漬けを浮かべたお茶の香りだ。でも考えてみれば、最近ずっとバレンタインデーに少しばかりいただくチョコレートのお返しは、桜の香りのハンドクリームやリップバームの類に決めているので、何の違和感も無くその香りを受け入れていることになる。満開の桜の下で、僕は一体どんな香りを感じて、春を満喫していたのだろう...これは来週末にでも、調査しなければいけません。

 

 さて今日は、そんな年度替わりの時期にふさわしく、昨年の後半に購入し、恐らくそれ以降いちばんよく聴いた、新しい息吹を感じるアルバムを紹介しよう。ジャンルは、一応ジャズだ。

 ここ数年、新しいジャズの存在を強く感じる。大きく見れば、もう随分前に進化を停滞させてしまったジャズが、いよいよ新たな方向を見出したのではないかと思ってしまうほどだ。その起点は、ベースを弾きながら歌う天才ディーヴァ、エスペランサや、ロバート・グラスパー・エクスペリメントの活躍とグラミー獲得、さらにはホセ・ジェームスとその周辺だったりするのだが、それらのばらばらに発生した才能が、いつの間にか収斂されている感覚をもつのだ。

 これがジャズなのか、という反応もあるだろう。いわゆるブラック・ミュージックやヒップホップの方向に流れすぎている、あるいはポップすぎると感じるかも知れない。しかし、マイルス・デイヴィスの最晩年や、ハービー・ハンコックが目指したその方向のずっと先にある彼らの音楽が、あたかも繋がって感じるのは、しっかりとしたジャズの基礎と技術に加え、機を見る能力、さらにはジャンルにとらわれない自由な精神が見えるからなのだろう。新たな時代の才能の登場であり、それは確かに旧来のジャズの土壌の上に芽生えたものなのだ。

 そんな中、ロバート・グラスパー・エクスペリメントのベーシストであるデリック・ホッジが、昨年、初のソロ・アルバム 『Live Today』 をリリースした。僕もなんとなく購入したが、前述のわさわさした流れの中ではけっこう地味な印象のこのアルバムに、ここ数ヶ月しっかりはまっている。

 このアルバムの楽曲は、全てデリック・ホッジ名義だが、メロディー以外は、ほぼスタジオでの即興的なアプローチで組み上げられているらしい。ただし、ジャズでインプロヴィゼーションというと、ブリッとソロをとる事をイメージするがそうではない。曲本来が持っているポテンシャルを高めるために、参加ミュージシャン全員がその精神を理解し、それぞれの役割を認識しつつ、最大限に耳を働かて音楽を構築していったようだ。彼はそのためにプロデューサーの資質を持っているミュージシャンを中心に集め、みんなでその考え方を共有して臨んだという。そこから生まれる音楽は、デリック・ホッジの音楽に対する美学で貫かれている。

 一曲目の「The Real」を聴けば、この音楽のジャンルは一体何なのだろう、と思うかもしれない。確かに、そこにあるのはジャズの精神だが、後に連なる世界はあらゆるジャンルの音楽を飲み込んでいて、自由だ。

 3曲目の「Message Of Hope」は、どこか哀愁を感じるエレクトリックギターのフレーズをモチーフに、4曲目の「Boro March」は彼がマーチング・バンドにいた10代の頃を思わせる音楽的アイデアをモチーフにしている。どちらもスタジオで即興的に演奏したもので、まさに彼のアプローチの断面を見る思いである。

 5曲目のタイトル曲 「Live Today」はCommonのライムをフィーチャーしたヒップホップ色の強い曲で、そのドラミングがいかにもだが、8曲目の「Still The One」にも通じる、内面に訴えかける強いものを感じる。

 一転、唯一の歌モノ、「Holding Onto You」はフォーキーな一曲だ。歌っているのは同じジャズ・ベーシストのアラン・ハンプトン。たまたまデリックが別のレコーディングでアランの声を聞き、あまりにいい声なのでそれに合わせて作曲、ゲストボーカルとして迎えたようだ。アランはこのアルバムではアコースティック・ギターを弾いているが、この曲に溢れている少し切ない歌心こそが、デリックの音楽の根底に流れているベースのような気がする。

 さらには「Solitude」や「Doxology」のような、クラシックや賛美歌のフィーリングすら感じるものもあり、それを飲み込み消化するデリックの音楽に、僕はやられてしまった。彼のベースはあくまでも控えめだが、全編を通じてその芯の部分にハートフルな感触があり、とてもパーソナルな雰囲気のアルバムに仕上がっているのだ。

 

 デリック・ホッジも一端を担う新たなジャズの潮流は、果たして本物なのだろうか。それは後になって、わかることなのだろう。しかし当の彼らはそんなことはお構いなしで、魂の赴くままに音楽を作り続けているだけなのかもしれない。

 新しいものが生まれるときって、案外そういうものだしね。

 

 

<関連アルバム>

Live Today

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