Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

人生は夢だらけ

 前回に引き続き、またもやCMから。こういう話題が続くと、ひょっとしてテレビばかり見ているの? なんて思われそうだが、日頃は毎週録画している何本かの番組をスキップしながら見る程度で、リアルタイムで見ることはあまりない。さらにはNHKのものが多いのでCMに遭遇する機会も少ないはずだが、そういう中でも時々気になるCMが現れたりするのだからおもしろい。

 そのCMの場合、まずは音楽だった。ほんのわずかな時間流れるミュージカル仕立ての音楽は劇的だ。僕は、一瞬にして人を惹きつける魔法のような音楽に心を奪われていた。画面を見ると、あの「とと姉ちゃん」が宙吊りで歌っている。ピーターパンはとっくに卒業したはずなのに「餅は餅屋」だな。そんなことを思いながら見ていたのだが、ひとつだけ注文をつけるなら、最後のところはそんな優等生的な歌い方じゃなくて、椎名林檎風に少しだけエキセントリックに盛り上げても面白かったのに、なんて思ってしまった。恐らくその音楽から椎名林檎のイメージが浮かび上がってきたからだろう。

 それは、「人生は夢だらけ」という、なかなか奥行きのあるタイトルの「かんぽ生命」のCMだったのだが、それから何度か遭遇するうちに、一体誰の曲だろうと思い始める。そうは思っても、そのうち忘れてしまうのは昔の話。今やネット時代で、ちょちょっとググれば、たちまちわかってしまうのだ。

 はたしてその音楽は、椎名林檎の書き下ろしだった。このCMの製作発表時の高畑充希のインタビュー映像では、椎名林檎から送られてきたデモテープを聞いて、その素晴らしさに「何も私が歌わなくても・・・」と思ったと、控えめに語っていた。

 いつしか、こういうミュージカル仕立ての音楽に「椎名林檎」を感じても違和感が無いくらい、多彩さが表面化していることに今さらながら驚く。様々なメディアに登場しても、今や貫禄さえ漂っていて、時の流れを感じて感慨深い。

 思えば、椎名林檎はデビュー当時から少し特別だった。デビューアルバムの『無罪モラトリアム』が発売されたのは1999年。確か宇多田ヒカルのデビューと重なり、その圧倒的な話題性と爆発的ヒットには及ばなかったが、いわゆるバンドサウンドにこだわっている点では方向性が違っていたし、まったく別種のセンセーショナルな感じを漂わせながら、演出した「あばずれ感」を客観的に見ているような冷めた雰囲気もあって、それがアルバムにも表れていた。僕自身は、その中の一曲、「丸の内サディスティック」のカッコよさに無条件にやられてしまっていて、そのアルバムの表面にうっすら透けて見える熱いものと、その裏側に見え隠れする多面的な才能をしっかりと感じていた。

 デビュー10周年の2009年にリリースされた通算4枚目のオリジナルアルバム『三文ゴシップ』にも、「丸の内サディスティック」の英語版が、EXPOバージョンとして再録されている。びっくりしたのは、ジャケットの裏面には13曲の曲名しか書かれておらず、14曲目に入っている「丸の内~」は記載されていなかったことだ。初めて聴いた時、最後の曲が終わった、と思った瞬間、突然ハープの音が流れ始め、いきなりア・カペラ伴奏の「丸の内~」が始まって思わず身震いしたものだ。今につながるマルチな方向性が定着した中でも、この曲はこだわりのある曲なんだと、少しうれしくなった。

 この曲も、聞きようによれば、「人生は夢だらけ」に通じる絶頂感がある。その部分につながるカッコよさこそ、椎名林檎的だと感じてしまうんだけど……そういえばもっと直接的に連想させる曲があったことを思い出した。その曲は、東京事変名義で出した「女の子は誰でも」で、東京事変のアルバム『大発見』に収録されている。

 しかもこのミュージカル仕立ての曲は、資生堂のコマーシャルで使われていたのだった。この辺りが、繋がった理由だったのだろう。

 

 さて、椎名林檎と言えば、僕自身は頭の中に、彼女の「顔」のイメージが定着しなくて、なんだか不思議な人だという印象をずっと持っていた。プロモーションなどを見るたびに違った印象を受けて、どれが本当の椎名林檎なのかわからない。時々そういう印象の人に実際に出くわすこともあるのだが、この人の場合、それが音楽とも結びついて、より一層神秘的な感じを持っていた。

 そんなよくわからない印象が一気に晴れてしっかり定着したのは、NHKEテレの「Switchインタビュー 達人達」での椎名林檎と作家・西加奈子の対談を見てからだった。これは、番組のテーマ曲を歌っている椎名林檎が「一生に一度はお目にかかりたい人」ということで希望し、まだ直木賞をとる前の西加奈子との対談を実現したものだが、西加奈子もまた、椎名林檎のライブにも行ったことがある、同世代のファンだったのだ。

 実は録画していた当日、半分くらい放送したところで地震が発生したため、途中から緊急放送が入り、後半部分が録画されていなくて悔しい思いをした。ところがその放送からしばらくして、対談でも紹介されていた小説「サラバ」で、西加奈子直木賞を受賞し、受賞記念のアンコール放送として、ようやく待ち焦がれていた全編を見ることができたのだ。この対談はとにかく面白かった。この二人にかぶせられていた覆いが、ぼろぼろと剥がれていくような、爽快な対談だった。

 その中で二人は、かなり正直に様々な創作の秘密や、その心情に踏み込んでいる。もちろんカメラが回っている範囲のことなので限界はあるのだろうけど、僕自身は、椎名林檎やその音楽にこれまで感じていた疑問を次々に解き明かしてくれるような受け答えに、正直感激していた。たとえば、日本語に曲を付けるとカクカクした音楽になってポップスっぽくないので、すべて英語の仮詞を付けて作曲し、後でその曲に日本語を当てはめていくという話もあって、なるほどね、と思った。

 恐らくデビュー周辺のことなど、一般に語られていることとはかなり違った話もあり、もう時効なのかな、なんてことも思ったし、好きな音楽ジャンルと今の音楽の違いや、それを仕事としてとらえている現状など、とても現実的な話も出てきた。一方で、椎名林檎が創作に行き詰った自分と重ね、号泣しながら読んだという西加奈子の短編「空を待つ」の話では、その真摯な姿勢も垣間見えたりして、興味深かった。この短編は、短編集『炎上する君』に収録されている。

 とことん裏方気質で仕事に対する完璧主義を求める少し冷めた印象の椎名林檎に対して、深い洞察の中にも常に希望をもって夢を追っている西加奈子はちょっと心配になったのだろう。対談の最後に椎名林檎に向かって、「夢は何ですか?」と尋ねる。その問いに椎名林檎は、「大人の遊び場を作ること。」と熱く答え、西加奈子は「夢があってよかった」、と笑顔で漏らす。その笑顔に、視聴者は共に安堵感を得ただろう。そして、二人の夢の実現を見てみたいと思ったのではないだろうか。

 

 最初に戻れば、「人生は夢だらけ」というのは、なかなかいいコピーだと思う。夢の大小を問わず、夢を意識してがんばっている人は輝いている。何よりも、その思いや姿は、周りを元気にしてくれる。自分もがんばらなきゃ、そう思わせてくれる。

 「夢は何ですか?」なんて、この年になればほとんど聞かれることもなくなった。でも、夢の大きさは現実的になってきたとはいえ、適切なスパンでの夢は常にあるものだ。ともすれば、「夢」という言葉とは結びつけられないささやかなことでも、ひとたび「夢」のタグをつければ、行動が変わってくることもあるだろう。そういう気持ちを忘れないように、小さな夢探しでもしてみようかな、そんなことも思っている。

 

<おまけ>

 今やCMでも引っ張りだこの高畑充希ですが、初CMがすごかった。CHOYAのウメッシュのCMでしたが、これも紹介しておきます。これ、いいです。CM女王の道、まっしぐらですね。しかも誰でもできるわけじゃないところもすごい。

 

 

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