Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

You've Got a Friend

 一昨年の話。タワーレコードでいつものようにふらふらと店内を渡り歩いているとき、カントリー調のギターとピアノをバックに歌う男性ボーカルが静かに流れていることに気付いた。聴き覚えのあるいい声だけど誰だっけ、となんとなく思っていると、演奏が終わると同時にすごい歓声。ライブ盤がかかっていたのだ。それに続くちょっとハスキーなMCは女性の声。そこに鳴り始めるピアノの前奏。聞こえてきたのは聴き馴染んだ曲だった。キャロル・キングの「So Far Away」だ。一体、どういうライブ盤なのだろう、と興味を持ち、店内に流れているアルバムのジャケットを映し出すディスプレイ・モニターを探した。

 この曲には思い出があった。小さい頃、街の音楽教室に通い、その後休止していたのだが、10歳の頃から再び電子オルガンを習い始め、6年ほど続いた。恐らく中学に入った頃、演奏会か何かのために渡された楽譜が、この「So Far Away」だった。そのときは、誰の曲か、どんな曲かなんてことはわからず、楽譜を読んで自分なりに演奏した。それはそれまで演奏してきた他の曲のように明確に盛り上がる場所があるわけでもなく、構成も複雑で、情感を込めて演奏するのは難しかったが、じわじわ好きになっていく不思議なバラードだった。思えばこの曲の入ったキャロル・キングの 『Tapestry』 が発売されて、まだ間もない頃だったのだろう。

 ディスプレイ・モニターにはちょっと暖かい気分になるジャケットと手書きPOPが映っていて、店内にかかっていたのは、DVD・CDセットで発売されたばかりのキャロル・キングジェームス・テイラーのライブ盤 『トルバドール・リユニオン(Live at the Troubadour)』 だとわかった。このライブの評判は少し前から聞いていたのだが、アルバムとして発売されたことは知らなかった。

 数多くのミュージシャンを生み出してきたロス・アンジェルスにある伝説のライブ・ハウス「トルバドール」の50周年記念イベントとして2007年に行われたこの歴史的ライブは、二人にとっても思い出の場所での36年ぶりの共演だった。はやる気持ちを抑えて曲目を見ると、おー!やっぱり!絶対に外せない「You've Got a Friend」も入ってる! ってことで、迷わず購入。しばらくは幸せな気分に浸らせてもらった。

 このライブハウスで共に演奏していたころの二人は、まだ若く、シンガーソングライターとしては無名だったが、当時、失意の中で再起をかけてがんばっていたはずだ。

 キャロル・キングは16歳でデビュー後、歌手としてはぱっとしなかったのだが、60年代の初め頃、最初の夫ジェリー・ゴフィンとのコンビによるソング・ライティングが認められ、コンポーザーとして数々のヒット作を世に出していた。少し前、スマップが出ていたソフトバンクのCMでも使われていた「ロコ・モーション」は、彼女が作った当時の全米ナンバーワン・ソングだ。しかしその人気も、ビートルズの全米進出に押されるように下火になり、プライベートでも1968年には夫と離婚。再起をかけ、シンガーソングライターとして活動を始めていた頃だった。

 ジェームス・テイラーキャロル・キングより6つ年下だが、1968年にビートルズの設立したアップル・レコードと契約しデビューする。しかし交通事故に遭ったり、ビートルズ解散前の社内のゴタゴタもあってほとんどプロモーションもされず、失意の中アメリカに戻って、再起をかけ活動しはじめていた。そんな中で二人は出会ったのだ。

 言うなれば、二人ともビートルズに翻弄されながら、失意の淵に立たされたわけだが、一念発起して、ビートルズ後の「シンガーソングライターの時代」を共に築いていったのだから面白い。当時ほとんど売れていなかった二人は、お互いのライブメンバーとして出演し合い、1970年に発売されたお互いのアルバムにも、それぞれバック・ミュージシャンとして参加し、このあたりからようやく、世の中に認められるようになってきた。

 そして運命の1971年。キャロル・キングは歴史的名盤 『Tapestry(つづれおり)』 を制作する。ジェームス・テイラーもバックをつとめるこのアルバムに、「You've Got a Friend(君の友達)」は入っている。キャロル・キングは60年代の初めには楽曲提供で一世を風靡したくらいだから、この曲をシングル・カットすれば良い結果が得られる事くらいわかっていたかもしれない。しかし彼女は、この曲ではない「It's Too Late」をシングルカットし、「You've Got a Friend」はこのアルバムの発売直後、ジェームス・テイラーの歌でシングル化され全米ナンバー・ワンとなった。その年の彼のアルバム 『マッド・スライド・スリム』 にも収録されている。

 お互い失意の中で苦労しながら、ミュージシャンとして信頼し、尊敬し合っていた二人を思えば、この曲はキャロル・キングジェームス・テイラーに贈った曲だと考えるのが一番自然だろう。シンガー・ソング・ライターとして認められ始めていたジェームス・テイラーが、他人の曲を歌ったことも、このお互いの関係の中では理解できる。もちろんキャロル・キングがこの曲をシングル・カットしなかった理由も、ここにあったのだと思う。

 その歌詞は、ちょっと気恥ずかしくなるくらい、心から友達のことを思う内容だ。これは、キャロルがジェームスにあてて書いた気持ちなのだろうか...うーん、それはわからないな。キャロル・キングの盤も、ジェームス・テーラーの盤も素晴らしかったが、このライブ盤では二人が交互に歌い合い、デュエットするのだからたまらない。その内容も含め、二人の胸には暖かな思いが去来しているんだろうな、なんて思ってしまう。

 36年ぶりの二人はやはり昔とは違っている。キャロルはちょっと肉付きがよくなって、声も一段とハスキーになった。ジェームスは、その象徴だった長髪が見る影もなく消え去り、アメリカ南部の何処かの農場でも経営していそうな、厳格な父、という感じになっている。しかし、その奏でる音楽は年月を経て、より一層素敵になっていると感じるのは僕だけだろうか。

 ちなみに、1972年のグラミー賞はすごいことになった。最優秀アルバム賞がキャロル・キングの 『Tapestry』 、最優秀(シングル)レコード賞がキャロル・キングの「It's Too Late」、最優秀男性ポップボーカル賞をジェームス・テイラーがとった。そして、「You've Got a Friend」は最優秀楽曲賞となり、楽曲として最高の栄冠を手に入れたのだ。その後の二人は...いや、もう語る必要もないだろう。成功者として、約束された王道を、それぞれ歩いて行った彼らは、その後、苦労を共にしたライブ・ハウス「トルバドール」で共演することはなかった。

 僕がこの曲を初めて知ったのは、大学に入った直後、キャロル・キングの 『Tapestry』 のLP盤を遅ればせながら購入した時だ。そのときはいい曲だとは思ったが、英語の歌詞の中身まで反芻して聴いているわけではなかったので、それ以上のことは思わなかった。当時印象に残っているのは、ロバータ・フラックダニー・ハサウェイによるカバーだ。この曲は今もたくさんのミュージシャンにカバーされ続けている。

 20年ほど前、友人Y君の結婚式の2次会で、新郎新婦が大好きだったこの曲を二人から出席者みんなに捧げるという趣向で、当時ミュージシャンとして活躍していて出席できなかった友人K君が送ってきた自作の伴奏テープに乗せて二人で歌う「You've Got a Friend」に、不覚にもちょっと感激してしまった。帰った後じっくり聴いて、改めてその素晴らしさを感じたのだった。

 時は流れ、2007年、36年ぶりのライブは大成功を収め、当時の仲間たちとの絆を確認した二人は、そのメンバーでライブツアーを決行。2010年、このアルバムの発売直前には日本にも来て、武道館で2日、パシフィコ横浜で1日ライブを行っている。

 そのときキャロル・キングは68歳、ジェームス・テイラーは62歳。その衰えのない声にはびっくりするのだが、恐らく「You've Got a Friend」を歌い合う二人の胸には、かつて感じていた以上の感慨が満ちていただろう。ライブ盤のこの曲の最後に、キャロル・キングが"Thank you. Thank you, James"とつぶやく。その言葉の暖かい感触は、いつまでも耳の奥に残って、ご無沙汰している友人に、久々に会いに行こうかな、なんて思わせてくれるのだった。

 

<おまけ> 

 ライブから36年前のふたりの演奏です。

 

冒頭の、「So Far Away」もぜひ。

 

 

<関連アルバム>

 

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