アコーディオンの音が好きだ。そういえば、まだ小学生だった頃、音楽室の棚にたくさんあったアコーディオンで合奏をしたことがある。鍵盤楽器を少しばかりかじっていたので駆り出されたのだろうが、周りは女の子ばかりで少しかっこ悪かった。蛇腹のコントロールも難しく、ふいごから漏れる古臭い香りこそいやではなかったが、楽しんだ記憶はないし、特にこの楽器に魅力を感じたわけでもなかった。
それからずいぶん時は流れ、15年ほど前、仕事でアコーディオンの音を録音する機会に遭遇した。本場ドイツで小さなスタジオを借り、様々なタイプのビンテージアコーディオンを録音するというものだった。その時知ったことは、この200年近い歴史を持つ楽器に対するヨーロッパの人たちの並々ならぬ思いと、この楽器の奥深さだった。あちらの人たちは、アコーディオンやバンドネオンの音に郷愁に近いものを感じるのだろう。このときの録音に関わった欧州の人たち(特に年配の人たち)は一様に多弁だった。あまり良くわからない言葉で一生懸命にこの楽器の素晴らしさを、わけのわからない東洋人に伝えようとする。
個々の楽器で大きく音色が異なるのはもちろんだが、アコーディオンには空気の吹き込まれるリードを選択できるスイッチがついていて、一台の楽器でも曲のイメージに合わせてリードの組み合わせによって音色を変えることができる。また左手側には整然とボタンが配置されていて、ベース音や和音を選択できるようになっている。右手側も鍵盤タイプだけではなくボタン式のものもあり、強弱やトレモロ、アクセント等を表現する蛇腹の操作も含め、コントロールの難しい、奥深い楽器なのだ。
確かにヨーロッパの街並みにアコーディオンの音は良く似合う。その調和感が素地となって、まだ電気が普及していなかった時代の手軽な鍵盤楽器として一般的になっていったのだろう。街中でもよく道端や公園のベンチにすわって演奏している人を見かけた。気がつけば、欧州好きの僕自身も、アコーディオンの音に特別な反応を示すようになっていた。
その後、偉大なるバンドネオン奏者アストル・ピアソラの音楽に傾注し、並行してはまってしまったのがジャズアコーディオン奏者リシャール・ガリアーノの世界だ。
彼のアルバムはたくさん聴いてきたが、今日紹介の一枚は最初に出会った 『French Touch』 だ。このアルバムは、パリのスタジオで録音した2つのトリオでの演奏を収めたもので、一部ギターやサックスが入るものの、ほぼアコーディオンとベース、ドラムスというシンプルなものだ。
12曲中9曲は自作曲で、そこにはフランス人としてフランス伝統のミュゼット音楽の精神を、新しい形で表現する彼の意気込みが詰まっている。そのバリエーションは広く、様々なジャンルの要素を感じさせながら独自の音楽を創り上げていて、それらの美しい旋律からは作曲者としてのセンスが強く感じられる。
そして、残り3曲の選曲とその表現がまたいい。アルバムの冒頭を飾るのはブラジルの奇才、エルメート・パスコアルの「Bebe」だ。ギターも入った軽快な立ち上がりはブラジル音楽だが、アコーディオンの音と共に一気に彼の世界に引きずり込む。軽快に吹き流す口笛はライブ感を出し、伸び伸びとした演奏に一掃拍車をかける。
4曲目の「Caruso」はパバロッティの名唱でも知られる、イタリアのシンガーソングライター、ルチオ・ダルラの佳曲、8曲目の「You Must Believe in Spring」は同名のビル・エバンスのアルバムでも有名なミシェル・ルグランの名曲で、どちらも美しいメロディーを持つ作品だが、彼の手にかかれば、「ジャズ」でありながらパリの街角を感じさせる音楽になる。
このアルバムに一貫している旋律の美しさ、哀愁、そして軽快さは、ミュゼットの伝統を感じさせながらジャズという現代のフォーマットで表現をするリシャール・ガリアーノの愛すべき特質であり、それが最高の形で表現されている。僕はいつもこの完全にコントロールされきったアコーディオンの音を聴くたびに、演奏を目の前で見てみたい、という衝動に駆られる。
僕の中では、リシャール・ガリアーノは今、ライブに行きたいミュージシャン No.1である。
<関連アルバム>
上のブログランキングもポチッとお願いします!