Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

「ルーシー・リー展」に想う

 昨日、ルーシー・リー展に行ってきた。場所は中之島の中央公会堂前にある大阪市立東洋陶磁美術館。ひとりの陶芸家の展覧会のために出かけるのは初めてだった。特に陶芸に傾注しているわけではないのだが、以前たまたま目にしたルーシー・リー(1902-1995)を紹介した記事の中の、一枚の線文鉢の写真に目が釘付けになった。その形や色合いを含めたたたずまいには、無条件で僕の感性に強く訴えかける何かがあり、機会があればその作品を見てみたい、と思っていた。

 この展覧会は、彼女の創作の軌跡をたどりながら、200点近い作品を時代に沿って見ていく回顧展だ。オーストリアの裕福なユダヤ人家庭に生まれ、ウィーンで創作活動を開始した彼女は、ナチス・ドイツオーストリア侵攻を機にイギリスに亡命。以後ロンドンのハイドパークの北に小さな工房兼住居を構え、生涯そこを拠点に創作活動を続けた。「都市に生きた陶芸家」と言われる所以である。

ルーシーリー展1

 いやー、よかったぁー(涙)!そのモダンな形と色使い。シンプルでありながら温かみがあり、独特の「洗練」を感じる陶磁器たちは、現代の若い日本の陶芸家たちにも繋がっている気がする。陶芸は工芸であって美術品ではない、という彼女の信念は、だからこそ邪念が無く、彼女自身の内側から湧き出てくるものをその作品に素直に反映させる力になっている。まさに彼女の作品は、その信念に反し、実用的でありながら一級の美術品になっているとも思える。

 ミニシアターのコーナーでは、30年ほど前の英国BBC放送が彼女の工房を取材した時の映像が流されていて、その実際の作業の様子や彼女の肉声をうかがい知ることができる。会場は幅広い年代の多くの人たち(熱心な若者たちも多い)で多少混雑はしていたが、ゆっくりと時代を追って見ることができ、その素晴らしさに感じ入ってしまった。これほどまでに充実感が味わえるとは思っていなかった。大満足でした!

 

 さて、今日紹介の一枚。昨日購入したルーシー・リー展のカタログを眺めながら、この気分で聴きたい音楽は?と考えてみた。そこで浮かんできたのが何故かチャーリー・チャップリンの姿である。英国・ロンドン出身で、第2次大戦の戦下、アメリカでナチスドイツを批判する映画「独裁者」を製作。ハリウッドで成功しながらも映画界の赤狩りでスイスに亡命。このあたりが符合して思い浮かんできたようだ。ということで、どこかユーモラスで寂しいチャップリンの姿がジャケットを彩る、バイオリンの奇才、ギドン・クレーメルの 『ル・シネマ~フィルム・ミュージック』 を紹介しよう。

 このアルバムは、クラシックの名演奏を披露し続けながら、一方で現代音楽やポピュラー音楽など、多様な音楽を独自の思い入れと解釈で世に送り続けているクレーメルが、1998年に制作した映画音楽集であり、盟友オレグ・マイセンベルグ(pf)とのデュオが基本である。ただし、ゆったりとカタログを見ながら流していると、最初は快調に進むも、途中から、アレ?変だぞ!合わないぞ!なんて思うかもしれない。それは仕方ないです。だってクレーメルですからねぇ。BGMを演奏しているわけではない、ってことで。超絶技巧有り、現代音楽有り。全ては彼の思い入れ深い映画音楽を使って、彼の芸術性、表現力を存分に発揮しているわけで...はっきり言って「すごい」です。

 特におすすめは、1曲目。映画「モダン・タイムス」の音楽として、チャップリン自ら作った「スマイル」。この編曲は、この曲の持つ幸福感の影にある憂いの部分を強く表していて、それをクレーメルが感情の起伏を思い通りに表現しながら、ロマンティックに弾き切っている。最近様々なミュージシャンがこの曲を演奏しているが、その中でも出色の演奏。この音楽を聴いた前と後でジャケットの写真から受けとる印象が、少し変化すること請け合いです!

 そして4曲目。もう涙無しではとてもとても...というくらい素晴らしい、僕自身大好きな曲。1984年のイタリア映画「エンリコ四世」のためにピアソラが作った「Tanti Anni Prima(何年も前に)」。「AVE MARIA」のタイトルで呼ばれる場合もあるこの曲は、緩やかでノスタルジックなメロディーを気持ちのたかぶりに任せて盛り上げ、転調とともに劇的な展開でおさめていくのだが、原曲ではオーボエで演奏されたこの曲を、クレーメルがバイオリンで超絶技巧も駆使しながら奔放に演奏する。ホント、素晴らしいです。

 安易に聴いていると、ちょっとやけどするこのアルバム。やはり、クレーメルほどの人が手がけることで、この大衆的な音楽が再認識され、新たな意味を持つ。実用性にこだわり続けたルーシー・リーの陶磁器。これも、彼女ほどの人が内側から湧き出る芸術性と表現力を持って創り上げるところに、新たな意味が表出するのだろう。

 たくさんの人が、何かを感じ取ったであろうルーシー・リー展も大阪では来月まで。今度は、写真にあった彼女の工房も見たくなってしまった。ハイドパークの北側に、まだ残されているんだろうなぁ...

 

 

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