Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

Autumn

 そのCMは美しい。純日本的な背景の中、姿勢にも所作にも日本を体現する金髪の女性。たどたどしい日本語は彼女が外国人であることを明らかにする。だからこそ、より一層引き立つ日本の美がそこにはある。

 思わず見惚れてしまう映像には、おかしがたい気品が漂う。その印象は静寂そのものだが、音が鳴っていないわけではない。いや、むしろそこに流れる音楽は、映像をしっかり縁どり、その風情を演出している。

  ☆ Link:[JTのCM] 日本のひととき 茶道篇、和食篇、折り鶴篇

  ☆ Link:[JTのCM] 日本のひととき 水引篇、和歌篇、生け花篇

 「日本のひととき」と題される一連のJTのCMはこれまでに5篇出ている。あまりテレビを見なくなった僕でも全篇見たことがあるのは、金曜日の夜に放送されているJTの提供番組、「アナザースカイ」が結構好きで、時々見ているからだろう。

 

 初めてそのCMに遭遇したとき、「この曲、知っている」と思った。アレンジは違うのだろうけど、基本4小節のシンプルな音形を繰り返すその旋律を、僕はかつて何度も聞いたことがある。ただ、何の曲だったのかは思い出せない、というか、思い出したいという気持ちが残らないほど、その音楽は映像と一体となり、完結していた。

 人声を中心に様々な楽器音が混じる、各篇趣向を凝らした音楽は、それだけでも興味が尽きない絶品だが、決して出しゃばることはない。しかし、何度目かの遭遇の直後に、不意に頭の中にその旋律を奏でるもうひとつのピアノソロが鳴り始めた。そして思い出したのだ。かつてこの曲は、同じようにCMに使われ、鮮烈な印象を振り撒いていた。

  ☆ Link:トヨタ 新クレスタ CM(狼編)(1984年)

 僕はそのCMに触発され、この曲の入ったアルバムを早々に購入したはずだ。その曲はジョージ・ウィンストンの「Longing/Love (あこがれ/愛)」。アルバムはウィンダムヒル・レコードから発売された 『Autumn』 である。

 恐らく購入したのは1984年、85年頃だろう。84年は僕が社会人になった年で、その年末か年明けに、まだ一台10万円は下らなかったCDプレーヤーを購入した。再生機の価格が、ようやく手の届く範囲に入ってはきたものの、まだまだ高価だったため、コンパクトディスクそのものは普及期には至っていなかった。その時買った最初期のCDの中に、このアルバムは入っていた。

 『Autumn』 は、米国では1980年に発売されている。既にソロピアニストとしてデビューしていたジョージ・ウィンストンが、自然主義の趣の強いインディペンデント・レーベル 《ウィンダムヒル》 と契約を結び、初めてリリースしたものだ。本国でこのアルバムは予想外にヒットし、彼はそれを受けて北カリフォルニアの季節をテーマにした「四季4部構成」を明らかにする。その後約10年をかけて、『Winter Into Spring』 、『December』 、『Summer』 と、4部作を完結させることになるのだが、日本で 『Autumn』 がリリースされたのは本国から4年遅れ。まさに前述のトヨタのCMに合わせたリリースであり、鮮烈な印象と共に大ヒットしたのだった。

 透明感あふれるピアノの音で表現される音楽は、四季のスケッチとはいえ、その音の置き方や、テンポの取り方、空白の余韻に詩情が満ちていて、単純な情景描写とは言いがたい。冒頭を飾る曲、「Colors/Dance」は、格好のショーケースとして、このアルバムでジョージ・ウィンストンが表現したい音楽の方向性を全て物語っているように感じる。その透明で直線的なピアノサウンドは、北カリフォルニアの澄んだ空気を思わせる。そして、次々に現れ繰り返される親しみやすいテーマは、彼が自然に寄せる清新な思いとその深さを感じさせてくれるのだ。

 CMで流れていた曲、「Longing/Love」も含め、最初の3曲は恐らくLP盤のA面に当たるのだろう。その3曲をSeptember(9月)と分類し、後半の4曲(LP盤のB面)をOctober(10月)としている。その後半の中で一曲挙げるとすれば、5曲目の「Moon」だろうか。

 メロディアスな旋律が、次々に現れては次に受け渡される。日本人の感性に合うメロディーラインは、このアルバムが日本でも爆発的に売れたことを納得させる。静かな空間に広がる音楽は、30年以上たった今でも、当時感じた新鮮な響きを失っていない。

 

 今でこそ「ウィンダムヒル・レコード」と言えば、音楽ジャンルは「ニューエイジ」に属するレーベルだが、当時はそういうジャンル分けは存在しなかった(グラミー賞ニューエイジ部門が創設されたのは1986年のことである)。ビルボードのアルバムチャートでもジャズのジャンルで括られていて、日本で 『Autumn』 が発売されたころ、本国では3作目の 『December』 が既にリリースされ、ビルボードのジャズ・アルバム・チャートで3位に入っていた。

 恐らく僕もジャズのレコードの認識で買ったはずだ。その頃ジャズに目覚め始めていた僕は、モダンジャズの名盤といわれるアルバムを、少しずつ聴き始めていた。覚えているのは、その時レコードショップのジャズコーナーで同時に買ったCDが、ビル・エバンスジム・ホールのデュオアルバム 『アンダーカレント』 であり、その当時の僕は、「ジャズはかくあるべし」と言わんばかりの変幻自在の演奏の魅力に取り込まれていた。かくして、CMでの音楽が気になって購入したはずの 『Autumn』 は、そのピュアな和音構成とかっちりした演奏がいつしか物足りなくなり、あまり聴かなくなっていったのだった。当時僕の意識の中には、「シンプル=単純」という方程式があったのだろう。ジャズの棚に並んでいながら、即興的な部分も感じられず、コード音もシンプルなこの音楽を、少し低く見ていたのかもしれない。

 30年近い時を経て、今そうした意識は全くない。いやむしろ、シンプルでありながら心に響く音楽にこそ、研ぎ澄まされた魅力を感じるし、それこそが自分が最後に求めるものという感覚がある。ジャンルや演奏に関係なく心に響くもの、それを拾い集める旅はまだ終わらせるべきではないのだろう。過ぎ去った時間との思いがけない邂逅にさえ、新しい気づきがあるのだから。

 

 もう9月も下旬。あのCMは、その映像にふさわしい季節を迎える。もちろん、その音楽にふさわしい季節とも言えるのだろう。恐らく京都であろうその映像のロケ地でも探索してみようか。台風が近づきつつある休日、そんなことをつぶやきながら、頭の中で秋の音楽を反芻しているのだった。

 

 

<関連アルバム>

 

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