Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

ラストダンス

 キース・ジャレットチャーリー・ヘイデンの新作デュオアルバム 『Last Dance』 を店頭で目にしたのは、確か6月の終わり頃だった。日本語に訳せば、単に「最後のダンス」なのだが、このアルバムタイトルに少し引っかかるものを感じて、ジャケットに記された曲名を確認した。

 全9曲の中にタイトルと同名の曲があるわけではない。しかし最後の3曲を見て、はっとした。7曲目が「Where can I go without you (君なしでどこへ行けと言うの)」、8曲目が「Every time we say goodbye(いつもお別れを言うたびに)」、そして最後の曲が、ずばり、「Goodbye」だったのだ。二人の前作、『Jasmine』 は大好きなアルバムだったし、それと同様のラブソング集だったのですぐに購入を決めたのだが、それにしてもあまりに意図的な選曲に、もしかして...と思いつつも、二人ともここ数年、精力的に新譜をリリースしていたので、そんなはずない...と、すぐに打ち消した。

 

 ベーシスト、チャーリー・ヘイデンサウンドは、学生時代、友人に録音させてもらい何度も聴いたキース・ジャレットのアルバム 『生と死の幻想』 で、知らぬ間に僕の中での「ウッドベースの音」になっていた。その音がチャーリー本人と結びついたのは、社会人になった頃LPレコードで入手した、キースの初期のトリオアルバム 『流星』 の裏ジャケットにあった、若き日の黒縁眼鏡をかけたスナップ写真を見たときからである。二人は、キースのデビュー当時から、約10年に渡って共に活動していたのだ。

図1

 『Last Dance』 の入手後、その演奏は新たなセッションではなく、前作 『Jasmine』 と同じときのものだと知った。2007年にキースがヘイデン夫妻を自宅に招いて、実に30年ぶりに自宅スタジオで数日間演奏・録音した楽曲の中から、2枚目のアルバム用にセレクトしたものだったのだ。『Jasmine』 ではライナーノーツをキース自身が書いていたが、その内容からは、このときの録音が決して決められたアルバムのためのものではなく、パーソナルなものだったことがわかる。親密な雰囲気の中で繰り広げられるゆったりとしたラブソングの演奏は、キースが慢性疲労症候群から立ち直った直後の名作 『The Melody At Night, With You』 の音楽と重なる。結果的には2010年に 『Jasmine』 として日の目を見たわけだが、『Last Dance』 はその続編だったのだ。

 

 そして数週間後、朝刊に掲載されたチャーリー・ヘイデンの訃報と唐突に対面することになる。社会面にぽつんと置かれたその記事を目にした瞬間、「杞憂ではなかったんだ」という思いとともに、彼の深みのあるベースサウンドが耳の奥で鳴り始め、次第に心臓の鼓動と重なっていった。

 その後、報道で、彼が長年ポストポリオ症候群で苦しんでいたことを知った。最近までその名前が表に出ていたので錯覚していたが、実はリアルタイムの演奏としては、2010年に録音されたものが最後だったようである。

 もちろんアルバム 『Last Dance』 は、チャーリー・ヘイデンの生前に準備されリリースされたものだ。そう考えれば、その中にある「Goodbye」はチャーリーの言葉であり、『Last Dance』 は、チャーリーの思いの入ったタイトルだと考えるのが自然だろう。当初はキースの優しさが現れたものかとも思ったが、よくよく考えれば、まだ亡くなる前にそうしたことができるのは、本人以外には考えられない。

 

 モダンジャズ、フリージャズ、フュージョン、カントリーなど、様々なジャンルで活躍した彼だが、その音色はいつも変わらない。低域のしっかりとしたあたたかな音で、常にピタリと音楽に寄り添っている。時に歌心溢れる旋律を奏でたり、アグレッシブな側面を見せたりもするが、脇に回れば決して出しゃばらず、しっかりと支える。様々な編成で演奏してきた彼だが、そんな性質がデュオの演奏に向いていたのだろう。彼は本当に多くのデュオ作品を残してきた。デュオ相手の演奏楽器も様々で、ピアノ以外でも、ギタリスト、パット・メセニーとのデュオ盤 『ミズーリの空高く』 のような素晴らしいアルバムももちろんあるが、やはりピアノとのデュオが最も多かったのではないだろうか。その中の印象的なアルバムをいくつか挙げてみたい。

 まずはケニー・バロンとの1996年のアルバム 『Night and The City』 だ。これはニューヨークのジャズクラブ・イリジウムでのライブ盤で、その中でのチャーリーは、軽快で活発。ソロもウォーキング・ベースも躍動的で、都会の一角で楽しんで演奏している姿がうかがえる。

  ピアノの詩人とも呼ばれるイギリスのジョン・テイラーとの2003年のアルバム 『Nightfall』 は、ピリッとした空気の中で、静けさすら感じられるような演奏だ。そこで発せられる一音一音には細やかな神経が行き届いている。

 ハンク・ジョーンズとの1994年のアルバム 『Steal Away』 は、アメリカン・ルーツ・ミュージックにこだわったアルバムであり、これがチャーリー・ヘイデンの音楽の原点なのだろう。賛美歌や黒人霊歌、伝統音楽を訥々と演奏する二人の魂の交流には、彼の精神を支えてきた音楽世界を感じることができる。

 

 『Last Dance』 に戻ろう。このタイトルに引っかかったのには理由がある。フォーマルなダンスパーティーでは、パートナーと最初の曲を踊ったあと、自由に相手を変えることができる。しかしラストダンスでは、また本命のパートナーに戻るのだ。「ラストダンスは私に(Save the last dance for me)」という有名な曲があるが、最後の曲は本命にとっておく。そんな思いがこのタイトルには表れているような気がする。

 では最初のデュオは?そういう疑問が浮かんできた。実はその答えに、最近チャーリー・ヘイデンの追悼再発盤が色々出ている中で出会った。1976年にリリースされた 『Closeness』 である。このアルバムは初めての個人名義でのアルバムで、4人のミュージシャンとそれぞれデュエットで自作曲4曲を演奏したものだ。その中にキースとのデュエット曲「Ellen David」も入っている。「Ellen David」とは、当時のチャーリーの奥さんの名前であり、彼女のためにチャーリー自身が作曲したとても美しい曲だ。その名曲を当時のややアグレッシブなスタイルで演奏しているのだが、この演奏こそが彼にとってのデュオの原点だったのではないだろうか。最初の相手と30年の時を経てのラストダンス。それは形として表したチャーリー・ヘイデンの思いだったに違いない。

 ちなみに、この時キースと演奏した「Ellen David」は、紛れもなく、ジョン・テイラーとのアルバムのタイトルにもなっている「Nightfall」と同一の曲だったことに驚いた。30年前のキースとの演奏の後、チャーリー・ヘイデンはエレンと離婚し、その後彼の音楽を支え続けてきた、自身シンガーのルース・キャメロンと再婚。そこから既に30年近く経っている。そういう中で先妻の名前のついた曲を改名したのだろうが、ここはやはり本命が変わったということなのだろう。ラストダンスの相手が変わってしまう場合だって時にはあるのだ。

 では、奥様であるルース・キャメロンに捧げる曲は、というと・・・もちろんある。ケニー・バロンやパットメセニーとのデュオ盤でも披露した「Waltz For Ruth」だ。性懲りもなく、なんて、つい口に出そうになるが、もう2度と改名する事態には陥らないと心に決めていたのだろう。きっと彼は、ロマンティストだったに違いない。

 

 長年の闘病生活の末、チャーリー・ヘイデンは7月11日、ロスアンゼルスで家族に見守られながら亡くなったと聞く。享年76。キース・ジャレットのコメントはまだ見ていないが、そのことを亡くなるまで微塵も見せなかったチャーリーの精神力と奥様の献身に、ただただ敬意を表したい。

 

<追記>

 最後まで見守られた奥様のルース・キャメロンは、チャーリーと共同プロデュースをしながら、ずっと彼の音楽を支えてきました。最後の録音盤である2010年の 『Sophisticated Ladies』 では、チャーリー率いるカルテット・ウェストの演奏に乗せて、彼女自身も歌っています。そのほかにフィーチャーしたシンガーは、メロディ・ガルドー、ノラ・ジョーンズカサンドラ・ウィルソンダイアナ・クラールと、それはそれは豪華でした。最後のアルバムがこれほど豪華というのは、ちょっとチャーリーに似合わないようにも思えますが、それもルース・キャメロンの手腕とチャーリー・ヘイデンの人柄ゆえだったのでしょうね。

 そうそう、このアルバムにも『Last Dance』の最後を飾った曲「Goodbye」が入っています。歌うのは、ダイアナ・クラール。この演奏こそが、チャーリー・ヘイデンの最後の「Goodbye」なのだろうと思います。

 

 

<関連アルバム>

NIGHTFALL
STEAL AWAY

STEAL AWAY

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