最近、友人のBさんが、今や人気・実力ともに5本の指に入るであろうジャズピアニスト、ブラッド・メルドーのライブに行ったと聞いて、あまりにもうらやましく、彼の音楽に出会った頃の話でもブログに書いて憂さ晴らしをしようかな、ジャズの話も書きたい頃だし、なんて思ってたんだけど...結局先週は書けなかった。というか、いろいろ思い出しながら、ブラッド・メルドーのアルバムを聴きなおしているうちに、ある作品に引っかかって、どうにも前に進めなくなったのだ。だったら、それを書けばいいじゃん、って話なんだけど、そのアルバムは、「書くぞ」と意気込んでいたジャズ・アルバムではなかった。
スウェーデンのメゾソプラノ歌手、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターとブラッド・メルドーのデュオ・アルバム 『love songs』 。一昨年リリースされた2枚組みのこの作品は、1枚目はブラッド・メルドーの自作歌曲集(なんとクラシックの歌曲です)、2枚目がスタンダード曲から選曲したラブソング集になっている。
しかしこの作品、異種格闘技には全くなっていない。どちらかといえばオッターのクラシカルな世界をブラッド・メルドーの柔軟なインスピレーションと技術が、違和感なくキッチリ支え補完し、その深く純粋な世界を掘り下げている。特に2枚目のスタンダード集は、とにかく素晴らしいの一言。ジャンルなど何の意味も持たない世界の、静かなる名盤である。
考えてみればブラッド・メルドーは、恐らく幼い頃に学んだクラシックの技術に裏打ちされた緻密で理知的な演奏性と、ジャズライブで最高のパフォーマンスを見せるインスピレーション溢れる即興感覚を併せ持っている。加えて自らのリーダー作では常に現代感覚溢れる先端的なアプローチを見せ、他のミュージシャンのバックやデュオでは、相手の力を最大限引き出す脇役に徹しながらも自らの光も決して失わないという、稀有なミュージシャンだ。特に、自身のリーダー作ではない作品にこそ彼の真価が表れているような気がする。彼は偉大なる演出家なのだ。
1曲目はフランス語で歌われるレオ・フェレの名曲「時の流れに」で、静かでどこか寂しい世界を、冒頭から一気に作り上げる。全体の選曲も素晴らしく、冒頭のようなシャンソンの名曲から、「コーリング・ユー」などの映画音楽や、ビートルズの「ブラックバード」のようなポップスの楽曲に至るまで多彩だ。
特に僕はここに入っているミシェル・ルグランの2曲が、このアルバムの雰囲気と見事にマッチしていて、とても好きだ。ひとつはクレジットではフランス語で「Chanson de Maxence from Demoisellers de Rochefort」となっている、ミュージカル映画「ロシュフォールの恋人たち」の挿入曲だが、英語タイトルの「You Must Believe in Spring」と言ったほうがわかりやすいだろう。ジャズでもたくさんカバーされている名曲だ。
そしてもう一曲が、問題の「What Are You Doing the Rest of your Life?」である。
何が問題かというと、先週このアルバムを久々に聴いて以来、この曲が耳を離れなくなってしまったのだ。もっと明るい曲ならハッピーでいいんだけど、好きだとはいえちょっと暗めのこの曲がずっと耳の奥で鳴り響くのも考え物だよね。恐らく楽しい会話を仕掛けられても、表情はシリアスで曇りがち。反応も少し辛気臭くなってたりして...な~んて、そんなことは無いですよ。この曲、聴いた感じ以上に、実に希望に満ちた曲なのだ。一週間が過ぎ、ようやく少し抜けてきたので、この週末思い切って結構たくさん思い当たる僕の愛聴盤での「What Are You Doing the Rest of your Life?」を、色々聴いてみた。もうゲップ出るくらいですが。
今日はその中から僕がよく聴く演奏を紹介して、ゲップの拡散を図ろうと思う。まずはやはりこの曲で一番に頭に浮かぶアルバム、1969年に録音されたビル・エヴァンスの 『From Left to Right』 からにしよう。
恐らくジャズではなくポピュラーアルバムとして企画されたのだろう。ビルの当時のレギュラートリオにギターのサム・ブラウンを加えたカルテットの上に、マイケル・レオナルドがアレンジしたポピュラーオーケストラが乗って、まさにイージーリスニング色たっぷりのアルバムである。おまけにそのタイトル通り、ビルの右手にはエレピのフェンダー・ローズ、左手にはスタインウェイのグランドピアノという実験的なトライで(ジャケットもその姿です)、輸入盤のインナーブックにはフェンダー・ローズの開発者、ハロルド・ローズ氏も声を寄せている。まだ、ジャズでローズが使われ始める前のことであり、ある意味不遇な道をたどってきたアルバムでもある。
そんな感じなので、ジャズでの評価は散々だったのだろう。CD化も随分遅れ、ディスコグラフィーに掲載されているのに手に入らない状態が長く続いた。しかし今から思えばこのアルバム、エレピが主役となった先駆けのアルバムなのだ。確かに音はいまいち、アレンジもポピュラー的で、アドリブもほとんど無いのだが、アルバム冒頭のこの曲は、ビル・エヴァンスの叙情性をストレートに表していて、しかもCD盤ではボーナストラックとして同日録音されたオケの入っていない同曲のカルテット演奏付き。これが実に秀逸なのだ。この曲の良さを僕にしっかり刻み込ませてくれた一枚である。
続いては、恐らくそのビルのアルバムに刺激された部分もあるのだろうと思われる一枚。エレクトロニカの人気アーティスト、Ino Hidefumiの2006年のアルバム 『Satisfaction』 からの演奏だ。このアルバムは一枚全てフェンダー・ローズでの演奏で、この世界でのビンテージ・ローズ人気に火をつけたアルバムだともいえる。
☆ Link:What are you doing the rest of your life? / INO Hidefumi
続いては歌もので行こう。この曲は楽器の演奏だけでは物足りないかもしれない。最初は女性ボーカルでちょっとクラシカルだったので、今度は男性ボーカルで少しポップに、ということで僕の大好きなスムース・ジャズのこの一枚、トランペットのクリス・ボッティのアルバム 『To Love Again / The Duets』 から、スティングをフィーチャーしたこの演奏だ。
こういう風に歌わせると、スティングって最高だな~。クリスの憂いを含んだトランペットと相まって、実にいい味出してます!
そして最後は、やはりジャズ・ボーカルを選ぼう。様々なビッグネームも歌っているこの曲だが、ここでは最近僕が、ひっそりと大事に大事に聴いている大好きなアルバム、ジム・トムリンソン フィーチャリング ステイシー・ケントの昨年リリースされたアルバム 『The Lyric』 からということで。
デビューして15年にもなりながら、これまで日本ではあまりフィーチャーされていなかったステイシー・ケントだが、最近フランスのブルーノートレーベルに移籍して、日本でも頻繁に目にするようになってきた。何処か天真のかわいさを宿すステイシーの声、その細やかな息使いの中にある特徴的なビブラートは、ご主人であるジム・トムリンソンのBreathyなテナー・サックスのビブラートと呼応し、聴いていると、あー、夫婦なんだな、なんて思ってしまう。ちょっと素敵な演奏だ。
日本語で「これからの人生」と訳されるこの曲の感慨は、その歌詞の中にも詰まっている。これからの人生を私と一緒に生きてほしい、と訴える歌詞は、その音楽と相まって実に美しく響く。「 What Are You Doing the Rest of your Life?」 僕もこの歳になると、「これからの人生」なんて聞くと、これまであまり感じなかった触手が、ちょっとピクピクするんだけど...そういえば、随分前から、「座右の銘」は?なんて聞かれたときに時々答えてきた言葉の中にも「the Rest of your Life」が入っていたことを思い出した。
“Today is the first day of the rest of your life”。
(今日という日は残りの人生の最初の日である。)
まだちょっと暑いけど、そろそろ秋の気配も感じる頃。新しい気分で「the Rest of Your Life」のことでも、ちょっと考えてみるには、いい季節かもしれないね。
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