Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

穏やかな日々

 穏やかな日差し。穏やかな風。半袖だと少し肌寒さを感じるが、日よけに軽く羽織ったシャツが肌に触れてもサラリと心地よく、暑さを感じるわけでもない。さわやかな気分で目を閉じ、まぶたの裏の光をぼんやり感じていれば、幾分初夏の香りを含んだ大気が鼻腔をくすぐり、なんとも穏やかな気分が全身を満たしていく。

 先週は金環日食で幕を開け思いがけずその全貌を見ることができ、その翌日は仕事をお休みにして親戚の結婚式に出席した。平日の昼間の結婚式は初めてだったが、随分前から計画を入れておいたおかげで何の問題もなく当日を迎えられ、住吉大社での由緒正しい婚礼の儀とリラックスした雰囲気の披露宴を堪能することができた。週の後半も何かと多忙な最終週の手前で、気分は穏やかに過ぎて週末を迎えた。

 でも本当のことを言えば、心のどこかにその穏やかさを享受しきれない何かが燻っている。そんな穏やかな日々はすぐに終わってしまうことを、何処かで感じ続けているのだろうか。その時の喜びがすべての喜びだった、ぼんやりとした子供の頃のような気分でいられたらどんなに幸福なんだろう、なんて思わないでもないけど...きっとそれは違うんだろうな。

 人は限られているからこそ、その限定の喜びを精一杯享受しようとするのだし、様々なものに感謝もする。その穏やかな日々の先に待っているものをわかっているからこそ、やさしくなれるような気もする...

 

 そんなことをつらつら思いながら風を感じていると、幾分日差しが強くなってきた。少し現実に戻れば、なんだか耳寂しいことに気付く。そういえば、朝から何も鳴らしていない。

 初夏の日差しの中で、引っ張り出してきたのは、この時期恒例の「ボサノバ開き」にふさわしいアルバム。まさに今日のような穏やかな一枚、ポール・デスモンド・フィーチャリング・ジムホールの 『ボッサ・アンティグア』 を聴くとしよう。

 ポール・デスモンドといえば、デイブ・ブルーベック・カルテットでの“テイク・ファイブ”が、かつてタケダのアリナミンVドリンクのコマーシャルに使用され、知らないうちに多くの人の耳なじみになっている。その柔らかくてやさしい音色は、いわゆるメロウ・アルト・サックスの代表格で、僕の場合も、彼の名前を聞くだけでその独特なサウンドが脳内を駆け巡るほどだ。そんな彼が、ブルーベックのカルテットと並行して活動したのが、ギタリスト、ジム・ホールとのカルテットであり、本作はそのメンバーでの一枚である。

 録音は1964年。ということはボサノバ・ジャズの金字塔 『GETZ/GILBERT』 の録音の翌年であり、ほぼ同時期、草創期の作品ということになるのだが、当時たくさん出たボサノバ・アルバムとこのアルバムの決定的な違いは、いわゆる“典型的な”ボサノバの曲がひとつも入っていないことだ。ポール・デスモンドは、ボサノバのアルバムを作りたかったのではなく、「ボッサ」の手法に則った新しいジャズアルバムを作りたかったのだろう。そして、それは見事に成功している。

 8曲中5曲はポール自身の新作。これがすこぶるいい。ポピュラリティーを十分に意識した彼の作曲センスを深く感じる名曲のそろい踏みだ。

 先ずは1曲目のタイトル曲「Bossa Antigua」。ジムホールのギターで始まるこの曲で、ポールのサックス・サウンドは、コニー・ケイの軽やかなドラムスとジムの流暢なギターに乗せられ、初夏の風の中を気持ちよく自由に舞う。

 4曲目の「Samba Cantina」は、メロディーメイカーとしてのポール・デスモンドの真骨頂。泣きのメロディーを奏でるポールのサウンドは、ジム・ホールのギターの音色と相まってズンズンと胸に迫ってくる。

 7曲目の「Alianca(アリアンサ)」では、軽快なテンポの上を、ポールとジムがそれぞれインタープレイを繰り広げる、さわやかな一曲だ。

 そして最後の曲は「The Girl From East 9th Street」。日本語タイトルが“東九番街の女”ということで、これまでずっと意識してなかったのだが、今日改めて英語タイトルを見て、あーなるほど、「イパネマの娘」に掛けたんだな、って理解した。恐らくこの録音をしているときが、まさに前年録音された 『GETZ/GILBERT』 の大ヒット中だったのだろうから、意識的に対抗したのだろうが...しかし日本語タイトルが“東九番街の女”はないよねー。なんだか、「裏窓街の女」って感じで...せめて“東九番街の娘”くらいにしておけばよかったのにね。

 とにかく聴いているだけで、穏やかな気分になるアルバムだが、恐らくジャズ批評家の評価は最悪だったのだろうと推察する。このアルバムは、20年ほど前に購入したのだが、ひとしきり聴いて、いいアルバムだなーと思った後で、スイングジャーナル誌の再発盤の批評を読んだのだが、そのときですら「たいくつ」マーク付きでボロボロに書かれていた。思えばその頃から、いわゆるこの手の批評は信頼しなくなったのだった。自分の感覚でいいのだ。

 

 穏やかな一日に穏やかな一枚。初夏を感じさせる風の中で、このジャズ・ボッサの名盤を聴きながら、そういえば前述の杞憂など吹っ飛んでしまっていることに気付いた。今さらだけど、これこそが音楽の役割なんだろうな。僕たちの中の音楽は、そうやっていつもたくさんの人と寄り添ってくれているのだろう。あー、なんか、涙出てきた。また明日から、がんばろうっと。

 

 

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