Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

ウグイスの贈りもの

 ウグイスが鳴いている。もう随分鳴き方もうまくなって、安定した美声を響かせている。春も真っ盛り、ヒノキの花粉も真っ盛り、ついでにPM2.5も真っ盛りだ。近くにウグイスの巣でもあるのか、毎年この時期は、目を閉じ耳を澄ませば、「ホー、ホケキョ」、「ヒュー・・・ケキョケキョケキョ・・・」と、まるで森の中にいるような気分になる。

 冬の寒さの中に春の気配が混じり始める2月末から3月の初旬、春の飛来物に目頭が熱く(?)なり始め、目薬の手当てに万全を期する頃には、別名「春告鳥」の名の通り、恒例の第一声を聞くことができる。「ウグイスの初鳴日」は桜前線と同様に、気象庁が全国で観測を行っているようだが、この第一声の頃のウグイスは、こけまくり、すべりまくって、とてもかわいいのだ。

 最初の「ホー」の部分は、スムースなフェイドインで始まるので、お、きたきた、と期待感いっぱいで待ち構えるのだが、あとがいけない。「ホケ?」で止まったり、「ケキョッ」と短すぎたり、「ケッ・・・」であきらめたり。うまくいくことの方が珍しいくらいだ。きっとウグイスの方も、ありゃ、なんでなん?と、首を傾げつつ努力しているのだろう。冬の間使わず休めていた喉はリハビリが必要なようで、しばらくはその「こけ方・すべり方」で十分に楽しめるのだ。

 そして、ようやくこの時期になると、リハビリも完了し立派なウグイスになって、こなれた美声で春を謳歌するようになる。そうそう、そういえば「ホー、ホケ・クシュン」と、くしゃみをするウグイスもいてもよさそうなものだけど、聞いたことがないので、ウグイスの世界に花粉症は無い、ということで...めでたしめでたし。

 

 さて、今日の一枚。無理やりだけど、「春」=「始まりの時期」に合わせて、唐突に竹内まりやの 『ビギニング』 で行こう。このアルバムのリリースは1978年11月。彼女のデビュー盤にあたる。

 僕がこのアルバムの内容を知ったのはデビューから数年経った頃。大学に入ってようやく慣れ始めた頃のことだ。当時竹内まりやは、次々に出すシングル盤がCMとのタイアップもあって大当たりし、3枚目のアルバムが大ヒットしていた。ただ印象としては、提供された楽曲を歌い、CMと合わせて売り出す手法で、ニューミュージックというより、どちらかといえば、ちょっと変り種のアイドル、という感じで受け取っていた。

 そんな中で、このデビューアルバムの一曲、「突然の贈りもの」を女性ばかりの知り合いのアマチュアバンドが取り上げ、そこから僕もこの曲の良さを実感し、興味を持ったのだった。彼女たちの口にのぼる竹内まりやのアルバムの話は、とても先進的で新鮮で、僕が漠然と思っていたアイドル路線とは違うだろうことも、何となくわかってきた。

  そして初めて聴いたアルバム 『ビギニング』 。第一印象はあまりパッとした感じこそ無かったが、今になってみれば、その後に繋がる様々な事象の萌芽が、既にこのアルバムにはあって、なるほど、彼女は最初から只者ではなかったのだ、ということがわかる。

 まずはその声。このアルバムを出した当時は、竹内まりやもまだ大学生だったと思うが、もう既に、今も変わらない彼女独特の低域のしっかりきいた安定した声が出来上がっている。そして、そのアルバムの参加ミュージシャンを見れば、彼女への期待がとてつもなく大きかったことがわかってくるのだ。

 このデビューアルバムの冒頭を飾るのは「グッバイ・サマーブリーズ」。これを聴けば、竹内まりやを一体どういう方向で売り出そうとしているのか、わかってしまいそうな曲だが、その演奏には、びっくりするような海外ミュージシャン達が名を連ねている。例えば、エレクトリック・ギターはリー・リトナー、サックスはトム・スコットと、当時大人気のフュージョン界のスターたちであり、新人のデビュー盤のオープニングとしては、破格だったのだ。

 さらに、アルバムには参加していなかったが、数年後に結婚し公私共にパートナーとなる山下達郎の曲「夏の恋人」も素晴らしい演奏とともにしっかり収まっていて、ここにもその後の竹内まりやの音楽を形作るものの第一歩を見ることができる。最も、このアルバムにおけるコンポーザーは達郎だけではなく、加藤和彦高橋幸宏細野晴臣杉真理などなど、錚々たる面々なのだが。

 さらにもう一つ。提供された楽曲だけを歌っている印象だった竹内まりや自身が作詞・作曲をした「すてきなヒットソング」がアルバムの最後を飾っているのだが、この曲が実に素晴らしい。これこそが、その後の、自身のソングライティングへのトリガーだったのでは、と思える。

 

  さて、肝心の「突然の贈りもの」だが、この楽曲は、作詞・作曲が大貫妙子で、ほぼ同時期に発売した自らのサードアルバム 『ミニヨン』 にも大貫自身が歌い収められている。

 シュガー・ベイブ時代、山下達郎と一緒だった大貫は竹内まりやとも親しかったはずで、恐らくその流れで提供された曲なのだろう。結果的には大貫自身そのできに自信を持っていたアルバム 『ミニヨン』 は全く売れず、僕が大貫妙子の歌う「突然の贈りもの」を聴いたのは、竹内まりやでこの曲を知って、さらに随分経ってからのことだった。

 発表から35年、この穏やかで感傷的な曲は、その後たくさんの人に愛され続けてきた。記憶に残るカバーもいくつかあるが、1995年に矢野顕子のピアノ弾き語りアルバム 『ピアノ・ナイトリィ』 で、彼女独特の崩しのきいた「突然の贈りもの」を聴いたときには、さすがにびっくりしたものだ。でも、すぐに「矢野風の贈りもの」と認識して、慣れたんだけど...

 最近では大橋トリオのカバーアルバム 『FAKE BOOK』 でこの曲に遭遇。へー、男性による歌も、けっこういいかも...と、ちょっと新鮮だった。よし、一丁、僕も挑戦してみようか、なんて思ったりしてね。

 とは言え、やはりこの曲は、大貫妙子の歌うもの、しかも以前紹介した2007年の彼女のアルバム 『Boucles d'oreilles』 (ブックル・ドレイユ)あたりのピアノだけで歌うバージョンの繊細な感じが、一番好きかも知れない。若くて、まだまだあまり知られていなかった頃の彼女の、みずみずしくてセンシティブな感情が、その歌詞に、旋律に込められているような気がして、飾らない小箱に大切にしまいこんでいたものを、そっと開いていくような、そんな感覚で聴いてしまう。(このアルバムは、超おすすめです。)

 その上で、竹内まりやの 『ビギニング』 でのバージョンに戻ると、大貫の繊細さは消え、竹内まりや独特の大らかさ、明るさを持って、彼女の音楽になっていることがわかる。そしてやはりこの曲の僕の中での基準は、初めて聞いた竹内まりやのものであって、どんなに素晴らしい演奏が現れても、そこはずっと変わらないな、と思ったりもするのだ。

 

 スピーカーから流れる「突然の贈りもの」にかぶさるように、窓の外からウグイスの鳴き声が聴こえる。そういえばもう4月も中旬。寒さも感じなくなってきた。こうやってウグイスの贈りものを聴けるのも、もう少しなのかもしれないね。

 

 

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