ここのところどんどん気温が下がってきて、一ヶ月くらい前に戻ったみたいだ。大陸から季節外れの寒気が下りてきたことによる突風や竜巻の被害が連日世間を賑わせてきたが、僕のまわりにもこの連休明け早々の気候変調に対応しきれず、おなかをこわしたり風邪を引いたりでダウン気味の人が多い。
僕もその仲間入りの一歩手前で何とかふんばっているんだけど、連休から続くちょっととげとげしい気分も加わって、今日は少し癒されたい...なんだか優しい感じのジャズピアノを聴きたいな。ぼんやりとそんなことを思いながら引っ張り出してきたのが、ピアニスト・木住野佳子の1995年のデビューアルバム 『フェアリー・テイル』 だ。
今でこそ、上原ひろみや山中千尋のような、世界で通用しているオリジナリティー溢れる日本人の女性ジャズ・ピアニストが次々と現れ、珍しくはなくなっているが、このアルバムが発売された頃は、その数年前にデビューした大西順子の独壇場だった。
大西順子は当時、男勝りでバリバリ・ごりごりの演奏を"BLUE NOTE"レーベルから世界に発信し、ニューヨークのビレッジバンガードで日本人初ライブを敢行。そのライブ盤が大ヒットした彼女の存在は際立っていた。僕も当時の大西順子のアルバムはよく聴いていたが、どこかストイックで、ひたすら自分の音楽に深く入り込んでいそうなその世界には、あまり気軽な気持ちでは向かえない神聖さが漂っていた。
そんな中、木住野佳子のデビューアルバムがドッカーンと発売されたのだ。GRPレコード初の日本人インターナショナル・アーティストとの触れ込みで、そのバック・メンバーやプロモーションを見ても気合の入り方が違っていた。
こんなときは日頃あまり感じない変な愛国心が少しばかり芽生え、もし街頭でインタビューでもされれば(どんなシチュエーション???)、「日本人として誇らしく思います」なんてことを、期待通り応えてしまいそうだが、僕自身は実質的なメリットも享受していた。そうそう、そのあたりのことは作家の村上春樹が同じ頃に出したエッセイ集「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」の中の一編「日本はいろいろと高いですね」の中にも書いてあった。
当時村上春樹は大西順子の演奏が好きで(「世界的に見ても第一級のミュージシャンで、そのタッチはアール・ハインズのタッチに似ている」と評しています)よく買って聴いていたが、アメリカの量販店で買うと10ドルちょっとで、日本で買うと2800円というのはおかしい、とある。そうはいいながらも日本にいるときは、アメリカまでいって買ってくるわけにはいかないので日本盤を買っている、と ...う~ん、村上さん、逆輸入盤を買うという選択肢を思いつかなかったのでしょうかね~。ちなみに僕は、今日名前をあげた人のアルバムの多くは輸入盤で購入。日本盤の6割ほどの値段だったと記憶している。
まあ、そんなことはさておき、この木住野佳子のアルバム 『フェアリー・テイル』 には一聴して惚れ込んでしまった。そこには大西順子のアルバムからは得られなかった、別種の喜びがあったのだ。それは、今ならそんなことは思わないのだろうが、当時の感覚でいえば王道のジャズファンから眉をひそめられそうで、あまり大きな声では言えないんだけど・・・女性ピアニストらしく、優しくて情感が溢れていて・・・好きです・・・って感じだったかな。
このアルバムは2つのピアノ・トリオを曲によって使い分けるという贅沢な構成だ。1つ目のトリオは、ベースが60年代後半から11年間に渡ってビル・エヴァンス・トリオの一員としてビルと対等にインタープレイを繰り広げてきたエディ・ゴメス、ドラムスは若手ながらも渋い演奏が評判だった名手ルイス・ナッシュだ。2つ目のトリオはもう少しモダン。ベースが最晩年のビル・エヴァンス・トリオで活躍し、フュージョンの世界でも名を馳せていたマーク・ジョンソン、ドラムスが元ウェザー・リポートのピーター・アースキンで、曲によってテナー・サックスのマイケル・ブレッカーが加わるという、デビュー・アルバムとはとても思えない、とんでもなく豪華なメンバーなのだ。
オープニングはビクター・ヤングの名曲「Beautiful Love」、ビル・エヴァンスの愛奏曲だ。僕はこの冒頭の一曲で一気に魅了されてしまった。エディ・ゴメスのベースは仕掛ける、仕掛ける。デビュー作1曲目にピカピカの新人に向かってビル・エヴァンス・トリオばりにスリリングに絡むのだ。それに呼応するピアノも決して負けず、主導権は渡さない。あー、この人本物だ、と冒頭から思ったものだ。
☆ Link:Beautiful Love / Yoshiko Kishino
7曲目の「Only Trust Your Heart」は、マーク・ジョンソン、ピーター・アースキンのリズムの上、彼女は実に楽しそうに堂々と演奏している。何度聴いてもハッピーで温かな気分になる演奏だ。
他にもビル・エヴァンスの愛奏曲だった「いつか王子様が」や「星影のステラ」、ビル自身の曲「Funkallero」もいいし、ブラジルのイヴァン・リンスの名曲「The Island」やスタイリスティックスの「誓い」などという、意外な選曲もいい。
さらに驚いたのは、彼女自身の作曲センスだ。ここに入っている4曲はどれも素晴らしい。タイトル曲も捨てがたいが、ここではレコーディングの打ち上げに飲んだワインの名前をタイトルにしたという楽曲「Lafite '82」を挙げよう。そして最後の曲「With a Little Song」は、現在も彼女のアルバムの最後を自作のピアノソロで飾るという流れにつながる曲だ。
この、ビル・エヴァンスとともに演奏してきたベーシストたちと対等以上に、しかもビルの愛奏曲を演奏するという度胸は並大抵ではない。さらには自作曲も同レベルで臆することなく演奏してのける。恐るべし、木住野佳子。そんなことを思いつつ、よく聴いたアルバムだったのだ。
その後しばらくして彼女がテレビで演奏する姿を何度か目にする機会があった。そのとき必ず演奏していたのが、オーストリアの名門、ベーゼンドルファーのグランド・ピアノで、え?ベーゼンドルファーってジャズでも使うの?、と驚いた記憶がある。実は彼女はベーゼンドルファー弾きなのだ。ベーゼンドルファーの97鍵のフルコン(通常は88鍵です)をかつてドイツで録音したことがあるが、中低域の特徴的なしっかりとした響きの割りに、高域のクリアさは抑えられていて、明らかにスタインウェイとは違うな、と思ったのだが、このアルバムはベーゼンドルファーの音ではない。恐らくスタインウェイなのだろうが、それは、この鮮烈なデビュー・アルバムの雰囲気にはいい方向だったんだろうなと思う。
木住野佳子の経歴を見ると、そのスタートはロックやポップスだったらしい。そのあとライブ活動、作曲・編曲活動を続け、単身ニューヨークに渡ったときは30歳を越えていたはずだ。若くして才能を認められた大西順子とは違い、様々な要素の音楽や演奏技術を身につけ、その中で自らの求める世界を明確にしていったからこそ、そこから生まれる確かな自信と柔軟な感覚を得ることができたのだろう。
あれから17年。確か彼女は僕と同い年のはずだが、その後は、ビル・エヴァンスへの思いだけではなく、様々なジャンルの音楽にも入り込み、より広い世界で活動しながら、しっかりとライブ活動も続けている。最近はあまり聴かなくはなっていたのだが...う~ん、こうやって聴くとその広がった世界もひとつずつ追ってみようかな、なんて思ってしまう。僕はこういうものを求めていたのかな...なんてね。
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