昨日、9月18日はこのブログをスタートして、ちょうど1年目。記念すべき日だった。たかが一年で何を大げさな、と思われるかもしれないが、この飽きっぽい僕にとって、未だ続いているというこの事実は一大事なのである (自分で言うのもなんですが)。しかも書いた日数を数えてみると、55回。当初思っていた週一回のペースをクリアできている。なんと目標までも達成という珍妙な事態・・・誰もほめてくれないので、自分で自分をほめてあげたいです!(涙)
当初思っていたとおり、必ず一枚は愛聴盤を紹介することも貫けた。リアルの会話では当たり前の経済や政治、ビジネスの生々しい話もここではなるだけ回避し、音楽をはじめ日頃あまり周りと話をしない内容に絞った。そのことが逆に僕自身の日常の中で、特別な感じで進められた要因かもしれない。
最初は、大台の年齢への到達を目前に控え、思うところあってのスタートだった。考えてみれば一種のガス抜きでもあったのだろう。かつては楽器の演奏も含め、表現の機会もいくらかはあり、それを部分的にでも共有できる仲間がいた。しかし子供もできて、仕事もどんどん忙しくなるにつれ、それ以外のことが脇へ脇へと押しやられ、仕事以外の人間関係はどんどん希薄になっていた。それでも、音楽に関わる仕事ができているうちは良かったのだが、事情によりそれができなくなる事態に至り、少しずつ我慢の臨界点に達し始めていた。しかし一方で、「仕事としての音楽」を忘れていい、という心地良さもあった。ただただ自分の気分だけで自分の好きな音楽に触れることができる開放感を感じていたのだ。
そんな中で始めたわけだが、正直、二度ほど挫折しかけた。学生時代以来、ビジネス以外で文章を書くことなど、ほとんどなかったので、それほど長くない文章でも結構苦労した。最初の数ヶ月で壁に当たる。苦労するわりに、誰も見てくれている気がしない。何のために一生懸命書いてるんだろう、と悩んだ。そのあたりから、少しずつ共感してもらえる人を増やすことも始めた。
ちょうど震災の少し前、どうにも前に書き進められなくなった。書くこと自体が苦痛を伴い始めたのだ。もうやめてしまおうかな、とも思った。しかし、その気持ちは、震災の余波をくぐり抜けた後、気がつけば霧が晴れるように消えていた。
知人に「もっと短く、読みやすくしたら?」と言われたこともあったが、これは好みの問題だ。訪問いただいて文字の量だけで敬遠されることもあるようだが、それはそれでいいのかな、とも思う。それもまた共感のポイントでもあるのだろう。それよりも、もう少し回数を絞ろうかとも思う。どうも最近、本を読む時間が減っているのが気になっている。インプットとアウトプットの関係を正常に保つためにも、次の一年は月3回の36回程度を目標に置くことにしよう。
さて、そういうつながりの中で、ある人から先週9月15日がビル・エヴァンスの命日であったことを教えていただき、かつて 『Consecration ~ the last』 というライブアルバムに深く感動したことを思い出した。今日は1周年にふさわしく、人生の最期に手元に残しておきたいCDを50枚選ぶとすれば、必ずその中に入れるだろうこのアルバムで行くとしよう。
このアルバムは、ビル・エヴァンスの死の一週間前に、彼が最後に率いたレギュラートリオで8日間(8/31~9/7)出演したサンフランシスコの「キーストン・コーナー」でのライブであり、そこから選んだ15曲をCD2枚にまとめたものである。
1989年にこのアルバムは、日本のアルファ・レコードから発売されたのだが、その数年前から出回り始めた輸入盤での廉価CDで、彼の初期から中期のオリジナルアルバムは一通り聴いていた。恐らく現在につながるビル・エヴァンス人気は、これらの輸入盤の普及が引き金になっていると思うのだが、とにかくこのアルバムは当時急速に再評価されていたビルの死の直前の凄まじい記録として、当時スイングジャーナル誌を大いに賑わした。そして、年末には発掘盤としては異例の、スイングジャーナル大賞の金賞に輝いたのである。
数年前、思い立って「ビル・エヴァンス ~ジャズ・ピアニストの肖像」という、研究書かと思わせるような分厚い本を入手し読んだのだが、その裏表紙に「彼の死は、歴史上一番時間をかけた自殺だった」と記されている。その本の最後の一文はこう締めくくられている。
「彼のゆっくりとした自殺はそれなりの苦痛を伴ったが、彼の芸術的な恍惚度は苦悶に最後の瞬間まで挑戦し続けた。 ~ビル・エヴァンス、ルイジアナ州バトン・ルージュにて永眠。」
長らく患っていた肝硬変や併発した消化器系の潰瘍は手の施しようも無い状態で、ビルはその苦痛を和らげるためドラッグを使用し続けていた。当然食は細り栄養失調も重なる。その前年に、強く影響を受け慕っていた兄・バリーが銃で自殺したあたりから、治療も受けなくなった。この公演の始まる前もその最中も、周囲の人間は病院に行くことを強く勧めた。しかしビルは拒否し続けた。
ビルは彼自身の死期を的確に悟っていたと思われる。その頃ビルをたずねた友人や知人の多くは、ビルの死の覚悟を見て取り、今生の別れであることを感じさせるようなビルの挨拶を受けている。
彼はここで共に演奏したほぼ子供世代に当たる若い二人、ベースのマーク・ジョンソンとドラムスのジョー・ラバーバラとのレギュラートリオに大きな手ごたえを感じていた。あの名盤 『ポートレート・イン・ジャズ』 や 『ワルツ・フォー・デビイ』 を生んだ、最初のレギュラートリオに匹敵するトリオになってきたと、ビル自身色々な人に話している。ただし2年に満たない短い期間であり、残念なことにスタジオ録音盤もない。このアルバムが出た時点での同メンバーのメジャー盤は「パリ・コンサート」のみ。それも、ビルの死後随分たっての発売だった。
ビルは病院に行くことを勧められると、必ず「今はこの二人と演奏をしたくてたまらないんだ」と言って拒否した。CDのインナーブックには、ビル・エバンスが亡くなって間もない時期に、マーク・ジョンソンの受けたインタビューの内容が記載されている。もうほとんど演奏する力も残っていなかったビルについてのインタビューだ。
「これだけは今も解釈に困るんだけど、死ぬ2週間前の“キーストン・コーナー”は、まさに特別な、心に染み入る演奏だったと思います。客席は、まるでとりつかれたようにシーンと静まり返っていました。これこそジャズですね。突発的に起こったものは残せないんです。テープに残しておけなかったことが残念です。」
まさにその演奏が、実は残されていて、世に出たのである。
しかし前述の本には、ビルはここでの自分の演奏に満足していなかった、と書かれている。常に完成度を求めるビルらしい話だ。後にアルファ・レコードから発売されたここでの全日程を記録したボックスセットについても、「インスピレーションが徐々に下がっていく過程を明らかにしている」とある。このビル・エヴァンスを崇拝する若い二人の共演者は、毎日、最後の曲を演奏し終わる頃には、涙をこらえきれず、いつが最期の演奏になっても不思議ではないと悟ったという。
そういう背景を理解した上でこのアルバムを聴いても、どこにも衰えを見出すことはできない。確かに幾分ミスタッチが目立つ気もするが、そんなものを吹きとばす気力と精神性が漲っている。恐らく毎晩ほぼ同曲を演奏する中でベストテイクを集めているのだろうと思う。この演奏を聴く限り、前述のマーク・ジョンソンの言は納得できる。
毎日の演奏を締めくくる最後の曲はいつも「マイ・ロマンス」だった。ビルは、その日で最期かも知れない自分の演奏の終わりの曲を特別な思いをこめて弾いたに違いない。そうとしか思えない、凄まじい精神性に満ちた「マイ・ロマンス」が、このアルバムの最後に残されている。全てのテイクがそうだったかどうかはわからない。ボックスセットを買ってそれを確かめたいとも思わない。とにかくこのアルバムに残されている「マイ・ロマンス」の、冒頭3分弱のビルのソロを初めて聴いたとき、鳥肌が立ち、それと同時に涙が溢れて困ったことを思い出す。それに続く三者のインタープレイも凄まじい。このような話を抜きにして、これまでもたくさん演奏されてきたこの曲を、今回色々聴いてみたが、やはりここでの「マイ・ロマンス」は圧倒的だ。まさに死の直前の神がかった演奏だった。
ところでその後、アルファ・レコードは倒産し、このライブ盤の権利が散逸した。ビクターや米国のレーベルから様々な形で発売されたが、確か最近、このライブの許諾を巡ってもめているらしい話をどこかで読んだ気がしていた。たまたま昨日梅田に出たので、いくつかのCDショップで確認してみたが、これだけビル・エヴァンスの充実したコーナーを持ち、あらゆる輸入盤までそろえているにも関わらず、このキーストン・コーナーでのライブ盤は存在しなかった。SJ大賞の金賞までとった演奏を、直ぐに聴くことができないなんて...なんと不幸なことなのだろう。こうなると中古盤も高額になっているのでは、と思う。何とか解決を図り、ビル・エヴァンスの代表的名演として、名前が挙がるようになって欲しいものである。
ここでの「マイ・ロマンス」は、ビル・エヴァンス自身のメンバー紹介とお客様へのお別れの挨拶で締められている。その声を聴きながら、亡くなったビル・エヴァンスの享年に来月追いついてしまうという事実に、しみじみ感じ入ってしまった。
来年もまたこうやってブログ上でアルバム紹介を続けていられることを祈って。
「脳天に届く衝撃を好み、十分衝撃を受けてようやく何かを感じる人々もいる。でもなかには内面に入って、何か、もしかしたら豊かさなどを探したい人々もいる。」
~ ビル・エヴァンス
末筆になりましたが、ご訪問いただいた皆様。お読みいただいてありがとうございます。今後とも、よろしくお願いいたします。
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