寒い日が続いていても雪は降らない。近畿北部は大雪のようだし、関東でも積もっているというのに、ここ大阪に雪の気配はない。でもこの調子だと二月には一度くらい積もりそうな予感がある。待ち遠しい気もするが、少し困った気分にもなる。
雪の世界は静寂の世界だ。その静けさは、あの幾何学的で美しい雪の結晶が引き起こす。音の波が雪に届くと、結晶の間にできる微細な空間で反射を繰り返し、そのエネルギーを弱めてしまうのだ。それはあたかもふんわり積もった雪が音を吸い取ってしまうように、あるいはその美しい結晶が音を閉じ込めてしまうように・・・
ところで無響室という部屋をご存知だろうか。マイクロフォンやスピーカーの音響測定などに使用する部屋なのだが、ほぼ残響ゼロを実現するために、壁にはむき出しのグラスウールを360度深くでこぼこに敷き詰め、その中央に格子状の床をしつらえた部屋である。外からの音も遮断する必要があるので、その壁は防音構造になっていて、分厚いドアを開けて中に入ると、なんともいえない、残響ゼロの世界を体感することができる。
その中でしゃべっても、手をたたいても、残響ゼロの世界ではなんとも情けない状態にしかならない。その音は壁まで届きはするが、微細なグラスウールの構造により、届いた音は減衰し戻ってこないのだ。自ら発する声や音が、全くどこからも返ってこない寂しい状況というのは、ありそうであまり無い、体験しにくい世界である。そういう意味では、雪の美しい結晶は、完全ではないにしてもこのグラスウールの役割を果たしているのだ。
雪の世界の静寂は、ある意味好ましいが、音楽の世界での「残響ゼロ」はなかなか厳しい。ためしにカラオケを誰かが歌っている横で「エコー」や「リバーブ」というつまみを、ゼロまで持っていってみると・・・恐らく、歌っているおっちゃんはあなたに罵声を浴びせるに違いない。「おーおー、なにすんねん!人がきもちよ~く歌ってるときに、エコー切ったらあかんがな。せっかくえ~気分になっとったのにー、うー、今日はおまえのおごりやで!」って、僕のせいじゃないですよ。
一方、ほとんど残響の無い声も、場合によってはとても魅力的だ(今はどちらかといえば、こちらが好まれる傾向にありますね)。時代やジャンル、個性によって、残響の深さや長さに対する見識は色々変わるが、例えばその音楽も展開も出演者の演技も、あまりに素晴らしいNHKの連続テレビ小説「カーネーション」の主題歌。その残響感を押さえた独特な声に、初めて聞いてハッとし、聴き進むにしたがってどきどきした。椎名林檎の声に深いリバーブがかかっているなんてことは想像できない。彼女の魅力的な声の表情に、ありていの残響はじゃまなのだ。
おーっと、椎名林檎に行きかけたが、そうそう、雪の静寂の話だった。さて、今日の一枚は、ワールドスタンダード、2010年のアルバム、『シレンシオ(静寂)』 だ。
結成27年目のワールドスタンダードは、音楽プロデューサー鈴木惣一朗氏率いるインストゥルメンタル主体の音楽集団であり、ワールドワイドに影響を受けた無国籍でスタイリッシュな音楽を作り上げてきた。このアルバムは、そんな彼らが3年間のレコーディングの末にたどり着いた静寂の新境地。南米からポルトガルに遡る音楽の影響を感じさせる何とも緩やかな世界は、ポルトガル語の歌詞に乗せてさらに穏やかで落ち着いた独自の雰囲気を作り上げている。
ジャケットはアニメーション作家の北澤康幸氏の作。まさに雪の舞い落ちる世界、これがシレンシオ(静寂)かと思いきや、この絵は実は4枚つづりの表裏になっていて、単純な世界ではない。
全般的には、静寂の世界を感じながらも、どこか雪の世界とは遠い、エキゾチックな南風の香りが漂っているのだが、その中に一曲このジャケットにピッタリと合い、なおかつポルトガル語ではなく日本語の曲が入っている。12曲目「Yuki no Furumachi wo」。メロディーは少し違うが、中田喜直作曲の「雪の降る街を」だ。
鈴木氏いわく、ねじれてしまった日本人がアルゼンチン経由で一周して、日本を改めて見つめるというやり方で、「雪の降る街を」の空間的な広がりを拡大解釈したカバー、とのこと。これがすこぶるいい。このアルバムを購入してからというもの、時にこの曲に至る全体の雰囲気を味わいたくなり、何度か取り出して聴いてきた。ボーカルを担当する神田智子の声は、祈りにも似た静寂の世界を演出する。
さて、一月ももう直ぐ終わる。雪の当たり月は二月。一面の雪の中、ここ大阪でもシレンシオ(静寂)を感じることができるのでしょうか。うーん・・・乞うご期待!
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