2011年は幸先よく幕を明けた。
元日の朝は6時頃に目が覚めた。大晦日のアルコールが少し残っていて、もう少し眠ろうかとも思ったが、頭が冴えて眠れず起きることにした。寝室を出てリビングに移り、部屋を暖かくしながら配達された分厚い新聞に目を通す。大晦日にはかなり雪が降り、予想では元日も大荒れとのことだったので、雪でも積もってるのかなと思っていた。
しばらくして、何気なくカーテンの隙間から空を見ると、三日月とその近くに明けの明星が見える。え?何で晴れてるの? カーテンを開けると、手前に多少流れの早い雲はあるものの、月の周辺は澄み渡っていて、夜明けの雰囲気を漂わせつつある。朝日の隠れている山のふちの形状が少しずつわかるようになってきた。それからしばらくして、思いがけず初日の出を見ることができた。
悪いと思っていて良い方向に転ぶのは気分がいい。なんだか元気になる。今年は経済面でも政治面でも、あまり期待できないと思っているが、こんな風に思いのほか良かった~という一年になってくれればいいのだが。ウサギ年にあやかって跳躍して欲しいものだ。
さて、そういうことで今年最初の一枚は、幸先よく、華々しくいきたい。ただ、去年のクリスマスのティル・ブレナーや前回のバーブラ・ストライザンドなど、ちょっと豪華なアルバムを紹介したので、それを超える新年にふさわしい一枚、というと・・・いや、もうこれしかないですね。クリス・ボッティのDVD+CD盤 『クリスボッティ・イン・ボストン』 。これだ!
クリス・ボッティのトランペットの音は、夜明け前の音だ。その音色、抑揚、微妙な音程感覚、コントロールされた残響感は、明け方の薄く青みがかったモノトーンの世界を思い起こさせる。まさに、元日の日の出を待つまでに繰り広げられた世界だ。
このアルバムは2009年の春、輸入盤が出て直ぐに購入したが、その時点で日本盤が出る予定はなかったようだ。早速視聴して、その内容のあまりの素晴らしさに、何で日本盤出ないの?うそやろ?信じられへん!と人知れず憤慨していたが、ようやく2010年の春、日本盤もリリースされホッとした。今僕は密かにBD(Blu-ray Disc)への買い替えを狙っているが、これまた輸入盤しかなさそうで、「おこるで、しまいに!」(横山やすし風)と言いたくなる。
クリス・ボッティは、今やトランペット界の貴公子といわれるほどで、その甘いマスクとロマンティックな音楽で世界的な人気者になっている。むしろ日本での盛り上がりは遅かったと思うし、未だポピュラーとは言えない。
僕が初めてその音楽に触れたのは、2004年リリースの 『When I Fall In Love』 だった。まだ、トランペットといえばマイルスでしょう!と思っていたので、女性とからむジャケット写真で商業的なにおいのするアルバムに眉をひそめながら、「なんや、このやさ男は!」と思いつつも、その選曲の良さに目を奪われ購入した。そして一聴、無条件降伏、いやちがった、以後の作品の無条件購入を心に決めたのだ。
この人は一体どういう人?と思ったのは、今回の 『クリスボッティ・イン・ボストン』 を購入してからだ。遅まきながら調べて驚いた。僕とほぼ同年代(おいおい、ほんまか?)。しかもあらゆるジャンルのセッションミュージシャンとして、30年近いキャリアがある。その間、大物ミュージシャンのバックもかなりつとめている。このアルバムの舞台裏の映像を見てもわかるが、あらゆる内容を彼自身がプロデュースしている。そして、その本物の実力と人間力。音楽に対する厳しい視線と、許容力。甘いマスクの額に刻まれた縦皺は、その音楽への真摯な姿勢の産物と見た。
このアルバムの豪華さは半端じゃない。場所はボストン・シンフォニーホール。クラシックのDVDかと思わせる開演前のホールの客席全景から始まり、ボストンポップスオーケストラ(要するにボストン響)の楽団員の待つ舞台に指揮者が現れ、拍手が起こる。オケの前にはピアノ、ベース、ドラムス、ギターのセッティングもされている。その中、静かに一曲目の「AVE MARIA」の前奏、弦楽の音が響き始める。そしてクリスの登場。ワンフレーズにして「クリス・ボッティ」の世界を築き上げる。夢のようなコンサートの始まりだ。
彼のトランペットは、それまでのアルバムで聴いたどの世界よりもさらに力強く、自由で、それでいてどこまでも「クリス・ボッティ」の音であり、ここまでリアルに本物の音楽を見せ付けられれば、もう誰も何も言えないな、と思わせる。
そして、次々と出てくるミュージシャンとの競演がすごい。まずはクリスと関係の深いスティング。傍らには、盟友のギタリスト、ドミニク・ミラーも従えている。スティングは昨年自らの25周年にロイヤル・フィルとの競演盤を出したが、ひょっとしてこのコンサートで味を占めたのかな、と思ってしまうくらいに、伸び伸びと歌っている。
さらにはチェロのヨーヨー・マ、バイオリンのルシア・ミカレリ、歌手のジョシュ・グローバン、キャサリン・マクフィー、ジョン・メイヤー、サイ・スミス、そしてエアロスミスのボーカル、スティーブン・タイラー。これまでクリスがフィーチャーしてきたあらゆるジャンルの音楽家たちが次々に登場し、クリスと共にめくるめく音楽世界を築き上げていく。お互いを音楽的に尊敬し合った、つながりを感じさせる密度の濃い演奏だ。
それにしても、クリスのトランペットは繊細かつ大胆だ。相手の個性を活かしながら、それでいて気がつけばクリスの個性をしっかり魅せている。このジャンルを超えた音楽への深い洞察は、経験によって育まれた音楽性でしか成しえないものだ。最強の遅咲きのスターが、よくぞ現れたものである。
随所で映し出される観客の歓び、満足感もひしひしと伝わる。なんとうらやましい幸せな人たちなのだろう、と思う。この場にいられたら、どんなに幸福だろう。しかし、その感動をこれほどまでに伝えてくれる映像が残されたこともまた、喜びである。新年早々、再視聴しながら、いい一年になりそうな気分になってきた。よーし、まだまだがんばるかな。
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