Jerrio’s Cafe ~ 気がつけば音楽が流れていた

 店主 Jerrio の四方山話と愛聴盤紹介。ジャンルの壁を越え、心に残った音楽について語ります。

雪のための50の言葉

 超個性的な天才フィメール。音楽の世界に時折出現する、少し妖しいオーラを放つ彼女たちは、若くして絶対的な独自の世界を確立する。

 彼女たちが天賦の才を受けていることは、誰もが認めるのだろうが、その極めて個性的な世界ゆえに、好きか嫌いかに、はっきり分かれやすい。例えばかつての僕のように、常識的で(!)極めてノーマルな(!)小市民(!)にとっては、彼女たちの世界は、ちょっとついていけない感覚に陥りがちだ。でもそうは思いながらも、その音楽のかけらは、胸の奥の方にしっかりと刺さったままで、強烈な印象はずっと残っている。

 そしてある時、ちょっとしたきっかけで、あるいは怖いもの見たさで、その妖しい世界の扉の奥を覗き込み、しっかりと閉じていた心を少しだけ開いたその瞬間、その魅力にころりとやられてしまうこともあるのだ。僕にとっては、ビョーク矢野顕子がそうだったが、いまや彼女たちの音楽は、なくてはならないものになっている。

 そこにもうひとり、忘れてはいけない、その筆頭ともいえるシンガー・ソング・ライターがいる。ケイト・ブッシュだ。若かりし頃、そのあまりに妖しい、普通じゃない(と思えた)音楽がちょっと苦手だった。しかし、昨年末、僕の意識の中の彼女の音楽に対するかたくななガードが、一気に氷解することになったのだ。

 

 ケイト・ブッシュの音楽に初めて触れたのは、学生時代の友人のLPレコード。そのアルバムに入っていた楽曲「バブーシュカ」は、あまりに強烈なイメージを僕の中に残した。

 「こ、この人、ちょっと怖い...」 二十歳前後の、アメリカ発の音楽に少しかぶれかけていた頃の僕には、アメリカの匂いの全くしない、妖しい雰囲気の音楽に、立ち上る独特な香りに、少し戸惑い敬遠していた。

 その音形や声は唯一無二。当時何度か聴いただけで、アルバムも持っていないのだが、今でも彼女の音楽の世界は鮮明に残っている。ただ、その印象を結構持続させてくれたことのひとつに、テレビ番組「恋のから騒ぎ」のオープニングにずっと彼女のデビュー曲「嵐が丘」が使われていたこともあるのかもしれない。

 誰がどう聞いてもケイト・ブッシュ。番組自体はほとんど見たことはないが、時折場違いなように現れるケイト・ブッシュの音楽に、「なんでやねん!」と、つっこみを入れたい気分になったものである。まあ、恐らくは番組関係者の中に、隠れファンがいたのだろう。

 

 ということで、ずっと耳なじみはあったケイト・ブッシュが、昨年11月にアルバム 『雪のための50の言葉』 をリリースした。セルフカバーを除けば前作は2005年。そのとき12年ぶりのアルバムだったというのだから、なんとこの18年間で2枚しか出していないことになる。まさに、ファンにとっては、待ちに待ったというところなのだろう。

 梅田・マルビルのタワーレコードで、彼女のこのアルバムを見つけたとき、普段試聴はほとんどしないのだが、備え付けられたよれよれのヘッドフォンを耳に当ててみたのは、ちょっとした好奇心だったのかもしれない。そこから流れる音楽は、一聴して確かにケイト・ブッシュのものだった。しかし、どこか違った印象が拡がる。彼女自身の弾くピアノの音。静かに漂う音の隙間から垣間見える空間は、どこまでも静かに澄みわたっている。

 彼女の声は控えめに響く。明らかに冬の情景を表す静謐なまでの音の世界。時間を忘れ聴き進めていくうちに、次第に意識は覚醒し、気がつけば、彼女の世界にまんまと取り込まれてしまっている自分がいた。

 このアルバムが連れてくるのは、雪をテーマにした7つの物語。ケイトが全霊をこめて紡いだ音のタペストリー...そこに広がる世界はあまりに美しく、深遠だ。彼女にしか作り得ないオリジナリティー溢れる孤高の世界が広がる。

 1曲目の「Snowflake」。ここでケイトは、彼女の息子・アルバートボーイ・ソプラノをフィーチャーしている。名手スティーブ・ガットの手によるドラムスと、ケイトのピアノ、アルバートとケイトのボーカルで作り上げる静かな静かな世界。雪が舞い落ちる冷たく澄んだ情景の中に、どこか温かいものを感じるのは僕だけだろうか。

 3曲目 「Misty」は溶けてなくなっていく雪だるまへの愛を歌ったもの。ジャケットが表すのはこの物語だ。若い頃のアクが少し抜けたような、落ち着いたケイトの音楽が、じわりと広がっていく。ここでもスティーブガットのドラムスが大きな役割を担い、ケイトのパートナーでもあるダン・マッキントッシュがギターを奏でる。

 5曲目の「Snowed in at Wheeler Street」は注目のエルトン・ジョンとの競演作。英国が生んだ二人の天才の競演は、意外にもこれが初との事。力強いエルトン・ジョンの声が、ケイトの世界に響き渡る。2人で熱唱する終盤は、圧巻だ。

 6曲目はタイトルトラックの「50 Words For Snow」。この曲は、エスキモーでは雪を表す言葉が50あるともいわれる逸話をモチーフに、ケイト自身が雪を表す50の言葉を考えたもの。一般的なものから次第に常軌を逸したケイト自身の造語がちりばめられるという展開になっていて、その中でケイトは1から50までの数字を読み上げ、英国を代表するコメディアンのスティーブン・フライがひとつずつ単語を読み上げる。やはり独自の世界を築いていくのだが...う~ん、辞書引かなきゃね。

 最後の曲は「Among Angel」。ケイトはピアノ一本で、全てを総括するように静謐の世界を歌い上げる。年を重ねてたどり着いた声は、若い頃のような張りのある響きが多少失われてはいるが、そこは新しい味が加わったと考えるべきだろう。雪の冷たく澄んだ世界を歌いながら、どこかその底流に温かみを感じる音楽たち...ついに僕も彼女の術中にはまってしまったらしい。 

 雪は降っていないのだが、この音楽を聴きながら雪の情景を思い描くのは楽しい。ぐっと冷え込んだ部屋の中で、少し幸せな気分になる。かつての尖りは少し丸くなってはいるものの、円熟味が加わって、うんと素敵になったと感じる。そういえば彼女は僕の2つ上。並行して進む中で次第に理解を深めるのは、自然なことなのかも知れないね。

 

 

<関連アルバム>

 

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽のある暮らしへ にほんブログ村 音楽ブログ 好きな曲・好きなアルバムへ

上のブログランキングもポチッとお願いします!