Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

梅雨と紫陽花

 朝から雨が降り続いている。梅雨の雨だ。一面雲に覆いつくされた梅雨空は、天文学者を絶望的な気分にさせ、農業関係者を喜ばせる。痛い雨、うれしい雨...かつて野球場で弁当を販売する業者の一喜一憂の話を聞いたことがあるが、敏感にならざるをえない職業もあるんだよね。

 若い頃は、雨が好きとか嫌いとか、そんなことはあまり考えたことも無かったんだけど、年齢とともに湿気に対して敏感になっていくような気もしている。それは雨の話だけではなくて、汗をかいた感触なども、今は若い頃よりずっと不快に感じてしまうのは何故なのだろう。

 そぼ降る雨の隙間をぬって外に出てみると、目に入ってきたのは雨の中くっきり美しく咲く紫陽花だった。コンクリートの壁を背景に群生する紫陽花を見ていると、完全に梅雨とリンクした季節感を感じて、冷たい構造物の谷間で少しほっとした気分になる。

 こんな時期に季節の食材を売り物にする天ぷら割烹にでも行けば、間違いなく紫陽花をモチーフにした飾り付けか何かがお目見えしそうだけど...実はこの紫陽花、結構強力な毒を持っているので注意が必要なのだ。何年か前にも、紫陽花の葉っぱの上に乗せられた食材と一緒に、その葉っぱも食べてしまって中毒症状を起こした話をニュースで見た記憶がある。

 「ねえ、知ってた?お皿に乗ってる植物はぜんぶ食べれるねんて。」などと頷きながら、いつも隣の席まで進出して、ビタミン摂取に余念がない独身貴族を僕も知っているが、彼など真っ先に病院行きだろう。だから紫陽花は、少し離れて眺めるに限るのだ。まさか食べてしまおうなんて思わないこと。きれいな花は危険なのだ...うん、覚えておこう。

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  ところで、傘の中から雨に打たれる紫陽花を眺めているとき、何故かその数日前から時折耳の奥の方で鳴っていた曲、デイブ・グルーシンの「Friends and Strangers」が、またまた耳鳴りのように鳴り続けていることに気付いた。リズミックでありながら、しっとりとした音楽のイメージと、雨音を連想させるような彼の弾くフェンダー・ローズのマッチングのせいなのだろうか...うん、悪くない。

 マーカス・ミラーの弾くフレットレス・ベースの歌うようなイントロで始まるこの曲は、僕の大好きな曲だ。カッチリとした枠組みの中で、ソロをとるエレピやベースが、躍動的でありながらとても誠実に響き、デイブ・グルーシンの音楽に向かう真摯な姿勢を感じることができる。

 大学に入った年、友人のK君が自分のバンドでこの曲を取り上げるということで、発売されたばかりのこの曲の入ったアルバム 『マウンティン・ダンス』 を購入し、僕も拝借してテープに録音して繰り返し聴くうちに、お気に入りの一枚になったのだ。

 それまで、フュージョンを少しばかり毛嫌いしていたこともあって、彼の名前もこのとき初めて意識したのだが、このあたりが、音楽の間口をうんと広く取るようになっていくきっかけだったのかも知れない。

 1980年に発売されたこのアルバムは、もともと日本のJVCレーベルの求めに応じて、デイブ・グルーシン自身が久々に出したリーダー・アルバムで、日本を意識したことも理由なのか、それまでのアメリカン・ポップなフュージョンの世界を一歩離れ、ユニバーサルな音楽性を前面に出した一枚であり、その後のアダルトコンテンポラリーの大きな流れの先駆けとなった。

 このときデイブ・グルーシンは既に46歳。数々の映画音楽の作曲やアレンジメントで、仕事人としては成功していて、映画「卒業」のサウンド・トラックではポール・サイモンと共にグラミー賞も獲っている。1970年代に入るとクロスオーバーの流れに乗り、レコーディング・エンジニアのラリー・ローゼンと共に独立系の音楽制作事務所「グルーシン・ローゼン・プロダクションズ」(後のGRPレコード)を設立し、クロスオーバー/フュージョン系のミュージシャンの発掘やアルバムプロデュースを行っていた。

 一方自らは日本のJVCレコードとアーティスト契約を結び、渡辺貞夫とのコラボレーションなどでジャブ打ちをしながら、このリーダー・アルバムで彼自身が前面に出始めるきっかけを作ったのだった。

 このアルバムの特徴は、ホーンや弦が一切入らず、リズムセクションの上に乗るのは、ピアノ、エレピ、アナログシンセサイザーと、鍵盤楽器だけだったことだ。シンセサイザーにはイアン・アンダーウッド、エドワード・ウォルシュが加わり、当時最先端のシンセ&キーボード・サウンドを作り上げていたのである。

 1曲目は、デイブの弾く躍動的なピアノサウンドが軽快な「Rag Bag」で始まる。その踊りたくなるような音楽の始まりは、僕を無条件にこのアルバムの世界に引きずり込んでくれる。

 5曲目のタイトル曲「Mountain Dance」は、このアルバムの発売の4年後、メリル・ストリープロバート・デ・ニーロが主演の映画「恋に落ちて」のテーマソングに採用されて、ちょっと意外に思った記憶がある。デイブの故郷、コロラド大自然を思わせる音楽は、伸びやかでありながら繊細で、まさにデイブ・グルーシンの音楽そのものの世界を展開している。それでいて、ニューヨークが舞台のこの映画にもピッタリきていたのだから不思議だ。

 6曲目の「Thanksong」は、何かの映画音楽じゃなかったっけ、と思わせるような、郷愁を感じさせる美しくも切ない曲で、それを彼はピアノ一本で、しっとりと奏でる。

 そして8曲目、最後の曲はドラムスのハービー・メイソンが持ち込んだ曲「Either Way」。ハービー・メイソンってこんなにいい曲を書くミュージシャンなんだ、と認識を新たにした大好きな曲だ。

 なんだか穏やかに降る今の季節の雨にもピッタリくる音楽だったが、実はこのアルバム、一ヶ月ほど前に別のきっかけで本当に久しぶりに引っ張り出してきて、なつかしく聴いたばかりだったのだ。その印象が結構強くて、冒頭の耳鳴りのように鳴る「Friends and Strangers」につながっているのだろう。ここからは、そのきっかけのお話。

 

 先月のこと、タワーレコードで、そういえば最近デイブ・グルーシンの名前を聞かないなー、と思いながらその名前を掲げる棚に行ってみた。そこに昨年発売された彼のアルバム 『An Evening with Dave Grusin』 という新譜がひっそりと置かれていて、うれしくなって思わず購入してしまった。 

 それは、75名のオーケストラをバックに、自らの映画音楽に加え、尊敬する音楽家ガーシュインバーンスタインヘンリー・マンシーニの映画音楽を、たくさんのゲストと共にピアノの弾き振りで演奏したライブ盤だった。一聴してその衰えのない音楽に感嘆したのだが...後で、BDの映像盤があることを知って、がっかり。あ~、こんなことならBDにするんだったーっと、しょぼ~んとなったのでした。

 それにしても、今年78歳になるデイブ・グルーシンは、まだまだバリバりの現役だ。精力的に素晴らしい音楽を紡ぎ出している。何も変わっていない。

 冒頭の2曲は彼自身の作品だが、その2曲目、1981年の映画「黄昏(On Golden Pond)」のテーマ曲がとても印象的で、それを観た当時感じた静かで穏やかな気分をそっと連れてきてくれた。

 この映画はヘンリー・フォンダの遺作であり、娘のジェーン・フォンダが、既に心臓病で少し弱りかけていた無冠の父親にアカデミー賞を取らせたい一心で映画化権を取得、大女優のキャサリン・ヘップバーンに競演を依頼し、自らも娘役で出演した作品だった。実際に確執があったと言われている父と娘が、最後の最後に自分たちの姿に重ね合わせた演技を通して、真に許し合い、認め合えたのだろうと思う。この作品でヘンリー・フォンダは、念願のアカデミー賞主演男優賞を史上最高齢の76歳で獲得しながら、授賞式には症状が悪化して出席できず、翌年亡くなった。音楽はもちろんデイブ・グルーシンが担当していて、アカデミー賞の音楽賞にもノミネートされている。

 そのときから30年。もうデイブ・グルーシンも当時のヘンリー・フォンダの年齢に追いついている。たくさんの音楽仲間や聴衆に囲まれた会場で、この音楽を演奏しているデイブは、きっとこの上ない幸せを感じていただろうな...そして恐らく、さらにその先にある夢も思い描いていたに違いない。そんなことを思わせてくれるほど、生き生きとした、思い溢れる演奏だった。

 

 

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